40話 自室待機とか解せん
結論から言おう。
実技試験の最中、事故が起きた。
ゲームであったような、瘴魔が出現し生徒を襲うという事故だ。
血気逸った生徒が、無謀にも立ち向かった。
けれど歯が立たず、あわや食べられるという時、ルヴァとティアが助太刀に入ったおかげで助かった。
ルヴァの攻撃魔法で無力化し、ティアの浄化魔法で綺麗さっぱり素を消し去った。
かけつけた教官たちは無茶を叱ったけど、人命救助に関しては褒めていたし、スィーヤはもう、ふたりの頭をかかえてウリウリと頬ずりするほどの師匠馬鹿っぷりだった。
と――ここまでは、普通にいい話だ。
だけど、問題はこの後。
なんと、ありえないことに――ルヴァとティアにえん罪がかけられた。
人を助けたのに、詳しい事実調査のためという名目で、ふたりは部屋で待機することになってしまったのだ。
「あー! もう、本当にあり得ない! なに、あの子!」
「こら、埃を立てるな」
えいっと八つ当たりに枕を叩けば、机に向かい書き物をしていたルヴァに叱られる。
けれど、荒んだ私はそれにふん、と言い返してしまう。
「毎日掃除が入っているから、埃なんてたたないじゃん。ちりひとつないよ、この部屋! ……もう一つオマケに、てい!」
「だから、枕を叩くのをやめろ。……まったく。なにが不満なんだ、ミラ」
なだめるような口調に変わったルヴァは、机ではなくこっちを見ていた。
私は、この子より年上のはずなのに、精霊属性の方に引っ張られてるのか。
言動というか感情の抑制というか、そういうのが時々子供じみてしまう。
昔からそうで、ルーカッセン公爵を相手にした時とか、主に感情が高ぶったときにそういう傾向が強いみたい。
だから、今もこうやってルヴァに叱られるなんて情けない状態だ。
「ミラ」
「……だって。ルヴァもティアも、いいことをしたのに。それなのに、あの子……」
ふたりに、えん罪をふっかけてきたのは、公爵令嬢――自称悪役令嬢のセレス・フォン・メイベルンだった。
ちなみに、血気逸った生徒その一でもある。
その二は、レディを助けようとした第二王子ジルベルトだ。
どちらも、それなりの高スペックなのでルヴァたちが駆け付けるまで、なんとか持ちこたえられたそうだ。
普通の新入生ならとっくにダメだったと後で教官たちが言っていた。
ルヴァとティアがトドメをさして、教官や監督官であるスィーヤたち(ちなみに、スィーヤは邪魔すんなってことで一番遠い所に配置されたのに、ぶっちぎりの先頭を走っていたらしい)が、やってきて……。
みんな怪我がなくて良かったね、となったところでセレスが突然、言い放ったのだ。
――ルヴァたちが来たタイミングが、よすぎる。まるで初めから知っていたみたいだと。
これが一生徒の意見なら、事が事だから混乱している。少し落ち着いた方がいいで、お開きになっただろう。
けれど、その場には第二王子ジルベルトもいて、奴はセレスの意見に同調。
こともあろうに、恩人であるルヴァを「魔女の息子」だと言い、ティアのことも「怪しい術で取り込まれているのでは?」なんてほざいた。
事実関係を明らかにするべきだと、勘違い王子が騒ぐから、人助けしたはずのルヴァとティアは寮に押し込められるはめになったのだ。
(セレスもセレスだよ! 助けてもらったのに、なんでああいう事を言うかな!? しかも、王子が同調した時、なんか声、ちょっと嬉しそうだったし! 王子狙い? なら余所でやれよ!)
ルヴァとティアは、善意で助けた。
セレス・フォン・メイベルンの中に、どこの誰の記憶があろうと、命の恩人に素直に感謝できないなんて。
恋愛だって命がなければ出来ないことを、分かっているのか。
(それとも、悪役なんて自称してたから、実践してみた? あえて、悪ぶってみたとか? ……いやいや、悪役性を発揮する場面が違うよね? おふざけにしても質悪いよね? 笑える雰囲気じゃなかったし……あ~! もう!)
頭にくる。
同じくらい、悲しくて、悔しい。
ルヴァとティアの善意が、穿った見方をされたことが、それを正せない自分が。
(精霊って、魔術士は免疫あるけど、普通の人たちにとってはなんか気持ち悪い存在みたいだし……ティアの村の精霊信仰だって、悪い精霊と混同されてるみたいだもんなぁ)
良いも悪いも混同されている存在。
だから、私は姿を見せて「ふざけんな、ふたりはもの凄く良い子なんだよ!」と発言できない。
そんなことをすれば、ルヴァに迷惑がかかるだろう。
村の信仰に則り、私を慕ってくれるティアにだって。
(無力……!)
八つ当たりしていた枕を、悔しさを堪えるためにぎゅーっと抱きしめる。
「機嫌が悪いな、本当に」
「だって……」
「僕の枕が潰れるんだが?」
「……ごめんなさい」
ふーと、息を吐く音。ちらりとルヴァの方を見れば、仕方ないなというような顔をしていた。
「……本当に、ごめんなさい」
なにもできなくて、ごめんなさい。
言外の意味を含んだ謝罪だと気付いたのか、そうでなかったのかは分からない。
もう一度、ルヴァが大きく息を吐き出した。
思わず俯いて、ダメだと言われたのに、ますます枕を強く抱きしめてしまう。
「君は、本当に……仕方がないな」
くすりと笑った気配に顔を上げると、ルヴァが椅子から立ち上がるところだった。




