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60話 全てが意味をなくす【ルヴァ】

 ――石がむき出しで窓も無い、鉄格子の中。

 それが、僕が今いる場所だった。


 あの後、僕は師匠に取り押さえられ、王族を攻撃したとして投獄された。

 師匠はティアの相談を受けていたから、様子を見に学園に来ていたのだ。


 なんと間の悪い人だろう。

 おかげで、弟子とやり合う羽目になって……最後に「馬鹿なことを」と悲しそうな顔をした師匠に、僕は同意した。


 自分でも思ったからだ。

 本当に、馬鹿なことをしたと。

 

 ――どうして、邪魔が入る前に一撃でふたりとも殺しきれなかったのか。


(ごめん、ミラ……)


 奴らを殺せなかった。

 僕は、迷ってしまった。


 だって、ずるいじゃないか。

 ミラを殺しておいて、すぐにミラのいるところへいけるなんて――そう思ったら、簡単に殺すのが嫌になった。


 死にたくなるほどの傷の方が、いい。

 いっそ死んだ方がマシだったと思えるくらいの二度と癒えない、けれど致命傷にはならない、死ぬまで苦しむ死ねない傷を……そんな風に、考えたのがダメだったのだ。


 一瞬の判断の差で、僕が放った攻撃魔法はスィーヤ師匠の障壁に阻まれた。


(欲をかかないで殺しておけばよかった)


 冷静に考えたら分かることだった。

 どうせ、あんな連中、ミラと同じところに行けるはずがなかったのだから。


(……ごめん。君を守ると言ったのに)


 守ることも、仇を討つことも出来なかった。

 王族に刃向かった僕は死罪だろう。

 ここから出て、今度こそ奴らを殺すなんて願いは、永久に叶わない。


 手元に残ったのは、鏡の破片が一欠片。

 強く握っていたせいで、すっかり血にまみれている。


 これだけは、取り上げられなかった。

 もしかして、これで自害しろということだろうか。

 それを情けと、あの王子は言うのだろうか。

 それとも、師匠の厚意だろうか。

 せめて、僕が彼女の形見で死ねるようにと。


 どうせ、もう生きている意味がないんだ。

 いっそ……。


 破片を握る手に力を込める。

 地下に靴音が響き、誰かが降りてきた。


「ごきげんよう、ルヴァイド」


 どうでもいい。


「あの時は驚いたわ。派手にやったわね。そんなに、自分の力を誇示したかった?」


 なにもかも、どうでもいい。


「でも、今は別人ね。目は虚ろで生気が無い……素敵よ、ルヴァイド。原作通りのあなただわ。やっぱり、あなたは可哀想で輝くのよ! ……でも、安心してね、ちゃぁーんとカタルシスは用意してるから。助けてあげるわ、真の聖なる乙女であるわたくしが」


 ――全て、どうでもいい。


 靴音が遠くなる。

 また静寂が戻ってくる。


 本当にもう、自分の命なんてどうでもいいから……さっさと死んでしまおうか。

 それは、意味を無くした僕にとって、とても魅力的な案に思えた。


 鏡の破片を首に当てる。


 力を込めて裂けば、全て終わりだ。


「ごめん、ミラ。……君がいないと、僕はだめだ」


 そして僕は、無意味な生を終わらせた。

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