17話 僕の価値【ルヴァ】
どうしてだろう。
――心の中は、いつも疑問でいっぱいだった。
どうして父上は家に帰って来ないのだろう。
どうして父上は母上を怒鳴るのだろう。
どうして母上はいつも悲しそうなのだろう。
どうして母上はあんなに優しいのに、父上はいつも怒っているのだろう。
どうして父上は、僕たちを見てくれないのだろう。
どうしてばかりで埋め尽くされる頭の中。
きっと僕がダメだからいけないんだ。
僕がもっと頑張ればいいんだ。
そうすれば、父上はきっと褒めてくれる。
母上のことも怒鳴ったりしないし、母上が夜にこっそり泣いていたりすることもなくなる。
努力するんだ。
僕はルヴァイド・フォン・ルーカッセン。
ルーカッセン公爵子息。ルーカッセン家の嫡子。
その名にふさわしい人間になるんだ。
僕は「ルーカッセン」を名乗るに相応しい人間でいなくてはいけない。
いつの間にか、僕の頭の中は「ルーカッセン」でいっぱいになった。
僕は僕ではなく「ルーカッセン公爵子息」であり、それ以外ではいけない。
立派な嫡子でなくてはいけない。
僕は――。
『私の前では、君はただのルヴァなの』
いいのかな?
ただの僕で、いいのか?
だって、僕自身にはなんの価値もない。
父上が昔、仰っていた。
僕自身には価値がないと。ルーカッセン家の嫡男、それだけが僕が示せる価値だと。
――言われたとき、ああ、その通りだと思ったんだ。
両親は政略結婚。王家の命令によるもので、拒否権なんてあるはずもない。
母上は、何度も父上と歩み寄ろうとしていたけれど……父上が僕たちを見る目には嫌悪しかなかった。
僕さえ生まれなければ、父上は母上と離縁できたらしい。
だけど、価値のない息子が生まれてしまった。
だから、せめてと「ルーカッセン」という価値を与えてやった……汚らわしい魔女の息子に。
父上はそう仰った。
魔術ならば父上も使うのに、母上の家系を没落と貶め、邪悪な精霊を崇めた罰だと罵り、いつも『魔女』と吐き捨てていた父上だったが、僕のことまで言及してきたのは、それが初めてだった。
父に、僕自身には価値がないと断じられたその日、母上は初めて、父上に怒鳴った。
その後、どうなったのだろう。
僕はセバスチャンに連れ出されて部屋を出て、後は分からないままだ。
ただ、父上はそれから屋敷に帰ってこなくなった。
母上は、仕事で忙しいと誤魔化していたけれど違う。
原因は僕だ。
僕が「ルーカッセン」という父上からいただいたモノの価値を示せなかったせいだ。
母上が不名誉な呼び名をされたのも、僕が至らないせいだ。
だから、僕は努力を重ねてきた。
欠かさず、相応しく在り続けるための努力を。
それなのに……。
『私にとって、ルヴァはルヴァだよ。私の前では、君はただのルヴァなの』
ミラは、なにも分かってない。
僕は、ルーカッセン公爵子息のルヴァイドだからこそ、価値が生じるんだ。
――だけど、そう言ってくれたミラの表情があまりにも優しかったから……。
僕は、ルーカッセン公爵子息以外の僕を、少しだけ……彼女が「優しい」と言ってくれた、ただのルヴァイドを好きになれた気がしたんだ……――。




