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35話 使節(上)

 ウォーカス王国の使節が聖都に辿り着いたのは本来の出発日の午前中だった。


 ベムツヘレ行きの荷物の整え終わっていた私は午前のお勤めをしていた。しかし途中でアステリアが息を切らしながら私のところにやってきた。


「ハァッ……ハァッ……」

「息を切らしてるじゃない、どうしたの?」

「どうしたも何もありません!先程ウォーカス王国の使節が聖都に到着しました。シーネリア様からすぐに準備させるようにと言われてきました」


 うん……?到着してすぐお茶会?それは流石にないでしょう。お昼も近いし、まさかそれに参加せよなんて言われないわよね?


「昼食会にも参加してもらうそうです。シーネリア様だけではなく教皇猊下からも求められております。さらにローレンシア殿下も早くお会いしたいと仰せと聞いております」

「はぁ!?」


 何それっ!唐突過ぎるんだけど!


「ちょっと待って!なんでローレンシア殿下が私を指名して呼び出してるのよ!」

「そんなこと言われましても私は何も知りませんので本人に直接確認してくださいませ」


 時間が迫ってることもあり、アステリアは私に有無を言わさずドレスに着替えさせた。


ーーーーーーーーーー


 着替えさせられ連れてこられたのはなんと教皇府だった。どうやら各国の使節の歓待はここでするらしい。無難ね。


 聖人や聖職者は平民や聖職者の家柄を出身とする者が多い。貴族出身も少なくは無いけど貴族は各国の統治機関や政略結婚で聖人や聖職者とは無縁であることが多い。つまり礼儀知らずの者が多くいるため、万が一の事故が起こりうるのだ。


 ウォーカス王国の使節の主要メンバーは教皇府に部屋を割り当てられ、昼食会まで休憩しているそうだ。私は先行して第一王女ローレンシアと顔合わせをすることになった。


 女性神官の案内で彼女の部屋に入ると、彼女はすぐに反応してきた。


「久しいですわね、アリシア様」


 その一言に部屋にいた者たちは皆一様に首を傾げている。


「人払いを、それと今の発言については口外しないようにお願いします」


 私はことの重大さを理解して口止めと人払いをするように要請した。

 ウォーカス王国の者たちは怒る素振りを見せたけどローレンシアが彼らに私の指示に従わうように指示してくれた。


「フフフ、やはりそうだったのですね」


 人払いが済むなり彼女はクスクスと笑いながら正体を知ってることをアピールしてきた。


「まさか人目のある所で捨てた名前を突き付けてくるなんて思わなかったわ。3年ぶりかしら?自分の考えてたことをすぐに口にするのは変わってないわね」

「偽名を使ってるものだと思ってましたわ。それにアリシア様は明らかに異常でしたわ。歳の割に大人過ぎましたし、それでいて何処か貴族らしからぬ動きをされておりましたもの」


 彼女と最後に会ったのは前世の記憶を取り戻す前、その時にもうバレていたらしい。鋭過ぎて怖いわね。


「で、何故私がここにいると分かったの?」

「聖人の隠し通路ですわ。出奔の情報とアレが開いたと言う報告、残歴転生の可能性を示唆するものに他なりませんわ」


 話を聞けばあの祠、見張られていたらしい。ジャンヌの名もその時に知られたそうだ。他国にその動きが伝わるとは……迂闊だった。もう少し捻った動きをするべきだったわね……。


「その話は口外しないでちょうだい」

「あら、帰りたくないのかしら?」

「少なくとも今は帰るつもりはないわ」


 彼女が頷いたところで私は人払いを解かせた。

 そこからは違和感を与えないような雑談に移行した。


 人払いを解いて間もなく昼食会の時間が来た。


 私は彼女と共に昼食会の会場に向かう。

 そして会場には先客がいた。


「何故君がここにいるのかい?」

「それを問う必要がありますか?」

「ハハッ!愚問だったね」


 バスカル王子がそこにはいた。無論彼も私のことを知っている。一昨年の建国祭の時の使節団のトップが彼だった。


 さらに彼は野心家で王太子の地位の奪取を企んでおり、その過程で情報の大切さを学んでいる。故に独自の諜報機関まで設立していると言う噂まである。

 グレイシア王国と教国の関係が良いとは言えないことも私が出奔していることも掴んでいるはずであり、そこから結論を導き出すくらい彼からしたら造作も無いはずだ。


「あの国にいたくないのなら我が国に来てくれないかな?歓迎するよ」

「断るわ」


 自国への招待、目的は婚姻で間違いない。聖人である私を取り込むことで教国との繋がりを強化し、私の戦闘能力で武力面を強化したいのがバレバレだ。無礼を承知で私を徹底的に利用するつもりなのだろう。

 彼の方が5歳以上年上だけどここまでメリットが大きいと戦略的に狙う価値も出てくる。


 だけどこの策は確実に成らない。私も教国も認めないのが明らかだ。私にも利がないし、教国が神使を縛り付けるような真似を良しとする訳が無い。手があるとすれば教国上層部の買収くらいだけど、それをすれば私が粛清を躊躇う理由がなくなる。


「何故だ?我等が組めば幾らでも栄誉と富は手に入るはずだ。それを捨てるとは愚かだぞ」

「栄誉?下らない、そんなもん余計な面倒事の種でしか無い。それに富なんて幾らでも築く方法はあるわ。既に平民暮らしなら一生暮らしていけるだけの貯蓄があるわよ」


 彼は唖然とした姿を晒した。

 考え方があまりにも異なり過ぎて理解が及ばないのだろう。王族に産まれ、貴族社会しか知らなければ平民の感覚など知る由もない。だけど貴族と平民の両方を知る私は比較することができる。

 できれば貴族社会から離れたい、それが私の答えだった。


「正気か?王族が平民として暮らせるはずがないだろう。周りが許さないだろうし、生活能力もない、いずれ破綻する」

「貴方の予想する形での破綻はありえないわ。今まで冒険者生活を続けてこられたのが証明よ。少なくとも生活面で他者の支援を欲したことはないわ。……あぁ聖人としての能力の開花はどうにもならなかったけどね」


 何がなんでも説得して私を獲得したい意思が垣間見える。焦り過ぎ、そんな印象を受けたのでハッキリ突きつけることにした。


「それに富と栄誉でしたか?そんな焦らなければならない状況の者が手にできるとは思えません。お引き取りください」


 言葉だけではなく敢えて手に持っていた扇子を畳んで背を向けた。お前と話すことはない、そういうメッセージを送った。会話における主張の否定を表すこともある仕草でもあるので、「お前は王位継承権争いに敗北する」と言ったに等しい状態だ。


 流石にここまでされれば引き留める真似はしてこなかった。

いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。

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