16話 仲良くしよう、第一歩
スィーヤは、少し離れた所で立ち止まり私たちを見つめているティアに優しい目を向けると、ちょいちょいと手招きした。
ティアはおどおどと視線をさ迷わせ、それから私と目が合う。
「こ、こんにちは」
とりあえず、愛想笑いを浮かべる私。
すると、ティアはなにがそんなに嬉しかったのか、ぱーっと顔を輝かせて小走りにやってきた。
それから、はたと立ち止まり、スィーヤの後ろに隠れるともじもじしつつ顔を出す。
「……ご機嫌よう、精霊様」
――背景にお花でも飛んでそうな、可憐な笑顔だ。少し恥ずかしそうな感じがまたいい。
さすがヒロイン。
だが、うちのルヴァだって可愛いんだぞ!
ずっと守りたいと思うくらいの可愛さなんだぞ!
そう、守りたい。
この気持ちにウソはない。
だけど……。
(現実、今の私ができることって、ほとんどない)
公爵なんかとか思ってたけど、実際問題、私には力がない。
だとすれば、今現在は好意的であるスィーヤ、そしてルヴァのことを認め心配している執事さん率いるお屋敷のみなさんの力をかりるしかない。
私だって、意地を張る場面とそうでない場面くらい弁えている。
「……ルヴァを、休ませて上げてください。すごく頑張ったから」
「もちろんでございます、ミラ様」
執事さんにルヴァを渡すと、腕があいた。
急に寂しい気分になる。
「ミラ様、鏡を別室に動かしておきますね。どうぞ、坊ちゃまのおそばにいてください」
「執事さん……!」
今日から一人かと思っていたら、思わぬ提案。
「セバスチャンと申します」
「ありがとうセバスチャンさん!」
「こちらこそ、ありがとうございますミラ様」
お礼を言うと、逆にお礼を言われた。
(え? なんでセバスチャンさんが、お礼?)
私が分からないでいると、セバスチャンは笑顔でルヴァを抱えて去って行く。
「……それじゃあ、私も移動に備えて鏡の中に戻りたいんですけど……」
残った私は、スィーヤに確認を取った。
「ああ、どうぞ」
「いや、この変な模様消してください!」
このせいで引きずり出されたんだから!
そう思って鏡面を指させば、スィーヤは思い出したとばかりに指を鳴らす。
「ついうっかり」
うっかりって……スィーヤってドジっ子属性はなかったと思うけど……。
疑いつつ、私は鏡の中に戻ろうとした。
「あの! せ、精霊様!」
高い子どもの声に呼び止められて、足が止まる。
見れば、ティアがスィーヤの後ろから飛び出し、顔を真っ赤にしつつこっちを見ていた。
「なに? どうしたの?」
「あの、あの……! また、お会いいただけますか?」
「…………」
なんで急に?
別にティアが私に会いたがる要素なんてないし……。
「鏡の君、この子は私の養い子ティアと申します。……この子の村は、滅びました」
「えっ!」
戸惑った私に仲介役を務めてくれたスィーヤだけど、言われた内容に衝撃を受けた。
――ゲーム通りになっていたからだ。
(そんな……私、ここにいるのに、なにもしてないのに……)
自分の村の話題が出たからか、ティアが顔をうつむかせる。
「どうして……」
「……奇病です。見たこともない病が流行り、小さな村はあっという間に……。口さがない者の中には、邪悪な精霊の呪いだという者もいますが……」
「違います! 精霊様はよい存在です! この国を守ってくださっているのに、そんなこと……!」
ティアが予想外に強い反発を見せた。
スィーヤは苦笑して頭を撫でる。
「この通り、ティアは古くから精霊信仰の厚い村の生まれでして……公爵とは違い、精霊についての正しい知識を兼ね備えております。だからこそ、生まれて初めて本物の精霊を見て感激しているのです」
「本物の精霊って……私?」
「貴方以外、おりませんが」
「……ですよね~……」
ちらりとティアを見ると、彼女もこっちを伺っていた。
表情には期待と不安。
(あ、そっか……)
ルヴァもそうだったけど……ティアだって、周りに大人しかいない状況じゃん。
養子にしてくれたスィーヤは忙しいし、なんかキモいオッサンには粘着されるし……よく考えれば、この子も不安でいっぱいなんだろうな。
「……私、ミラ」
私の今の姿は、大人とは言い難い。
ルヴァやティアより少しだけ年上にしか見えない外見だ。
だから、ティアは親近感を感じているのかもしれない。
ルヴァに会いに来たのも……もしかしたら、同じ理由。
年の近い子に会いたかったから。
(ルヴァとティア……二人が、仲良くなれないかな……)
そうすれば、きっと悲惨な未来は回避できる。
誰も不幸にならなくてすむ。
――もしも、スィーヤがルヴァを弟子にするというなら……ティアと同門になる。
そこで二人が仲良くなればきっと、未来は開けるんじゃないかと思って……。
微かな期待を込めて、私はティアに視線を合わせる。
すると、キラキラした目が私を捉えた。
「よろしくね。ルヴァともども、仲良くしてくれると嬉しいな」
「! は、はい! ぜひ!」
差し出した手を両手で握り返したティアは、驚いたあと――目に涙をためながら、笑って頷いた。
それが、スィーヤに引き取られてからこれまで、ずっと気をはっていたティアが、初めて感じた安堵感からだったと知るのは、少し先の話だ。




