幕間 彼女のために【ジルベルト】
初めて見たときは、まるで砂糖菓子のようだと思った。
希少な力を持ち、さぞや大事にされてきたのだろう……おっとりとした笑みを浮かべる、ふわふわとした雰囲気の少女。
外見も中身も、砂糖菓子のように甘いに違いない。
――彼女に対して最初に抱いたのは、そんな感情だった。
特別な力のおかげで、変人とはいえ魔術の腕は一流のヴォーテの元に引き取られ貴族の仲間入りを果たした。それだけではなく、ルーカッセン公爵は昔彼女の母親に世話になったことがあるようで、幼い頃はずいぶんと気にかけていたと聞く。
後ろ盾もじゅうぶんで、大切に育てられただろう少女には、少しだけ聞きたいことがあったから声をかけた。
しかし、彼女は外見に反し頑固だった。
黒い噂のあるルヴァイド・フォン・ルーカッセン……ルーカッセン公爵の息子について聞きたかったのだが、彼女……ティアは、曖昧に微笑みつつ、しっかりと線を引いていた。
そうすれば、さすがに理解出来る。
あのふたりの間には、なにか特別な繋がりがあると。
――以前、ルーカッセン公爵が言っていた魔女の息子……ルヴァイドは、常に鏡を持ち歩いていた。母親の形見というそれは、普通の鏡とはどこか違った。
そう、気配を感じるのだ。
考えていくうちに、全てが繋がっていく。
特別な力を持つ少女、ティア。
彼女は、なにも知らないまま、ルヴァイドに利用されているのだろう。
ルヴァイドが肌身離さず持っている、あの鏡……あれは呪われた代物に違いない。悪しきものに呪われ、堕ちたが故に力を手に入れたのだろうルヴァイドと、彼に目を付けられ、そしてその特別な力ゆえに背後にいる悪しきものにも魅入られてしまった、可哀想な少女。
助けてあげなければならない。
弱き者に、手を差し伸べ救ってやる。
それは、上に立つ者の義務だろう。
実技試験の際に起きた不測の事態ですら、取り乱した様子がなかったルヴァイドとそれに追従してきたティア。
試験結果の発表の場では、毅然と言い返してきたティア。
睨むように見返され、戸惑った。
私は、彼女を救おうと思っているのに。
だが、同時にやっぱりと、思った。
彼女は砂糖菓子のように甘くて弱い女ではない。
――本来はしっかりとした、芯のある少女だ。
それなのに、悪しきもの……邪霊の力で魅了され縛られているなんて可哀想だ。
彼女には、笑顔が似合う。
(浄化の力……神聖な力を持つ彼女は、極上の贄にもなるというわけか……ゲスだなルーカッセン)
今のところ、奴は尻尾を掴ませない。
だが、本当は芯の強いティアのことだ。
奴が接触できないよう、私が共にいれば干渉の術も弱まり、きっと本来の自分を取り戻す。
そうすれば、きっと彼女自身の言葉で、助けてくれと言ってくれるだろう。
(真実を語れないのならば、語れるように手を尽くす。だから、あんな強ばった表情ではなく、もっと……)
そうだ。自分の隣で、大輪の花のように笑う彼女が見たい。
――私が、このジルベルトが、彼女を助けてあげよう。
いつか、心からの笑顔を見るために。
時折見せる、意志のこもった強い視線を思い出し、自分を映し和らぐ瞬間を想像すると、なんだかむずがゆくも心地よかった。




