31話 聖人の諍い(物理)
「気に食いませんねぇ」
「何が?」
身形の良い不気味な男は私とユーリスティアの方を向いて妙なことを口にしてくれた。
安全な場所に退避してながら出てくるなりこのセリフには流石にカチンと来たので言い返してしまった。アステリアの方に目をやると顔が青くなっている、どうやらこの生意気な輩はお偉いさんらしいわね。
「新たな聖女候補のその態度、野蛮な姿ですよ」
今なんて言った?
「聖人は基本穏やかで上品な姿勢でなければなりません。元冒険者であるが故の粗暴さはある程度は目をつぶれましょう。しかし未覚醒聖人でありながら聖典にその姿なき武器を構え、大賢者であるこの私に歯向かう姿勢を見せた。実に気に食わない」
「それ以上口にすれば容赦なく殺すぞ!」
流石に限界だ。
聖典にない武器?冒険者だから粗暴?関係ないとしか思えない。
私だって喧嘩を売られなければ余計な手は出さない。姿を見ただけで粗暴?こんな侮辱初めて見たわよ。
それに武器に貴賤は存在しない、己に合う武器を用いる、それが冒険者の常識だ。合わない武器を無理に使って上手く戦えなければ待っているのは『死』だけなのだ。
故に冒険者は己にあった武器を探し、場合によっては特注のオリジナル武器を使う。特に多くの戦場を経験した上級冒険者ほどオリジナルの武器を持ってるケースが多い。当然前世の私もそうだったのだから。
生と死を分つ戦場から逃げた癖にこの様な口を利くのは全ての武人への侮辱だ。そう捉えるしかない。
私は躊躇うことなく大太刀の剣先をその男に向け殺気を放った。武器の切先を相手に向けるのは宣戦布告や最終警告を表す行為だ。
次ナメたことを言えばその首を刎ねる。
「ジャンヌさん待ってください!その御方は大賢者の中でも最高位の1人とされる存在です。ここで殺してしまうのは問題になります」
ユーリスティアが慌て私を宥めてきた。だけど黙殺する。このアホはナメすぎだ。
この状況に周りは青褪め動けないでいた。
私に睨みつけられた男は苛立ちを隠さずに睨み返してきた。
「野蛮人ごときが私に敵うとでも?野蛮人に何ができる、聖人には到底敵わぬというのにな」
本当に死にたいらしいわね、叶えてあげる。
私は無言で振りかぶり、斬りつける。
彼は後退して難を逃れ護衛の一人が剣で受けようとした。大口叩いた割には逃げることしかできない、正に無能の極みだわ。
私の大太刀を受け止めた護衛の剣は「ガキッ」と言う音と共に刃の一部が砕けた。そして護衛は手に受けた衝撃で剣から手が離れ、手を抑えて踞った。声にならない絶叫状態になっている。
私の大太刀のリーチは特に長い、4尺5寸と言う長大な刃渡りを持つので振られたときの先端の速度は洒落にならない。身体強化を使って本気で振れば下手な鎧や剣なんかは普通に壊れる。
もう1人の護衛が私に斬りつけてきたけど動きが遅い、強烈な圧縮空気を叩きつける『ウインドボム』をぶつけた。ぶつけられたことで弾けた圧縮空気が対象をぶっ飛ばした。そしてその護衛は検問所の建屋の壁にぶつかり気絶した。
護衛の剣はぶっ飛ばされた際に手から離れ宙を舞った後、地面に転がった。
一瞬で護衛が無力化されたのを見て男は腰を抜かして引き攣っていた。
今更恐怖を感じても遅い。私はコイツを生かしておくつもりはない。コイツはそれ相応の侮辱を行ったのだから。
「さてナメた口を利いた代償を支払ってもらいましょうかねぇ!」
逃げ場をもう存在しない、護る者すら存在しない。腰を抜かしてるので立つことすらできなくなっている。震える体と魔力で防御用の結界を張るのが精々だったようだ。
そんな急場凌ぎの結界ごときで私の大太刀は止められない。一振りで結界は砕け、そのまま首を刎ねた。その顔は恐怖に満ちていた。
振って血を払い納刀したところで何者かの足音が聞こえた。その足音はだんだん大きくなってきており近づいて来ている。さらに多数の音が断続的に続いてることからそれなりの人数がいることが判る。
そちらの方に目を向ければ武装した20人程度の人たちがこちらに走ってきていた。
「生存者がいるぞ!急げ、こっちだ!」
走ってきている集団もこちらに気がついたらしく、進軍速度を上げてきた。
近づいてきたことで意外な人物が混じっていることに気がついた。
ガルブエリ、この国の教皇がそこにはいた。
「最も激しい襲撃を受けたのがここと聞いて駆けつけましたが既に解決していたようですね」
「いえ、そこの娘が大賢者ゴードンを殺害しました。取り押さえようにも卓越した実力者であり、武装もしている為、手が出せない状態でした」
検問所の指揮官の言葉を聞いてガルブエリは私の方を見た。そして私が誰かを確認するなり溜息を付いた。
「嫌な予感程当たるものですね。確かに彼女は未覚醒聖人ですが、既に聖人としての格は私達より上です。大方ゴードンが喧嘩を売って彼女が買ってしまったと言ったところでしょう」
「それは……」
「彼女は残歴転生せし神使なのですから」
私とガルブエリ以外の全員が驚愕している。分かってはいたけど神使は聖人の中でも特別な意味があるらしい。
「さてジャンヌさん、事の次第を教えてもらえますかな?」
「簡潔に言います。耐え難き侮辱を受けた為、警告の上で始末しました」
「何を言ったのかは分かりませんが有り得る話だとは思いました。詳しくお聞かせください」
問われたのでその内容を全て答えた。そして私が感じたことも全て伝えた。無論武人として奴を赦すつもりはない。
「左様にございましたか……。そもそもゴードンは聖人間のトラブルを多発させていたのです。本人は聖人として、聖職者として優秀な部類に入っていました。しかし思想が凝り固まっていたので致命的な問題を引き起こす可能性が常に指摘されていたのです。ゴードンらしい最期と言えるでしょうね」
「流石に神使とてこの聖人院で殺人事件を起こしたのは問題と考えますが……」
「そもそも高位の聖人に逆らったことが問題であるならば神使を侮辱した方が大問題ですからね。それに彼自身も元々多数の問題があったので魔物や反教団団体との戦闘で戦死したことにすれば良いです」
問題の多い人物なので上手く消せて良かったらしい。何とも言えない話だわ。
「ユーリスティア、アステリア、予定通り彼女のお世話を頼みます。私たちは他の検問所の確認と支援に向かいますので」
「分かりましたわ」
「お任せください」
何故ここにいるのかは別としてやっぱりガルブエリは忙しそうだった。それに他の検問所も襲われてるらしく、早期に片付けたいと考えているのが伝わってきた。ならば手練れの私がすべきことは決まってくる。それに剣士として戦いを重ねたいしね。
「戦う場があるなら私もいきたいのだけど」
「神使の手を煩わせるまでもないでしょう。それにまずはここに慣れていただきたいのです。当面はここでお過しになられるのですから」
しかし却下されてしまった。
戦士としての実力は疑いようがないはず、つまり神使にあまり無茶をしてほしくないのだと解釈した。
正直不本意だけど余計な揉め事は起こさないに限るので大人しく引くことにした。でもそのまま引き下がるつもりはない
「分かったわ。だけどここの復旧がある程度進むまではここにいるわ。私がいれば下手なことをしても突破できないでしょ?」
「確かにその方が都合が良さそうですね。では私どもは次の検問所に向かいます」
どうやら妥協案は認められたらしい。
部隊を連れて次の検問所に向かう彼を見送ってから復旧作業が行われた。
そして日が沈むまでには全ての検問所が復旧できたらしく連絡が来た。その連絡を持って私は聖女たちの区画に向かった。
……多分私の嫌いなお淑やかな動作やどうでも良い勉強とかもやらされるかな……。聖人としての力の使い方は大事だしやるしかないか……。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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