49話 コイツと話すくらいなら壁と話す
午後の授業が終わって、すぐのことだ。
「ちょっといいか、ルーカッセン。ふたりきりで、話がしたい」
散々やりたい放題しておいて平然と話しかけてくる、分厚い面の皮をお持ちの王子。
(いいわけあるか。お前と二人で話すことなんか、こっちはないんだよ迷惑王子!)
――なんてことを、ルヴァが言うはずもない。
ジルベルトに付き合って、移動する気配がした。
(ドアを開ける音がしたから……空き教室かな)
そんなことを考えていると、ジルベルトが口火を切る。
「ここなら邪魔が入らないだろうから、本音で語ろうではないか、ルーカッセン」
「本音、ですか?」
「ああ。単刀直入に言う、ティア嬢を解放しろ」
「解放とは……意味を測りかねます。彼女とは友人であり、不当な拘束をした覚えはありませんが?」
「……誤魔化すな。君は、彼女を支配している。希少な力目当てか? それとも、彼女の優しさに付け込んだのか?」
王子の声に、熱が入る。
自分で、自分の言っていることに酔っているような口ぶりだ。
対して、ルヴァは静かだった。
「おっしゃる意味が、分かりかねます」
「ルーカッセン! しらばくれるのか! お前はあの手鏡を――!」
「……母の形見が、なにか?」
「形見だと? ――私がなにも知らぬと思ったか? お前の母親がルーカッセン公爵邸に持ち込んだ鏡は、大鏡だったそうじゃないか。ルーカッセン公爵に確認すれば、快く教えてくれたぞ」
なにしてくれてんだ、あのオッサン。
その後も、ジルベルトが語るのは、ルヴァがウソをついて公爵を追い払い、ティアと会わせないようにしたという事実無根の話だった。
ティアを洗脳するためだと、訳の分からない妄想話を続けるジルベルトは、完全に正義な自分に酔いしれている。
「ウソをついてまで持ち歩く手鏡……なにかの秘密があるんだろう。渡すんだ」
「…………」
なんでお前に渡さなきゃいけないんだ、バーカ!
私は鏡の中で舌を出す。
ルヴァは、沈黙していたが……やがて、大きなため息を吐き出した。
「殿下の正義感には、感銘を受けました。ですが、その件に関しては情報が間違っています」
ちっとも感銘なんて受けてないだろう、冷たさも通り越した無。
無関心そうな口ぶりで、棒読みの賞賛を口にし、ルヴァはルーカッセン公爵の語ったことはウソだと正す。
だけど、ジルベルトは認めないようだった。
「往生際の悪い……! 鏡を渡せルーカッセン!」
「お断りいたします」
吠える王子を、とうとうルヴァは冷たく鋭い口調ではね除けた。
「強い正義感はよく分かりました。ですが、殿下はいささかお疲れのようです。学園を離れておやすみになっては? ――嘘偽りを、まるで真実のように広められては……迷惑なのですよ」
「なに?」
「真偽の程も定かではない話に踊らされては、下世話な好奇心で絡む輩となんら変わりない。――これ以上、関わらないでいただきたい」
「下世話だと? 私は、観察してきたからこそ言うのだ。彼女を解放しろ。彼女は、お前のような輩と共にいるべき者ではない」
鏡の中で話を聞いていて、私は思った。
(……これは、あれか?)
なんか変だなと思うところが、ちょくちょくあったけど……。




