36話 使節(中)
昼食会は特段問題が起こることなく終了した。
開始直前にして私に滅茶苦茶な求婚を仕掛けたバスカル王子が余計な真似を仕掛けてこなかったのはちょっと予想外だった。
まぁこっちを見てウィンクを飛ばしてきていたが徹底的に無視してやった。
途中から焦ってるかの様に見えたのは地味に面白かった。とは言っても顔に出したら終わりだけどそんなヘマはしない。やろうもんなら追求されて話がややこしくなるのが関の山だしね。
諦めてないのが丸わかりだし、あまりにも愚か過ぎる。振られた相手に無理に接近を図るなんて失礼にも程がある。まぁ振るのが失礼と言う話もあるけど、明らかに利用したいだけと分かり切ってる以上はこちらに歩がある。
ただ女を利用したいが為の求婚は男として情けない無礼者でしかないけど、それを分かっててやってるところが質が悪い。
お茶会までの時間、私に付けられたアステリアは気になったことをぶつけてきた。
「ジャンヌさん、バスカル殿下は貴女に求婚している様子でしたが何故無視していたのですか?王族相手では無礼になりますよ」
「フンッ!王侯貴族の男子でありながら女の威光で己を飾ろうなどと考える愚かで情けないだけの無礼者よ。あのクソ野郎が欲しいのは私の武力だけ、相手にする価値もない」
私は吐き捨てるように答えた。
貴族を知らないアステリアは純粋に危ういと考えていたみたいだけど、貴族文化に基づいて今回の件を見ると非は明らかにアイツにある。アイツを赦すつもりは無い。
「今回の件は少し噂を広めればアイツは信用を失うわ。王侯貴族として不名誉で無礼な行いを平然と行ったのだから復讐する価値もあるし、効果も極めて大きい」
「そ、そうですか……」
王侯貴族を知らない者からしたら王侯貴族の名は果てしなく重い、だけど知ってしまえば何かあっても選択肢を萎めなくて済む。
「王侯貴族にとっては名誉や体面は何よりも大切だからね。貴女はあの世界について知らないことも多いから解らないかもしれない。でもこの話は知っておいて損はないわ。平民でも貴族の常識を知っておくことは身を護る術の1つよ」
商人への噂の流布を指示して話を打ち切ってお茶会へと頭を切り換えた。教皇府の庭園での歓迎のお茶会は間もなくだ。
お茶会の参加者は4人、私の他に聖女頭のシーネリア、バルテシア王国の侯爵令嬢(家名は聞いていない)で聖烈士となったレンヌアネット、そしてゲストの第一王女ローレンシアだ。立場的には私が一番弱いけど、何かを背負ってる訳でもないので何とかなるだろう。
それに軽い歓迎のお茶会だから重たい話は出て来ないと考えている。こんな場でバルテシア王国、チバンガ教国、ウォーカス王国の3カ国を跨ぐ外交交渉をやるなんて余りにも重たすぎる。
強いて言うならグレイシア王国に対して何かあるかもしれないけど出奔した立場である以上右から左へ流しても問題は無い。だって権限がないのだから。
そんなことを考えながら庭園に入った。
本来なら一番弱い格下となる私が一番に来なければならないけど既にそこには先客がいた。テーブルに鞘に納めた剣を立て掛けている見覚えのない令嬢、聖烈士レンヌアネットで間違いない。
「あら?御機嫌よう、貴女がグレイシア王国第二王女アリシア殿下ですわね?」
ハァ……
思わず溜息が出てしまった。
「その名と地位は捨ててます。神使にして聖女候補のジャンヌです」
すぐに訂正を入れないと何を言われるか分かったもんじゃない。流石は上級貴族令嬢、聖職者になったと言えど油断も隙もない。
「口では何とでも言えるわね。グレイシア王国は貴女のことを捜されてますよ。公には捨てたとは認められていないのでは?」
「教国の方針では知らぬ存ぜぬを貫くと教皇猊下から伺っております。聖烈士であり、聖騎士団に所属される貴女が教国の意志に背くことは許されるのでしょうか?」
「あの鍛冶師を相手に隠し通せるとは思ってる方がおかしいですわ。しかも手駒に武の誉れ高い雌鹿まで来ているのですよ」
雌鹿……だと!?鹿はヘルヴィルム伯爵家の家紋に使われている。あのヘルヴィルム家で武の誉れ高き女性はよくよく考えれば一人しかいない。
例の冒険者の伯爵令嬢、やっぱりサラ嬢だったのか……。
彼女は冒険者だから比較的自由に動ける。それを利用して彷徨かれれば見つかる可能性はゼロでは無い。現にパステル市ではアホ婦人の依頼で少ない情報頼りに私を見つけ出している。
まったく嫌な予想が当たってゲンナリだわ……。
「それと私はシーネリア様と違って王女である貴女と深い関係を築いていきたいと考えているのですよ」
あぁもう、これだから貴族社会は面倒くさい。
他国の王侯貴族と繋がりを得て政治的立場を向上させようと言う試みだろう。特に私と手を結ぶことでグレイシア王国との関係改善を手柄にしたいと言ったところかしらね。
まぁ肝心の私が家出娘で実権捨ててるから意味ないんだけど……。あ、連れ戻されることを期待しているのなら理屈は通るのか……。
「それには及びません。使命には犠牲が付き物ですから」
「犠牲ですか?」
「えぇ、そうです」
彼女が困り果てた顔をしたところでシーネリアとローレンシアが入ってきた。
「御機嫌よう、本日はよろしくお願いしますね」
ローレンシアの挨拶に気がついたレンシアは瞬時に切り替わった。まぁこのクラスの令嬢なら当然か。
二人が着席し、各人のカップにお茶が注がれたところでお茶会が始まった。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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