41話 ブルハクプス公爵
流石に派手に音を立てられれば誰でもその人に気がつく。公爵が後ろに気を向ける素振りを見せた。
護衛の1人はあからさまに警戒姿勢を見せてきている。後ろを向き剣を抜き払った。まぁ色々突っ込みたいところはあるけれど、ここまでは護衛の行動としては正しいわね。
「誰だ!」
その振り返った護衛は大声で誰何した。
馬鹿なのか?こんなところで大声出すなんて魔物に場所を知らせる行動だ。公爵が途端に顔を顰めている。私も当然何時でも戦えるように探知魔法を展開して抜刀した。
「ここで大声を上げるとは愚か者か?そんなに魔物に襲われたいのか?」
「なっ……聖騎士であったか、疑って済まない」
近づいてきたことで公爵の護衛も何者か気がついたみたいで謝罪をした。だけど聖騎士の顔は怒っている。
「謝罪は要らん。何故大声を上げたのだ?場合によっては然るべき処置をする」
「我らは護衛、護衛対象である公爵を護るためである。非難される筋合いはない」
「さっきその聖騎士の方が言ったわよね。大声を上げたことでここに人がいることが魔物に気づかれた可能性がある。むしろアンタのやったことは護衛対象を危険に晒す行動でしかないわ」
やはりあの騎士は分かっていない。
非難の筋合いはない?無いわけ無いでしょ!
「ドータル、そこまでにしろ。あの2人の言う通りだ。今回はお前に非がある。以後気をつけよ」
「はっ!」
流石に公爵も見かねたのだろう。流石に王弟の公爵に諭されたら言うことは聞くのね……。
「その声はグレイシア王国の正使であられる王弟ヘンリー・フォン・ブルハクプス公爵閣下とお見受けしました。ここは危険ゆえ、まずはこちらの指示に従っていただきたい」
「聖騎士殿、申し訳ないがお断りさせていただきます。我が国の問題を放置するわけにはいきません。それと我々を舐めないでもらおうか。これでもそれなりに腕は立つのでね」
公爵の言うことは本当である可能性が高い。
グレイシアの直系に数えられる王族は教育の一環で戦闘訓練を受けている。どこまでの実力をつけているかは本人次第のところもあるけれど、噂を聞いた限りでは彼は強い方らしい。なので自信はあるのだろう。
因みに私は規格外だったそうで、騎士団長と常備軍司令官曰く、歴代王族の中で最強だと思われるとのことだ。まぁ騎士たちをブチのめして回られたのは初めてらしい。
「他国の使節に何かあれば問題になりますのでここは大人しく引き下がっていただきたい。それに我が国の問題と仰せでしたがここは教国です。貴国の問題を持ち込まれても困ります」
「分かった分かった、取り敢えずここからは退こう。野営地で話す分には安全は確保できよう」
そこは宿に戻ってもらいたいけど、この場で妙なことをされるよりかはマシか。
あの公爵は愚か者ではない、むしろ目立とうとしないだけで聡明な男だ。周りの目があるところで愚かな真似をするとは思えない。ここで話すよりかは安心はできる。
「やれやれ、どうしてもここでケリを付けたいようですね。甚だ迷惑ですが……」
聖騎士は呆れた顔で野営地に向かうグレイシアの3人組の後ろ姿を見ていた。
「えぇ、本当に迷惑だわ」
私にとっても迷惑なのでそのまま返した。
「彼が動くであろうはこのタイミングと予想していましたが当たりましたね。どう対応されるつもりですか。ジャンヌさん」
「王族に戻るのは今はお断りね。あくまでも貫き通すつもりよ。……私の存在の意義を考えれば現段階において特定勢力に属するのは神々の意に反する。仮に王族として復帰するにしても全てが終わってからのつもりよ」
「教国としてもその方針です。貴女を連れ去られるわけにはいきませんので。仕方がありませんので然るべき立場の者をお呼びするとしましょう」
「誰を呼ぶつもり?」
「教皇猊下です」
ガルブリエなら信頼できる。
乗ってくれるかはわからないけどね……。
ーーーーーーーーーー
結論から言えばガルブリエは乗ってくれた。今は私を失いたくないらしい。グレイシア王国への対処を考えていたので相手の主張を知る良い機会と捉えることにしたそうだ。
「まさか宿を抜け出して来るとは思いませんでした。凄まじい行動力ですね」
「お手数おかけします」
「構いません。今回の正使であるブルハクプス公爵は私もよく存じ上げない要人です。いきなり表舞台に復帰した御方でありながら本人の動きに隙がない。さらにアレだけ派手に動きながら口撃の糸口も少ない。どう見ても只者ではありません」
そう、彼の言う通り只者ではない。表に出ないからあまり知られてないだけでお父様よりも国王の適性があるとも言われていたほどだ。
「彼女たちは戻りましたか?」
「他のところで言わないように指示した上で天幕で寝るように言っておきました。動揺している以上は休ませて落ち着けさせた方が良い、そう判断しました」
「それで良いです。取り敢えずケアは必要でしょうね」
実際、私の自出は一部の者以外には伏せられていた。それはグレイシア王国に情報を渡さない意図もあったけど混乱を防ぐ目的もあった。しかし彼の一撃で全てが崩れ去った形だ。
私たちは情報を共有しながら公爵のいる場所に向かった。
私たちを見つけた公爵は口を開いた。
「何故教皇猊下がここに?」
「まさか他国の使節が動き回るとは考えてなかったものでしてね。報告を聞き私が出るべき場面と判断したまでです」
「ふむ、正論であるな。聖職者でありながら責任感はある。そこらの祈るだけの無能とは違うというわけか」
公爵も容赦がない。完全に聖職者に対する侮辱ではあるが個人を持ち上げることで文句を言わしにくくしている。
ガルブリエは敢えて応えない。余計な口を開けば反撃されるのが分かっているからだ。
「単刀直入に言う、我が国の王女を返してもらおうか」
「神々の意に従い拒否します。彼女は神使になられた。神使は使命を持つがそれを果たすにはそれに見合う能力をつけてもらわねばなりません。それは決してグレイシアの王宮で修得できるものではありません。神使に使命を果たすための支援を行うのは我らの使命です」
「やはり知っていたのだな」
「えぇ、彼女の方から事情は聞いています」
私ではなく教皇と公爵が睨み合っている。
そして公爵はため息を吐いて私に顔を向けた。
「腹立たしい限りだな。神使の使命はあくまでもオマケに過ぎんだろう。王族の責務を知っていながら逃げようとしているのだからな。実際その血を引くだけで価値を持つ、現にウォーカスの阿呆が余計な真似をしていたな。その意味を理解しているのか?」
「無能な野心家が欲するのは剣であって血統ではないわよ」
「どちらにせよあの阿呆に口実を与えたことに変わりはない」
「現時点で教国は彼女の身柄を彼女の同意なく他国に引き渡すつもりはありません。我が国で聖人をぞんざいに扱う行為は認めません。仮に他国の王族であってもです」
教皇も強気だ。
だが公爵も引くに引けないはずだ。
全てを終わらせた後に戻れば良い、初めはお父様と宰相はそう言っていたが途中から態度が変わっていった。それは王国の政治情勢によるものだ。
ハッキリ言って出奔直前のグレイシア王国は私に抜けられたら困るほどに厄介な情勢に陥っていたからだ。流石のお父様も前言撤回をしたほどだからだ。
「そもそも私に頼り切っていた王国の重鎮に問題があるのではなくて?義務から逃げていた者が今更なにを言ってるのかしらね?」
公爵は私の一言に顔を歪める。会心の一撃になったようだ。
「それに王国政治なら獅子を立てれば問題なく回るはずだったわ。少なくともその方向で私は動いていたし、私が抜けても大丈夫な環境を整えていたつもりよ。大人の失政を私のせいにされても困るわ」
「それがお前の意志か」
「えぇ、分かったなら帰ってちょうだい」
「まったく、誰に似たことか。おい、退くぞ」
ようやく下がる気になったらしい。
「よろしいのですか?陛下になんとお伝えするつもりで」
「そうも言ってられん。ここから食い下がれば下手を打つことになる。既に使節の一部がやらかしている以上の外交上の失態は避けねばならない」
「はっ!」
騎士たちは納得はしていなかったようだけど説得はできたらしい。
「王族に産まれた以上、そこから完全に逃げることはできん。そのことを忘れるな」
公爵は最後に一言だけ残して去っていった。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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