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34話 ほのぼのする時間もない

 ルヴァとティアの学園生活は、迷惑な人たちのせいで穏やかとは言い難くなってしまった。

 ジルベルトの他に、セレスも隙を見ては絡んでくるようになった。

 彼女の場合、ルヴァとティアが集まるお昼休みに呼んでもいないのに裏庭に現れるのだ。


 ――すると、私がティアと話せる時間が減る。

 二週間かけて邪魔された結果、ルヴァがある決断をした。


「というわけで、場所を変えた」

「お気遣いありがとうございます、ルヴァイド様」


 すました顔のルヴァに対して、ぺこりと頭を下げるティア。

 私は久しぶりにティアと対面できて大喜びで抱きつく。


「ティア~!」

「ミラ様! お姿を見ることが出来なくて、寂しかったです」

「私も!」


 うれしいと、はにかむティア。


「ああ、癒やされる。ティアの優しさのせいで、周囲にお花が見える」

「ここは温室だし、すぐそこにも花壇があるからな。それは花くらい見えるだろう」

 

 私が呟けば、ルヴァが冷静に突っ込んでくる。


「ルヴァ、あのさぁ、もっとこうロマン的な」

「ふふふ、ルヴァイド様は拗ねてらっしゃるんですよね」

「は?」


 あ、ルヴァの眉間にしわが寄った。

 でも、今のは怒ったというよりも……。


「図星か~」

「ニヤニヤして僕を見るな」


 ティアの指摘と私の答えはあっていたようで、ルヴァはぷんとそっぽを向く。

 その腕を引っ張って、私は笑った。


「拗ねることないじゃん。ルヴァとも学園の中では話せなかったから、嬉しいよ。私が寂しがってたから、わざわざ人気のない場所を探してくれたんでしょ? ありがとう、ルヴァ」

「……ふん。君のためなら、造作もない」

「う、うん、ありがとう。嬉しいよ。本当に」


 私の手を、逆に握りしめたルヴァに言われて、なんだか照れくさくなった。

 声帯か?

 いや、違う。ルヴァがこうして行動してくれたのが嬉しいんだ。

 だって、それってつまり、私たちと一緒に過ごしたいってことだもんね。


「いい子に育って!」

「うわっ……脈絡なく抱きついてくるな」

「ふふ、ルヴァイド様がお嫌でしたら、私へどうぞミラ様」


 手は握ったくせに、抱きついたら引き剥がされた私を、ティアが両手を広げて迎え入れてくれる。


(なんだここは、楽園か!)


 そう思って抱きつこうとしたら、ルヴァに止められた。


「ルヴァ~」


 不満げに見上げれば、ルヴァはまた眉間にしわを寄せて私を見下ろし、それから視線をそらす。


「…………ティアに迷惑をかけるわけにはいかない。僕にしておけ」

「え」

「守手だからな。ああ、これは守手としての義務だからな。ほら、僕にしろ」


 最初はボソッと呟いたのに、後はもう流れるような早口。

 だけど、さあ抱きつけと言われて改めて抱きつくのはな~。


「ん~、なんか恥ずかしいから、やっぱ無しで」

「はぁ!?」

「まぁ、残念です」


 ティアは笑顔だったけど、ルヴァはちょっと怒ったような感じの声だった。

 不満そうに私を見て、ぼやく。


「君の気まぐれに、僕は心をもてあそばれた気分だ」

「人聞き悪いよ、それ。いつもてあそんだの!」

「はぁ~……無自覚か、恐ろしい」

「私、怖くないよ! 怖くないでしょ?」

「ミラ様は、とても可愛らしい方ですよ」


 ティアが優しくフォローしてくれるので、優しい彼女に抱きつけば、ルヴァは「そういう所だ」と腕を組んで背を向けてしまった。


「あ、いじけた」

「いじけてしまいましたね……」

「ルヴァ~、ねぇルヴァってば~」


 ツンツン、ツンツン。

 背中をつつけば、ほどなくしてルヴァが背中を震わせ、それから堪えきれなくなって吹き出した。


「まったく君は、仕方がないな」

「と仰りつつ、他では絶対に見せない笑顔じゃないですか、ルヴァイド様」

「ティアうるさいぞ」


 たしかに、振り返ったルヴァは満面の笑みだった。

 つまり、これはからかわれたということか。


「ルヴァったら、私をからかったの? 末恐ろしい子!」

「僕の特権だろう」


 腕組みしたまま尊大に言うルヴァに、とうとう私とティアも吹き出した。

 久しぶりに三人で、楽しい時間を過ごしていたわけだけれど……。


(あ……)


 近づいてくる気配。

 温室の扉が開く音。


 それを聞いて、ルヴァとティアの表情がよそ行きのものになる。

 私はさっと鏡の中に姿を隠し、近づいてくる気配に身構えた。


 ――ああ、この気配はあっちの方だ。

 なぜここが分かったのか。


「やぁ、奇遇だね」


 低すぎず柔らかく響く、甘い声。

 普通なら「素敵な声」となるかもしれない。

 だけど、今の私にしてみれば、三人の憩いの時間を邪魔した奴だ。

 この、芝居がかった挨拶を聞いただけで、イラッとくる。

 

「こんな所に男女ふたりきりなんて、邪魔をしてしまったかな」

「いいえ、決してそのような」

「そうかい? あぁ、それとも……もしかして、もう一人いたとか? ――たとえば、人目にさらせない、何者かが」


 王子の声が、少しだけ険を帯びた。

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