22話 指名手配犯
街中でゴロツキに喧嘩を売られて注目を浴びてしまった場合は本当にめんどくさい。
殺してしまわなくても大怪我させると牢獄行きだし放置すれば己の身が危うくなり更に名誉も失ってしまう。これが表立って「貴族です!」なんて言えれば話は変わるけど今はそうではないのが難点だ。
ただ今回はこちらが法的に多少有利だ。何故なら向こうが先に剣を抜いた上に全員が抜いていた。つまり人目のある所で数と凶器の暴力で相手を殺す意思があると見なすことができる。とは言えグレンが抜いてる以上、その程度では状況酌量の余地でしかないんだけど……。
「グレン……あまり大怪我させないでね。本気で殺しに行ったら駄目よ」
「分かった」
「おぅ!俺たちをナメてるとはな。クソガキどもや、死んで償え!」
グレンを諭したらそれが気に触ったらしい。先頭の1人がすぐに襲ってきた。
それを見た野次馬の一部が悲鳴を上げている。まぁゴロツキが女の子を襲ったらそうなるのは分かる。でもそれは的外れだ、私の相手ではない。
私は振るわれる剣に対し逆手で刀を抜いて受け、足払いをかけ転ばせたことで敵の攻撃を防いでみせた。でも防ぐだけでは意識はあるのですぐに復活する危険があった。なのでそのまま顔面を蹴り飛ばして気絶させた。
僅か数秒の攻防で一人を無力化してみせたことで酒場の中は沈黙した。理解するのに時間が掛かったのだ。
仲間がやられた、そのことを飲み込めた他のゴロツキたちが動き出した。無論3人とも武装してるし、私とグレンも武器を抜いている。
それでも2対3なので普通に考えると私たちが不利だ。それに殺さず制圧することを目指してるので普通は勝てない。でもやるしかない。
彼らは仲間を一瞬で制圧した私を最初に狙ってきた。気持ちは分かる、だけどマヌケなことに私一人に集中したことで思いっきり隙を晒していたので私たちからしたらカモだった。
左にいた男が蹴り飛ばされた。蹴ったのはグレンだった。これで1人が無力化され、その隣の男の剣をグレンが受け止めていた。
つまり私が一人を速攻で潰せば良いわけね。
グレンと2人の攻防と少し遅れて私も右の男の振り下ろされる剣を見切って避ける。そのすれ違う瞬間に腹に左拳を叩き込んだ。体重は軽く威力が落ちていても身体強化で強化された拳は男に膝をつかせた。
始まりは上々な結果だった。でも全員を気絶させたわけでは無い。3人とも意識を失ってないしグレンは剣戟を続けている。
そして膝をついた男はその姿勢から剣を振るってきたのでその剣を払い魔法で電撃を浴びせて無力化した。殺してはいない。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁああ!」
私が魔法で一人を無力化している間にグレンは敵の剣の持ち手を手首から斬り落としていた。こんなガタイの良い大の大人が絶叫しながら暴れてるのはいつ見ても慣れないわね。
とは言えギリギリ正当防衛を主張できるかできないかくらいの怪我を負わせてしまったようね。
流血が発生したことで我に返った野次馬たちが逃げ散っていく。
この時点で残るはグレンに蹴り飛ばされた男だけになった。
「クソガキどもが!やってくれたな!」
「誰に向かって言ってやがる、こちとらドリビア子爵の孫だぞ!」
「どこの貴族だぁ?知らねぇなぁ」
「グレン、あんなゴロツキが家名で理解できると思うかしら?」
「どうやらそうらしい、まぁ衛兵に突き出せば奴らは終わるだろ」
「ゴチャゴチャとうるせぇぞ!」
哀れゴロツキ、もはや誰しもが戦況から勝敗を理解したし、余程の馬鹿じゃない限り貴族に喧嘩売る奴はいない。他国の、しかも当主では無いとは言え貴族の血筋には一定の影響力がある。それを襲えば一族の運命は終わる。
そしてあんな啖呵を切って揉め事を起こした以上は下がるに下がれない。
僅かに残っていた人も残ってる彼から距離を取った。この状況だと暴走したゴロツキが形勢逆転の為に人質を確保しようとする可能性もあるからだ。実際人質で動けなくなるような人もいなくはない。それに誰だって人質にはなりたくないし。
「そろそろ終わらせるわ」
「あぁ」
「ナメんじゃねぇぇぇぇえ!」
私たちが歩みを進め出したところ、奴は破れかぶれな突撃をしてきた。目には恐怖心が宿っている。相手にはならない。
「こんな所で喧嘩売ってやられるくらいなら手に職つけて働きなさい」
私はぶつかる直前で急に姿勢を低くして足をかけ転ばせた。
そして倒れたところをグレンが背後から乗っかり制圧していた。
これで完全に4人のゴロツキを制圧することに成功した。
静かになった酒場の中で拍手をした者がいた。
「ホッホッホ、若いのに中々やるではないか。そいつらはなぁ、手を付けられない乱暴者として有名でな。指名手配されておったんじゃ。儂も後10歳若けりゃ儂自ら捕らえてやったんだがな」
「あのアホどものことを知ってるのか?」
「あぁ、知ってるとも、コイツらの処理は任しておきなさい」
「助かるわ」
この老爺、なかなか鍛えられてるわね。でも老いには流石に勝てないか……。
引退前はさぞ強かったんだろうなぁ。
「時に小僧や、ドリビア子爵の孫を名乗っておったな」
「え?うちの爺ちゃんのことも知ってるのか?」
「あぁ、何度か共闘したことがある。儂もかつては『鎧の粉砕者』と呼ばれておったわい。実力者の中の実力者同士でよく酒を飲んだもんだ。あぁそうだった、フリードのヤツから聖都に孫が来たら世話してやってくれって頼まれておったわい」
「え?『鎧の粉砕者』って……もしかしてザリファス?」
「ほぉ、儂の名を知っておったか、嬢ちゃんよ」
「知ってるわよ、まさか生きていたなんてね」
まさかこんな所で昔の知り合いに会うとは……。そう言えばザリファスは熱心な信者だったわね、だからこの国にいたのか。はぁ~納得。
「ハッハッハッ!儂も歳だからなぁ。さてコイツらを衛兵に引渡したらお主らを儂の家に案内してやる。これだけの騒ぎだ、そろそろ衛兵どもが駆けつけてもおかしくないはずだが……おぉ!ようやく来たか」
酒場の入り口を見ると武装した衛兵10人が飛び込んできた。
「聖都で何事か!狼藉者は出てこい!」
「そこに転がってる奴らはヘムベレツで指名手配されてた連中だ。懲りずに聖都で恐喝やって返り討ちにあってたぞ。引き取り頼む」
「ほう爺さん、詳し……ってザリファス殿!?これはこれは疑いを向けて申し訳ない。コイツらの名を伺っても宜しいでしょうか?」
「あぁ分かった……」
そしてザリファスは衛兵たちに4人のことを伝えて回収させた。
聞き取りを終えるなりすぐに回収されてたところを見ると非常に信頼を得ているらしい。
「ちょいと待たせたな。勘定は儂がしておく、2人には一度儂の家に来てもらいたい」
「分かったわ」
「分かった」
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
次回は1月15日(水)となります。
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