16話 兄の使者
今回は時系列を遡り、国王からの使者を迎える王弟ヘンリー・フォン・ブルハクプス(ブルハクプス公爵)視点のお話です。
その日、私の鍛冶場に兄上からの使者が訪れてきた。
何のことやらと思いつつ私は弟子に応接への案内を頼み、作業のキリを付けて使者の元に向かった。流石に国王陛下である兄上の使者を無視するわけにはいかない。
「遠路遥々よくお越しになられた。早速だが兄上の伝言を伺いたい」
領地に引き籠もってる私に差し向けられた使者だ。兄上も私が中々領地から出てこないことを知っている。年一度、挨拶の為に王都に行くだけの男に使者を送りつけてきたのだ。何かあったと考えるべきだ。
「ブルハクプス公爵には早急に王都に戻っていただきたい」
やはり急用だった。
しかしそこに至った理由が判らない。
「何故そうなったのだ?」
「第二王女、アリシア殿下が出奔されました。付きましては殿下の抜けた穴を埋めていただきたく思います」
「…………は?」
頭の中が真っ白になった。
意味がわからない。
優秀な姪っ子のアリシアが何故出奔?
少なくとも彼女は王太子代行として活動していたはずでその実務能力の評価は高い。問題として社交界から逃げてることと王族として粗暴なことが挙げられており、立太子に反対する声は大きく立太子はできていない。それでも強引にでも立太子させたい兄上の気持ちはよく分かるくらいには優秀だが……。
「何故……?何故逃げ出したのだ……?」
「それは国王陛下に直接お尋ねください」
溜息しか出ない。
国政から離れること15年、そんな私を呼び戻されるとは露ほども思っていなかった。
私は王族でありながら芸術を作る側に憧れ、芸術家の道を志した。
数多の芸術の中から私は武器を含む金物全般に興味を持った。灼熱の炉から取り出されし金属、それを熱き魂を以て鍛冶師が作品を作り上げていく、若き私はここに熱いものを感じたのだ。
王族が芸術家などという道楽に身を浸すわけにはいかないことは理解していた。だからこそ鍛冶師にとって天国と言えるような領地を持つことを希望した。
故に鉱山を有するこの地を領有する地方領主になることを望み認められた。
私に政治的野心はない、政界から遠ざかる為に没落気味の伯爵家から妻を迎えたくらいだ。
私は領主として鉱山の開発に着手、領内で加工できるように有力では無い鍛冶師も多数勧誘した。私の鍛冶師としての師もそれに合わして移住してきた男だった。
地方領主として善政を敷きつつ鍛冶師として修練を積む日々は非常に充実していた。
今では鉱山を中心とする我がブルハクプス公爵領は武器の名産地として有名だ。鉱山から採れる鉱石を領内で加工して他領へ輸出する質の良い領地として知られるようになった。
国内で一時的に注目は浴びたが私は鍛冶師としての道を歩み始めており表に出ることはほぼ無かった。故に貴族たちからは『世捨て人』とか『王家の変人』とか呼ばれて重要視されることはなかった。
そんな私を今更国政の中枢に?ちょっと理解が及ばない。
とは言え、呼び出されたからには赴く必要がある。すぐに行ける訳では無いが、早いところ向かわねばなるまい。
ここまで考えたことでようやく回答する気が起きた。
「準備が整い次第、王都に向かおう。陛下によろしく頼む」
「準備にはどれくらい掛かりそうでしょうか?」
「正直なところ判らんな……。何しろ王都で活動することを想定して生活してなかったものでな。社交の準備も整えねばならんし妻の実家のモルトン伯爵家とも連絡を取らねばならん。思う様に動けなくなることを想定すれば時間はかかる」
「しかしそれでは……」
「すぐにでも私に動いてほしい兄上の気持ちは分かる。だが政治をする上で無策で突っ込むのは愚の骨頂、万全とまでは言えずともある程度の準備は必要だ。それに私自身も御得意様を幾つか抱えている。その挨拶も必要だ」
既に私は長期戦を覚悟している。故に出発する前にやるべきことは多い。理解してもらえると助かるが……理解はしないだろうなぁ……。
兄上を筆頭に王国上層部はかなり焦ってるはずだし、王弟が何故準備していないのだとも言われるだろう。しかし『世捨て人』だの何だの言われてる現状、それは今更だ。
「私としてもできるだけ早く準備を終えたいと思っている。何しろ『世捨て人』だの言われる暮らしをしていたのでな、すぐには戻れない。兄上にはそれだけ伝えてくれ」
ここで今すぐにでも私を引っ張り出したい兄上の使者とのやり取りを打ち切り王都に帰らせた。
こうなってしまった以上は急ぎ準備を進める必要がある。鍛冶場は我が家である領主邸の近くに作ってあるのが幸いだった。
すぐに帰宅して妻と子供たち、そして家臣たちを呼び出し事の次第を説明した。
皆が絶句していたがそんな余裕はない。それぞれに仕事を振り分け準備を進めるのが当主たる我が役目だ。
それぞれに仕事を与え終わったところで家宰から質問がきた。
「旦那様は何をされる予定ですか?」
「まずは鍛冶場の弟子たちに事の次第を伝える予定だ。私と関わる以上彼らとて無縁な話ではないのでな。鍛冶場の方針は今日中に定める。一段落したところで此処に戻ってくるつもりだ」
幾ら国の一大事とて彼らを無視するつもりはない、彼らとて生活があるのだ。その対応を考えねばならない。
私は家宰の質問に答えてから鍛冶場に向かい弟子たちを集めた。彼らにも全てを説明しなければならない。彼らは私の地位は知っていても国政には疎いのだから。
そしてやはり会議は思うように進まなかった。
「それで親方、アンタの身に降り掛かった災厄は分かった。だけどよぉ、俺たちはどうすれば良いんだ?」
「俺たちゃ高貴な者たちの諍いなど知ったこちゃねぇ、無視で良いんじゃないですか?親方もそれが嫌で逃げてきたんありませんでしたかな」
「親方は受けた注文は放棄するつもりですか!?正気とは思えません!」
勿論彼らには彼らの生活があるし、人の繋がりもある、故に反対される可能性は認識していた。しかしここまで王侯貴族への印象が悪いとは思っておらず少し想定外だった。
「皆の言うことも分かる、だが行かねばならんのだ。王の要請は重い、従わぬ場合は筋の通った理由を示さねばならぬ。勅命が下りなかっただけまだマシだ、勅命だったら理由も何もないからな」
そう、勅命に逆らえば反逆罪となる。私個人が処刑されて終わりでは済まない。
「要請であることを利用して時間稼ぎをさせてもらった。今ある注文は終わらせるまでは出発しない予定だ。今後だが私は新規の注文を抱えないつもりだ。王都に行く以上は受けられぬからな。お前たちの仕事にする分には仕事を取って構わない」
ひとまず方針を示す、それに対して彼らが何を言うかが問題だ。
最初に一番弟子のライオットが質問してきた。
「しかし貴族から注文が入った場合はどうしますか?我々では対応しかねます」
確かに平民と貴族の差は大きい、だが今回は恐れる必要はない。私は『王弟』なのだ。
「貴族ならば私の立場を知らない者はいない、事情を言えば納得するはずだ。それでも食い下がるような愚か者ならば幾らでも罰せられる。対抗策は幾らでもある」
「なるほど、国王陛下の威を借りるわけですね。国王陛下の命令に歯向かうのかと」
「兄上の名を出すまでもない。私より格上となる貴族は宰相くらいだ。あの宰相は道理を理解してる御方だ。つまり私の名を出せば十分だ」
他の弟子たちもボチボチ質問や意見をしてきたものの、然程大きな問題は現れなかった。私の不在間は一番弟子のライオットがこの鍛冶場を管理することになり、他の弟子たちは彼の指導を受けることになった。ライオットなら十分な腕前があるので安心して任せられる。
後は全員に課題を出した。
己の思う現状最高の剣を鍛えてみせよとな。
目的は王都で売りつけるつもりだ。職人の本気と称して高値で売り抜こうと考えている。どうしても当家のレベルでは王都で派手に動くなら金策は必要だからではあるが、これは弟子たちの士気向上に繋がった。
そして10日ほど経ち、何とか最低限のやるべきことをやった私は家族と共に王都に向かった。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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