表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/73

12話 鏡の精も、本気で怒る


 少しの罪悪感もなく、息子を見捨てる発言をした公爵に対して、私の口からは抑えられない悪態がこぼれた。


「……は? ――この、クソ髭……」


 ルヴァが、怪我しても。

 ルヴァが、死んでも。

 ――この人は、どうでもいいってこと?


「アンタ、それでも父親ですか!」


 思わず叫ぶ。

 後から駆け付けてきた三人は、そこで初めて私の存在に気付いたように目を丸くした。


「なんだ、無礼な小娘、貴様どこから――いや、その体……貴様、人外か!」

「……精霊様?」


 公爵はティアを守るように、抱く手に力を込めた。

 腕の中のティアは、私という存在を認識すると、驚いたように目を丸くし、じっとこっちを見つめてくる。

 ただ、私は今、それら全てにかまっている暇はない。


「うるっっっっさい! このダメ親父! アンタなんかに……――もう、アンタなんかに、大事なルヴァは任せてられない! ――ルヴァは……ルヴァイド・フォン・ルーカッセン(の保護者の座)は、私がもらう! それで絶対に守る!!」


 ――鏡から離れてへたり込んでいた私は、体に力を込めた。

 そのまま、一応私の周りにも障壁を張ってくれていたらしいスィーヤの腕を振り払い、ルヴァの方へ走る。


「ルヴァ! ――ダメ!!」


 そのまま手を伸ばし、魔力の放出がおさまらないルヴァの体に抱きついた。


「死んじゃダメだよ、ルヴァ」


 ぎゅっと抱きしめていると、だんだんと――魔力の放出が弱くなってくる。

 嵐のような魔力はおさまって、私の腕の中でルヴァがくたりと力を抜いた。


「……ミラ」


 ぼーっとした目が私を見つめ、安心したように笑って、意識を失った。


「ルヴァ? ルヴァ、しっかりして……!」

「安心してください、鏡の君。魔力の使い過ぎで眠っただけです」

「使い、過ぎ? ……っ……!」

 

 信用できなくて思わずルヴァの胸に耳を当てる。

 とくん、とくんと心臓の音が聞こえた。よかった、きちんと動いていた!


 それから、改めて周りを見る。

 部屋の壁も窓もなんなら廊下の壁も半壊しているけれど、大鏡だけは――ルヴァのお母さんの形見だけは、傷一つ無くて……こんな時でも、ルヴァは鏡を守ろうとしたんだと思うと、なんだか泣きたくなって、なおさら強く抱きしめる。


「……よかった」

「はい。本当によかった。――まさか、貴方がすでに守手を選んでおり契約をすませていたとは。そうでなければ、ルーカッセン公爵子息は無事ではすまなかったでしょう」

「……は?」

 

 もり……て?

 けいやく?

 ――なんの話?


(でも、まずそんなことより……)


「そもそも、ルヴァの部屋に勝手に入ってきて、鏡になにかした貴方のせいでしょう! お母さんの形見なのに、怪しい男が勝手に触ってるからルヴァはショックを受けたんですよ! お母さんを亡くして、ずっと気を張って頑張ってきた子に、なんて仕打ち!」

「いや、それは……」

「謝って! きちんと、ルヴァに謝ってください!」


 スィーヤは困り顔で頬を指でかいた。

 けれど、公爵はティアを下ろすと、無言で剣を抜いてこっちに近づいてきた。


 いや、謝る対象にはおたくも含んでいるんですけど、どう見ても謝る態度じゃないよね!?


「おぞましい。あの女、やはり邪悪と通じた魔女であったか」

「――は?」

「呪われた大鏡を後生大事にし、公爵家を内側から壊すつもりだったのだろうな。自分だけでは不安だったか、保険に息子まで生け贄にしているとはな。本当に……どこまでもおぞましい。こんな、汚らわしいものを公爵家の邸内で生み出すとは」


 こ、こ、この野郎!

 ルヴァのお母さんが、なんか呪い的な儀式をして邪霊的なものを生み出したと思ってるな!?

 たしかに私は悪い鏡の精、つまり邪悪な黒幕だけど――ルヴァもルヴァのお母さんも、そんなこと知らないんだぞ!

 そもそも、妻と息子のピンチに知らぬ存ぜぬで駆け付けることもしなかったクズの分際で……!!


 あんまりな言いように、私がぶるぶる震えていると、公爵はルヴァに視線を向けて不愉快そうに眉をひそめた。


「面汚しめ。この鏡も、そこの人外も、そして汚点である息子も、今を以て私が成敗し、全て正そう」

「……っ(言うに事欠いて、野郎!)」


 ――冷たい目が、冷たい刃が、近づいてくる。

 公爵は、本気だ。

 私はもちろん、本気で息子まで殺す気だ。


(この男、本当に、本当に――なんっって最低なんだろう!)


 やっぱりダメだ。

 アンタはダメ。

 アンタだけは、どんな事情があれど、絶対にダメだ。


「ルヴァには、指一本触らせない……!」

「ほざけ、汚らわしい化け物が」


 ――怖い、とは不思議と思わなかった。


 私の中にあったのは、怒りだ。

 抑えても抑えても、ふつふつと沸いてくる。

 ぐらぐら煮えたぎる熱湯みたいな感情。

 喉までせり上がってきたそれを、遠慮無く私は吐き出す。


「そっちこそ、ルヴァの努力を知ろうともしないダメ親父のくせに、自分の都合で父親面するな! その髭、今すぐ引きちぎるぞ!! ――っ……やっぱ、触りたくない! もげろ!」


 ――公爵は、幼稚な悪口を聞いて、ふんと鼻で笑ったが……次の瞬間。


 ポトリ。


「え」

「あ」

「おや」

「ぷっ」


 上から私、ティア、執事さん、スィーヤ。

 そして、最後に――。


「な、な、な、なんだこれはっ!!」


 クソデカボイスで、公爵が叫んだ。

 そう、私たちの目の前で、公爵の髭がポトッと落ちたのだ。


 いや、たしかに威嚇のために引きちぎるとは言ったけど。

 その直後に、やっぱコイツに触りたくないからもげろとも思ったし、事実怒鳴ったけど。


 ――まさか、本当にとれるなんて思わなかったから。


「え、付け髭? ……わ、ダサ……」


 目の前で脈絡なく落っこちた髭を見て、思わずそう呟いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ