21話 過ぎゆく時は、推し声帯をあの子に与えた
「おい」
誰かが呼んでいる。
聞き覚えのある声。
どこか、懐かしい声。
「どうした? 眠いのか?」
ああ、そうだ。彼だ。
これは――このイケボは間違いない。
こんな素敵声帯の持ち主、あの人しかいないじゃないか。
「……ソーマ様……」
――ふっ、と息を詰める気配がして……。
「…………誰だ、それは」
「ひぇっ!」
途端、穏やかで甘い声がドスのきいた低音へ変わった。
眠気が一気に覚める。
(寝ぼけて間違えたー!)
惰眠をむさぼっていた私は慌てて鏡から飛び出した。
「お、おはようルヴァ!」
「…………ああ、おはよう」
「いやぁ~、いい朝だね!」
「…………今日は、あいにくの雨だが?」
「うぐっ」
「まぁ、天気のことは置いておく。……そんなことより」
鏡から出たばかりの私の手を、ルヴァが掴む。
そのまま、ぐいっと顔を近づけてきた。自然と、私は見上げるような形になってしまう。
――そう。この五年でルヴァは身長が伸びて私を追い越してしまったのだ。
変わったのは身長だけではない。顔つきも大人びてきた。
そして、眉間のしわが増えて目付きが鋭くなった。
……げ、ゲームのルヴァイドのような荒んだ雰囲気はないけれど、寄らば切る的な抜き身の刃めいた雰囲気はある。
そのルヴァが、今、めっちゃ機嫌悪そうに私を見下ろしている。
「ミラ」
「は、はい」
「……ソーマとは、誰だ」
「そ、ソーマ様……?」
「ソーマ……――様ぁ?」
「ひぃっ!」
ドス効きすぎ!
恋人の浮気を問い詰めるヤンデレ束縛彼氏みたいだよ!
本人、そんなつもりはないの、分かってるけど!
(心配と義務感だろうなー……ルヴァはいつも一生懸命だから)
守手になってから、ルヴァは時々こんな風になる。お母さんの後を継いでちゃんとしなきゃと思ってるのだろう。
(そうなると、精霊にも、きちんとしててもらいたいって思うよね)
眉間のシワ。あれは寝ぼけた私を見ると、だらしないとかみっともないとか思ってしまい苦言を言いたくなるから……かもしれない。
そして、私が呟いていた寝言も……これまた精霊にあるまじきと思うのか、お説教する気なのかもしれない。
「ミラ。その輩は、君のなんだ?」
「なにって言われても……ええと」
「君は、以前も寝言で同じ名前を出していた」
「……うわぁ~」
今はもう、思い出す頻度も少なくなって、ソーマ様は心の殿堂入りした。とはいえ、やっぱ推しの死はショックだったからルヴァが声変わりした辺りに久々にあのアニメの夢見た気がする……!
(寝言を聞かれたとか、恥ずかしい!)
ただ、私が自分の失態を恥ずかしがっている間にもルヴァの眉間のシワが深くなってる……!
「本当に一体誰だ、そのソーマとかいう輩は。……君に接触できる者は限られているが、僕はその名前を知らない。ということは、僕の目を盗んで君に接触を試みる身の程知らずがいるということだろう。……公爵邸に、忍び込む根性と腕は認めてやるが、君に近づくとなれば話は別……――ネズミは駆逐しなければ」
「ち、違う! 侵入者とかじゃないよ! だったら、私だって黙ってないもん!」
ルヴァは守手という役目すぎて、いささか精霊に関することでは暴走する。
悪感情を拗らせ歪ませねじくれているよりはいいけれど……たまに、そう、極たまに、ゲームのルヴァイドを思わせるようなアレな発言が飛び出したりするから、心臓に悪い。
闇堕ち反対。だから、私は必死に弁解するわけだけれど。
「そうか。では、もう一度だけ聞こう。ソーマとは何者だ」
「ひぃ!」
にっこりと笑ったルヴァ。
顔がよすぎて目がくらむが、それで目を隠したりしたらルヴァは絶対に怒る。
やましいことがあるのかと、ぐいぐい詰め寄られて以前泣きを見た。
それに、綺麗な笑顔だが圧がすごすぎて見惚れるどころではない。
「あー、あのね」
「うん」
「ソーマ様は……ほ、本……そう、本に出てくる登場人物なの!」
「……ではなぜ、僕とその輩を間違える?」
それは、声帯が同じだからですとは言えない。
となれば……私が伝えられることは、一つ……!




