17話 兄と弟
本日は国王視点で話が進みます
私は弟を呼び出す使者から報告を受けた。
「準備ができ次第王都に向かうとブルハクプス公爵は仰せです。陛下の呼び出しでも余程行きたくないのでしょうか?」
「有無を言わさず勅命を出すべきだったか?既にこちらは人手が足らぬのだが……」
困ったことに弟のヘンリーはすぐには戻らないと言う。それにしても何を準備することがあろうか?王都滞在中は王宮に部屋を用意するし衣装の類も支援をするつもりでいたのだがそれを断ってきている。いや、あいつの場合は時間稼ぎをするだけして来るつもりがないのかもしれない。そうなれば勅命を使わざるおえないな。
全く娘と言い、弟と言い、やりたい放題が過ぎる。困らされる身にもなれと言いたい。
とは言っても結局泣き言を言えば解決するような問題ではない。国の運営は人がいないからといって止める訳にはいかず、少なくなろうが何とかしてでも回す必要があった。
あの娘の末恐ろしいところは余りにも用意周到すぎる上にそれを隠し通しきったところだ。まず後任者への資料をしっかり残していたことだ。アレがなければ本当に行き詰まっていた可能性が高い。そしてその引き継ぎ資料を出奔するまで隠し通したのも信じられない話だ。
引き継ぎ資料ありで、更に何人も人員を追加して、それでも間に合わないほどに国の運営は忙しい。如何にアリシアが飛び抜けて実務能力が高過ぎたか、うんざりするほど思い知らされた形になっている。
「致し方ない、マリア嬢の前例もある。令嬢でも希望する者には官職に就くことを認める。すぐにでも周知を行え」
「はっ!」
伝統的に王国の役所は男の職場だ。王族等の例外はなくはないが例も少ない。だが現状を考えれば改革を進めるときなのだろう、と考えつつ部下に命じた。
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今回の改革は数日で影響が出た。保守的な上級貴族からは強い反発を受けることとなった。それこそアリシア出奔事件で醜聞が立っていたが故に追い打ちを掛けられた形になり、王家としてかなりの痛手を受けた。
中でも貴族至上主義の筆頭たるブランデン侯爵家をはじめとする一部の貴族からは凄まじい批判が飛んできた。
王家の資格なし、令嬢にやらせる仕事ではない、王家は無能しかいない等々、批判の嵐に晒されることになった。
だが、私もやられっぱなしではない。ブランデン侯爵家に対抗するためにフルケン侯爵家と手を結び対抗した。国土の荒廃を望む国賊、民を導かぬ貴族など貴族ではない、等と逆に批判して戦った。
元から商人気質を持つフルケン侯爵家はこの施策には大いに理解を示し、貴族至上主義を嫌っているのもあってブランデン侯爵家に対して凄まじい敵意を見せていたので好都合だった。
当のフルケン侯爵は
「国を導かず搾取のみを行い、王家に反逆するかの如き姿勢を見せるブランデン侯爵家は族滅にすべし」
と主張したほどだ。
とは言ってもブランデン侯爵家ともなると取り潰しは難しい、あそこは領地の規模も大きいので後処理が大変になってしまう、つまり今やるとそれこそ皆が限界を迎えてしまうのでそんなことはできない。
因みに下級貴族からは喜んで受け入れられ、積極的に娘たちを送り出していた。どうやら役所で働く令息たちに娘を近づけたいらしい。強かなものだ。
貴族界はそんなこんなで大混乱、更にはワルカリアが国を揺るがす問題と化してバタバタしていた頃、ヘンリーが帰ってきた。
「遅かったではないか」
「アリシア殿下が逃げ出したのです。原因がわからないこの騒動、すぐに終わるとは思えませんでした。長期戦を覚悟する必要があると判断しただけですよ、兄上」
こ、こいつ……呑気にしおって……
「まったく、今どれだけ忙しいか分かっておらんようだな」
「娘に逃げられる兄上の自業自得では……?」
「とは言い切れんぞ。アリシアが出奔してから問題が多発しておる。王国南東部でワルカリアが大規模な反乱を起こしたことが発覚した上に隣国であるバルテシア王国に不穏な動きがある」
「ワルカリア?ただのマフィアがそんなことできるとは思えませんな、その程度なら適当に軍を送れば済むのでは?バルテシアなら外政卿ソンムスティ侯爵の管轄でしょうに」
長時間準備しておいてこのザマか……。あまりにもひどいと言わざるおえんな。
「どちらもその程度で済む話ではない。アレほど準備期間を取りながらその程度も掌握しておらんのか」
「はて、生憎王都での暮らしの準備と領地でのやり残しの処理に忙しくてですね。それどころではなかったのですよ」
「くだらん作品作りがそんなに大事か」
「契約でしたのでね。契約すら守れぬ男という醜聞は流されるわけにもいきますまい」
溜息しか出ない。王国の一大事と民間の契約のどちらが大切か、考えればすぐわかるものを……。
「それに勅命ではありませんでした。兄上にとっても急用では無かったのでしょう」
「まさかそんなことも予測できないとは……勅命にすべきだったな」
「で、なぜ逃げられたのです?」
ここまで食い下がってくるとは……余程王都に居たくないらしい。言い掛かりの根拠でも探してるのだろう。しかしここで逃げるのは愚策、仕方が無い、全てを話すか……。
「逃げ出した理由か、簡単に言えば王太子や国王になりたくないらしい。王位継承権すら要らんと言っておったな」
「は……?」
「優秀でありながらあの自由気ままで粗暴な性格故だろうな。あれはお転婆の領域ではない、確実に通り越しておるわ」
「だとしても王位継承権すら要らないは言い過ぎにも程があります。他に理由があるのでは?」
相変わらず鋭い、正直に言えば余ではこの弟に何一つ勝てない、悔しいことに余とて無能ではないがこの世捨て人には敵わないのだ。
「相変わらず隠し方が下手だな。顔に出てるぞ、兄上」
「お前は誤魔化せんな……。残歴転生は知っているな?」
「何?残歴転生だと……本当なのか?」
「疑わぬとはな……」
「武器鍛冶をしている都合で教国とも繋がりがありますので実例があることは知っていました。まぁ兄上の立場で知ることはほぼ無いでしょう。しかし何時それに……」
「宰相が我が娘の剣術を見ておかしいことに気がついたらしい、どうやら王国では廃れた剣術だったそうだ。消去法で残歴転生であると判断して娘に問い詰めた。沈黙してたな……」
ふとヘンリーが考える仕草をした。恐らく先の事を考えているのだろう。
「教国を秘密裏に探るべきだな、残歴転生について深く知るならあの国に行くしかない。教国相手に大っぴらに動くわけにもいかないからな」
「しかしこんな短時間で行けるものなのか?」
「やりようはある。仮に今は居なくとも必ずや行く必要が出てくるはずです」
この弟の考えてることはよく分からん。まぁやりようがあるならやらせてみるか。
「ならお前が調整しろ」
「この件に関しては適任者は限られてしまう。仕方がないので引き受けますよ、兄上」
思わぬ形で家出娘の捜索を弟に任せることができた。己の失態の後始末を弟に頼む羽目になったがこの際は割り切る、何を言われようとも実利を取るしかない。娘が戻ってこれば取れる手は増えるのだから。
その後は明日以降の動きを確認してヘンリーを下がらせた。
今日のところは政治に寄り付かない弟が帰還したから良しとしよう。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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