4話 知人の最期
グレンが依頼から戻ってきた翌日、私はザリファスの家を訪れた。
目的はグレンとの日程合わせだ。彼は今はザリファスの家に滞在している。既にグレン以外のメンバーは間もなく手が空き、出発可能となる予定だった。
「おぉ、ジャンヌ殿では無いか。活躍は聞いておるぞ」
「お元気そうで何よりよ、ザリファス。グレンはいるかしら?」
「今は武器の手入れをしておる。こっちに来い」
彼の案内に従いながら会話を続けた。
「時にお主、今ここに来たということはこの国を発つ算段がついたのか?」
「えぇ、ようやく算段がついたわ。近々この国を発ち修業の旅に出る予定よ」
「ほう、そうか……。仕方が無いとは言え、年寄にはちと寂しいのぉ……」
年寄には確かに孤独は辛い。私やグレンのことも我が子や我が孫の様に可愛かったことだろう。でも彼にもそうはいかないことは理解しているはずだ。
私としても旧知の彼との再開は嬉しかった。また別れるのは寂しい思いはある。それでも前に進まなくてはいけない。それにこの国は祖国の連れ戻し手が届く位置なのであまり長居をする訳にもいかないのよね。
「こっちもそうは言ってられないのよ。何しろ叔父に見つかっちゃったし、余計な政争に巻き込まれるしね。グレイシア王国の目の行き届き難いところに行くつもりよ」
「一応行先を尋ねておこうか」
「イナキ王国」
「なるほど、あの武の国だな」
どうやらザリファスはイナキ王国のことを知っているらしい。
何でも昔は世界中を旅しており、イナキ王国にも立寄ったそうだ。
話を聞く限りあの国は相当危険な地域らしいわね。どうやらカウチュから忍び込んでくる連中が最前線から離れた後方で暴れ出すこともあるのだとか。聞けば聞くほど武術が発達したのがよく分かるお国柄だわ。
それにしても武の国で魔境かぁ。現地の住民にとっては厳しいだろう。私のように戦闘の修業をしたい者には良い感じの修業の地になりそうではあるわね。
そんな話をしながら庭に向かうとグレンは丁度剣を砥いでいたところだった。
「ん?ジャンヌじゃねえか。わりぃな、もう少し待ってくれ。今コイツを砥いでるからな」
「見れば分かるわ」
砥ぐくらいの作業なんて私には言えない。
一部の特殊素材で作られた刃の場合、砥ぎ出したら最後まで砥がないと中途半端な切れ味にしかならないこともあるからね。
現にフリードの佩剣はシャーパレアドラグーンと言う竜種の魔物から採れた素材から作られており、砥ぐだけでも事前準備から始まる面倒臭い剣だそうだ。とは言え、面倒臭い分小まめに整備を行う必要は無いのでその点は楽なんだけどね。まぁ切れ味と炎系の魔法との相性は非常に良いので彼の戦闘スタイルには合致している。どちらにしても個人的にはよくそんなもん使うわと思うけど……。
彼が剣を砥ぎ終わるまでゆっくり茶を飲んで待つことにした。
ーーーーーーーーーー
「ようやく終わったぞ」
茶を飲み地図を確認していたところ、彼が作業を終えて戻ってきた。
彼の剣の刀身に目をやると美しい照り具合が目についた。どう見てもこれは鉄ではない。特殊な素材を用いてることは確実だわ。
「じいちゃんもヒデェよなぁ。武器は大切にしろとか言って手入れの面倒な素材の武器なんか使わせやがって……」
どうやらフリードの差し金らしい。
グレンの性格的には手入れの楽そうな方が合ってるとは思うんだけど、それを選ばせなかったと言うことは教育の一環かな?
それにしても素材は気になるわね。
「やっぱりそうなんだ。それで、素材は何使ってるの?」
「デビルソードラビットの爪だ。ほら、お前があのクッサイ煙玉投げたアイツだよ」
「あ〜アレね……。確かに斬れ味は良さそうだわ。斬れ味重視ってことかしら?」
「まあまそんなとこ」
デビルソードラビットの爪は斬れ味だけじゃなくて強度面でも申し分ない。でも兎に角硬い、なので砥ぐのも事前に魔力を通したりして少し柔らかくしておく必要がある。ハッキリ言って扱い難い素材の一つなのよね。
「で、お前がここに来たってことは俺に話があるんだろ?」
話が脱線してたわ……。そうだった、教国を発つ件について話さなければならないのだった。
「そうね、話が逸れたわね。本題を話すわ」
教国を発つに当たっての状況をまずは伝えた。
アステリアとレインの両名が同行する事になった件に彼は驚いていた。まぁ彼なら問題なく対処できるでしょう。そもそも私たちだけで動く予定だったので想定外と言えば想定外だけど……。
「まぁ口の固い奴なら良いけどさ。そいつらは信頼できるのか?」
その問は「秘密を守り抜けるのか」と言う問だけではない。
十分に戦っていけるのかと言う問いを含んでいる。何しろ背中を任せる相手である以上、実力が伴わない存在には任せられない。しかも旅の間は自分たちで生活していかなければならない。不安が残るのも当然だ。
「うーん、二人とも口は堅いけど実力的にはまだまだかな。アステリアは元冒険者だから生活面は問題ないと思うわ。レインは初めは慣れず苦しむかもね」
問題点は既に認識済みだ。それも然程大きな問題じゃないから何とかなるとは思う。
「まぁサポートしつつ鍛えてやれば十分やっていけると思う。余計な手間といえば手間だけど、決まってしまった以上は仕方が無いわ。それでも筋が悪くないだけまだ良いかな」
二人はハッキリ言って弱いけど、それでも何とかなりそうなレベルに収まっている。そもそも本当に実力不足が過ぎる存在だったら私が容認しない。
とは言え、二人を鍛えるのは本当に手間だ。本来の計画では不要だった仕事とも言える。
だからこそ旅に出てからの仕事を減らす為に私は出発前から鍛え始めていたのだ。
「それなら良いけどさ。そこまで話が進んでいるんなら既に日程はほぼ決まってんだろ?」
「ほぼでしかないわ。後はアナタ次第よ」
日程の調整は割とすぐに付いた。彼は暇な時間は依頼を受けていたりするので、案外予定が埋まってると思いきやそうでも無かった。
これは朗報だった。
ここで躓くと二人に余計な仕事が回されかねない。そうなると予定が後ろ倒しになってしまう。
防げたのは本当に良かった。
「どうやら話も纏まったようじゃの」
話が終わったところでザリファスが声をかけてきた。
「儂にはもう先に進む若者を見守ってやることしか出来ん。寂し……カハッ」
「お、おいっ!大丈夫か!」
何かを話そうとしたところで急に喀血して倒れてしまった。
歳も歳だ、かなり不味い。何かしらの病に掛かっていたのだろうか?
「急ぎ治療を試みるわ。グレンは近くの医院に連絡して!」
私はザリファスの体に手を当て体の状態を調べた。結論から言えば助かる見込みはなさそうだった。既に心臓がやられてる上に肺もボロボロだ。
「わ……儂は……もう死ぬ……もう生きられぬ……」
ザリファスもそのことを自覚したらしい。
「済まぬな、もう医者も要らぬ。このまま看取ってくれ……」
「わかったわ……」
彼はもう死ぬことを受け容れている。これに口を出すのも野暮というもの。私にできることはもう看取ることだけだった。
「知人の高位聖人に看取られて逝けるとは最後の幸いだ。あぁ我が生、長かったなぁ……」
そのまま言葉を最後に彼は息を引き取った。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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