39話 普通でいいの、平和がいいの
膝争奪が終わった後、スィーヤがそろそろ帰ろうと腰を上げ、ついでのように言った。
「そういえば、そろそろ試験だね。ふたりのことだから、心配していないけど」
師匠であるスィーヤの言葉通り、ルヴァもティアも勉強家だ。
だから、ふたりとも「はい」とお行儀よく頷く。
「実技には、私も監督者としてかり出されるんだよ。はぁ~、面倒くさい」
だるそうに呟いたスィーヤは、さらに不満そうにグチグチ付け足した。
「せっかくだし、弟子たちの勇姿を記録しておこうと思って映像記録魔道具作ったのに、持ってくるなって言うし。それなら、間近でふたりの応援をしようと思ったら、生徒の気が散ると困るからって、人を会場の端の端に配置しやがったんだよ?」
あー、これ、子どもの運動会に参加する保護者だ。カメラ片手にテンションアゲアゲで、ウチの子をとりまくる、アレだ。
師匠の弟子愛に感動というよりは、引いている様子のふたり。
学園側の処置に「まぁ、妥当」と頷いている。
弟子の塩対応に傷心したスィーヤは「酷い! でも可愛い弟子たち! 当日がんばれ!」とか言って帰って行った。
本当に、今のスィーヤはテンションが高いと思う。あと、わりと気持ちを素直に表に出す。
そんな師匠を、ティアは嬉しそうに、ルヴァだってまんざらでもない様子で、見送っている。
とまぁ、ここまではほのぼの師弟会話なんだけど。
(スィーヤ、最後に爆弾投げていった……)
実技試験って、序盤で起こる、ティアの能力を学園に知らしめるイベント。
ただ、ちゃんと育成してないと大失敗。大怪我を負い、学園を自主退学するバッドエンドが待ち受けていた。
(ティアなら大丈夫。ルヴァだっているし、なにかあったらスィーヤだって黙ってないはず)
そもそも、ゲームだとルヴァイドが一年生の実技試験には不釣り合いな瘴魔を仕込んでいるのだ。試験会場はピンチに。
ティアは、逃げ遅れたクラスメイトを助けようとして浄化の力を発動させる。
そして瘴魔を消し去った後、異常を察知した教官たちが駆け付けて……という展開だ。
だけど、怠惰諦観のだるだる引きこもりゲームバージョンと違い、現実のスィーヤは弟子愛に溢れるハイテンション宮廷魔術士。
監督官を引き受けた以上、きっちり役目も果たすだろうし、異変にはどれだけ離れていようと駆け付けてくれるはず。
だいたい――うちのルヴァが悪いことをするわけがない!
(そして、私も平和的精霊を目指しているんだから、悪的行動はしないし! 瘴魔なんて、あんなキモいのを世に解き放つ気はない!)
だとすれば、とても平和な実技試験になるはず。
ティアの能力が学園中に知られて注目を集めるとか、そういうことはなくなるけど、今のティアは宮廷魔術士スィーヤが、才能を認めて引き取り魔術の英才教育を施した養い子として知られている。
ゲームだと、引き取っただけで家族的交流はなかったから、ティアは「哀れみで引き取られた平民」っていうレッテルを貼られて、学園でがんばるしかなかったんだ。
(今思うと……だから、可愛がってくれるルーカッセン公爵に懐いたんだろうなぁ)
私にとってアイツはクズだけどさ、ゲームだと光明みたいに思えたのかも。
ゲームをやってると分かるけど、序盤のヒロインって孤独だったし。
故郷は滅びて、知らない人に引き取られ放置。
もちろん友達もいないし、学園入ったら「場違いな平民」だって馬鹿にされる。
それでも負けないと、一生懸命努力したら急に注目浴びて掌返される。
乙女ゲームだし、甘々なイベントもあったけどさ、序盤は針のむしろじゃん。
掌返してニッコニコなモブとか怖いし。
自分だったら胃が痛くなって、引きこもるくらいの辛さだわ。
――でも、ここでは違う。
ティアにはスィーヤがいるし、ルヴァもいる。学園では何人か仲のいい友達も出来たみたい。
(それに、私だっている。……変なことは起きない。だから……)
このまま、普通の学園生活が続く――そんなことは、なかった。




