なろうラジオ大賞2 • 3 • 4 • 5 • 6 • 7 参加作品
形見のオルゴール
母の胸に当てていた聴診器を耳から外して医師が「御臨終です」と私たちに言った時、アメリカに留学していた孫が病室に飛び込んで来た。
孫は病室に飛び込んでくるなり手に持っていたオルゴールを母に差し出す。
「桜婆ちゃん! 此れ」
差し出された途端オルゴールの蓋が開き、さくらさくらの音色が病室内に流れる。
そのとき私たち見て聞いたのだ。
私たち家族だけでなく、母の直ぐ側にいた医師や看護師も同じようにそれを目にし耳にしたから、幻影や幻聴なんかでは無い。
後で孫に聞いた話しでは、母の容態が悪化したとの連絡を受け空港に急いでいた際、通りすがりの質屋から『私たちも連れて行ってくれ』という声が聞こえたと言う。
孫を空港まで送ってくれていた友人には聞こえなかったらしいのだが、その声を聞いて孫が質屋に飛び込んだら正にオルゴールを質屋に売ろうとしている人がいた。
孫は事情を話しその人から直接オルゴールを譲り受ける。
譲ってくれた人の話しでは、その人の祖父が第二次世界大戦に従軍していた時に戦利品として持ち帰った物だという。
オルゴールの蓋の内側には、男性とその妻らしい女性に赤ん坊の写真が貼られていた。
その写真で孫が日本兵の遺族だと証明される、その写真と同じ写真が孫のスマホに保存されていたお陰で。
オルゴールから流れるさくらさくらの音色が病室に広がった時、オルゴールから浮き出るように20代後半から30代前半くらいの男女が現れ、母の遺体から浮き出た5〜6歳の幼女に手を差し伸べる。
幼女は男女に駆け寄った。
『お父ちゃん、お母ちゃん、おかえりなさい』
『桜、ただいま』
『1人にしてごめんね』
女性は幼女を抱きあげその背中を愛おしげに擦る。
男性は幼女を抱きしめる女性の肩を抱く。
そして3人は空に向けて歩み去った。
私が子供の頃母に聞いた話しでは、オルゴールは母が3歳の頃に亡くなった祖母の形見の品だった、その形見の品を母は「絶対に帰って来てね、私やお母さんを忘れないでね」と言いながら出征する祖父に預ける。
「あれほど念を押したのにお父ちゃんは帰って来なかった」と、そのとき母が凄く寂しげに語ってくれたのを思い出しながら、私は3人が歩み去った窓の外に向けて手を合わせ、「母さん、爺ちゃん婆ちゃんに会えて良かったね」と呟いていた。




