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閑話 5-1

 私の世界はローパーを中心にまわっている。小さい頃に水族館ではじめて見たクラゲの展示に心奪われた。色彩鮮やかな触手、うねうねと動く愛らしさ、そのすべてに私は魅了された。


 ここは『静岡ダンジョン』。ここはローパーとスライム達の楽園。そして侵入者達の楽園にもなりうるダンジョン。ローパーのローパーによるローパーのためのダンジョンである。


 今日は大事なお客さんが来る。なんだか朝からそわそわしていたらそんな気持ちが伝わったのでしょう。ベッド兼イス兼ボスモンスターの『クイーンローパー』が嗜める。


 「えっ、少しは落ち着きなさいって。わ、わかってるわよ」


 スライム達が集まって私の身嗜みを整えてくれている。水分を含んだ体を押しつけると寝癖は真っ直ぐになっていく。外出する時はフードを深く被るため気にしないけど『静岡ダンジョン』の中ではフードを外している。だってここは私の部屋みたいなものだから。


 歩いているとローパー達は点滅を繰り返しながら私の足や腕に絡みついてくる。朝の挨拶のようなものだ。この微妙な締め付け感がなんともいとおしくなる。冷たくてにゅるにゅるしていてとても気持ちがいい。あー目が覚める。今日もいい一日ね。


 『静岡ダンジョン』の戦略は基本的に侵入者の確保から始まる。ローパー達が痺れる毒を使いながら弱った敵を触手で絡めとってからがスタート。第二段階ではスライム達が確保した侵入者を少しずつ消化していく。第三段階でようやく衰弱した侵入者に止めを刺す。ぎりぎりまで生かし、ぎりぎりで殺す。この見極めがポイントを多く稼ぐコツになる。


 個体にもよるが、二週間から一ヶ月近くは生かしている。これは滞在ポイントを稼ぐための作戦だ。確保した直後の野生動物は鳴いたり叫んだりとうるさいため、ローパーが静かになる別種の毒を注入していく。この毒が体内に入るとトロンとした虚ろな目付きに変わっていく。かなりの中毒性があるのだろう。次第にみんな放心した顔付きで触手を求めるようになる。


 「あの子もやっとローパーの愛を受け入れたようね」


 私の目の前にはぐったりとしたシカが触手に吊られている。こうなってしまえばもうローパーの虜だ。ローパーなしには生きていけない体になっている。触手を追い求めるのに必死でスライムに消化されていることにすら気づかないのだ。みんなの幸せそうな顔を見ているとなんだかローパーの良さが伝わったようで私もうれしい。


 しかしながらローパーはモンスターとしては決して強くはない。鋭い爪や牙などないため攻撃力も低ければ防御力も低い。タイプとしては待ち伏せ型の狩猟モンスターというやつである。そのため侵入者の隙をついてしびれ毒を注入し弱らせなければならない。ここが一番難しいのだが、ローパーは優れた擬態能力を有していた。普段はピカピカに光っていても侵入者が来ると岩や石筍に擬態して隙を伺う。侵入者に狭い通路を長い時間歩かせれば隙を突くのは容易だった。


 ダンジョンが開通してからまもなく一ヶ月が経過する。ここまで多くの野生動物を捕らえているし、そのうち何匹かのハクビシンやシカを仕留めている。


 実は人間も一人捕らえている。私より小さい女の子。多分中学生くらい。タカシに来てもらう理由がこれだ。私一人ではどうしていいかわからなくなってちょっと相談したかった。


 彼女の名前はアオイ。会話はなんとか出来る程度。すでにろれつが回っていない。触手がないと生きていけないくらい依存度が高い。


 「ウナ次郎、アオイの様子はどう?」


 「依存度が高い状態は変わらずでやす」


 「そう。食事はとれてる?」


 「あんまり食べてないでやす」


 彼女は早くに事故で両親を亡くし、祖母の家で育ったのだがその祖母も最近病に倒れて亡くなり、天涯孤独の身となった。いや、おばあちゃんの飼っていた雑種犬の小太郎オス10歳がいた。


 「ちょっと私も様子を見てくる」


 私が顔を出すとアオイは懇願するようにローパーを求めてくる。お世話をウナ次郎に任せていたのはこれが理由だ。


 「あうぅぅぅ。お…おね……お願い。わたしの、わ、わたしに。ち、ちょーだい。は、はやくほしいの」


 毒を注入すればしばらくはおとなしくなるだろうがこれ以上はきっと壊れてしまう。引き続きローパーには拘束をお願いする。衣服はすでにスライムに溶かされ、手足はローパーに吊られており自由はない。目はトロンとして焦点もあっていない。ローパーに開発されつくされた体は次の快楽を求めていた。


 こ、これは元に戻るんだろうか……。た、タカシに早く丸投げしなければ。

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