飛竜愛好家ジュリアスさんと愛妻ヘリオス君 2
翌日、ジュリアスさんと私は王都の外に広がる、街道から少し外れた草原に来ていた。
ジュリアスさんは昨日私が買ってあげたアリアドネの糸で出来たちょう高級な黒い外套を身につけて、ベルトには私の身長の半分ぐらいある久遠の金剛石で出来たこれまたちょう高級な剣を帯剣し、背中に以下同文の細身の槍を背負っている。
私はいつもの鞄と、魔力増幅の杖を持っている。いたっていつも通りの私と、全身高級品で身を固めたジュリアスさん。
格差社会の闇を感じるわね。
「さて、ジュリアスさん。全身総額一千万ゴールドのジュリアスさん」
「さぞ輝いているだろう、俺は」
「きらきらですね」
今日のジュリアスさんはご機嫌らしく、よくわからない冗談を言うぐらいだ。
けれど実際ジュリアスさんは輝いていた。きらきらの金髪に左右色の違う瞳。ちょっとどころじゃない美形でスタイルも良く、全身黒の装備。
童心をくすぐられちゃう格好良さだ。
実際王都を抜けてここまでくる間にきゃあきゃあ言われた。すっかり「クロエちゃんの彼氏」的存在だと思われてるジュリアスさん。クロエちゃんは人気者なので、噂が広がるのがやたらと早い。まぁ、ジュリアスさん怒らないし、彼氏だと思われてたほうがジュリアスさんの見た目にやられた女子と痴情が縺れたりしなくてすむし、良いかもしれないわね。
ジュリアスさんが何故か飛竜の指輪を左手の薬指につけたせいで、クロエちゃんの旦那と言われる日も近いかもしれない。
何故なの、ジュリアスさん。
ヘリオス君がそんなに恋しいのかしら。恋しいんでしょうけど。
「早速指輪の使い方を教えちゃいますね。とっても簡単です。魔力がなくても魔法が使えなくても、誰でもできちゃうのが錬金術の良いところ。道具ですから」
「御託は良い、さっさとしろ」
「せっかちですねぇ。……指輪に向かって、ヘリオス君の名前を呼んでください。あれ? ヘリオス君って男の子で良いんですよね?」
「雌の飛竜は人を乗せない。常識だ」
「それは飛竜愛好家さんたちの中での常識なんですよ。私は知りません」
そんなことも知らないのか、みたいな感じでジュリアスさんが笑った。
物凄く小馬鹿にされた感じだ。ジュリアスさんを買って三日目でジュリアスさんに慣れた私、特に腹が立たない。心が広いわ、私。偉い。
「……ヘリオス」
ジュリアスさんは指輪を胸の前に掲げて名前を呼んだ。
指輪の青い宝石が輝き、天に光の道標をつくる。
光の柱のように立ち昇ったそれは、すぐに消えた。指輪の青い宝石だけが、鈍く光り輝き続けている。
「これだけか?」
「使い方は簡単、効果は絶大。クロエちゃんの道具の素晴らしいところです」
「これで、一時間待つのか?」
ジュリアスさんが苛々と言った。
ジュリアスさん、ヘリオス君に会いたくて会いたくて震えているわ。
会えなかった三年を思えば、一時間なんて短いものじゃないかしら。
「ヘリオス君、ここまでどれぐらいで飛べます?」
「人を乗せなければ、飛竜は倍の速度で飛べる。ヘリオスはディスティアナで一番早い飛竜だ。一時間はかからない」
「じゃあそれぐらい待っててくださいな」
私はそう言うと、そこら辺の大きめの石に座った。
ジュリアスさんは私の傍で、空を睨むようにして腕を組んで立っていた。
立っているだけで絵になるわね。
私は退屈だったので、足を伸ばした。ついでに両手を伸ばした。昨日魔力を使い果たしたせいで、体が少し怠い。
回復はしているけれど、疲れが多少残っている。
まだ若いのに、おかしいわね。
「……ジュリアスさんは、結構普通の人なのになんでまた冷酷だの残虐だの言われてるんですか?」
退屈だったので、私はジュリアスさんに話しかけた。ジュリアスさんは私のベッドを奪うときはよく喋る癖に、あとは基本無口だ。
私が話しかけないと無言が続いちゃうのよね。
それでも別に良いんだけど、友好的な主従関係のために会話は大切。
私は良いご主人様なので話しかけちゃう。
なんというか、待ち時間が退屈だったからなのだけど。
ジュリアスさんは私を一瞥して、視線を背けた。
「今私のこと話す価値もない阿呆だって思いましたね?」
「わかっているなら黙っていろ」
「暇なんですよ、お話しましょうよ。ジュリアスさんが話さないなら勝手に話しますよ。今回の依頼についてそういえばお話しましたっけ?」
「知らん。興味もない」
「興味と探究心を失ったら人間終わりですよ! まだ若いのに! 何歳ですかジュリアスさん!」
「二十五だ」
「ほんとに若い! 意外と若い! 私はてっきり三十代手前かと……」
私と然程変わらないのに貫禄がすごい。
たぶん態度が常に偉そうだからに違いないわ。
「私とそんなに歳が変わらないのに、クラフト公爵だったし将軍だったんですよね。私なんて王都にポイ捨てされる前は、公爵令嬢としてひらひら毎日を過ごしてたのに」
「さぞ今よりも阿呆だったことだろうな」
ジュリアスさんが鼻で笑った。
今よりも阿呆だったことは否定できないわね。あんまり思い出したくないわ。
「これでも可憐な御令嬢だったんですよ。今も美少女錬金術師ですけど。あ。依頼の内容でしたね。今回の錬金は、商家の旦那様からです。錬金物は真実のモノクル。贋作を見抜くための眼鏡ですね」
「贋作を自力で見抜けないなど、商人失格だな」
「ジュリアスさん、商人に厳しいタイプですね。商人に昔いじめられました?」
私が尋ねると、ジュリアスさんは黙った。
返事をする価値もない質問と判断されたわね。確かに。
私はこほん、と咳払いした。
「贋作による被害総額を考えると、真実のモノクルがあった方が良いんですよ。どんな目利きでも人間ですから、間違えることがあります。真実のモノクルは間違えません。道具なので」
「それで?」
「北の魔の山に、慧眼のミトラっていう魔物がいるんですけど、ミトラからとれるミトラの瞳がいるんですよ。だから、ジュリアスさんにはミトラを倒してもらいます。戦ったことあります?」
「ないな。敵兵は殺したが、魔物はあいてにしなかった。俺は警備兵じゃないからな」
「人間と魔物じゃ強さの質が違くないですか? 大丈夫かなぁ、ジュリアスさん魔法使えないし、北の魔の山は洞窟が多いから、ヘリオス君に乗って戦えないし」
私一人でも討伐できないことはないけれど、攻撃用の錬金物もそれなりに高価だから、あまり使いすぎると赤字になる可能性がある。
今までは仕方なく、なるだけ赤字にならないように道具を使ってきたけれど、ジュリアスさんが今度からはさくっと討伐してくれるから安心だと思っていたのに。
「所詮は、人も魔物も同じだ。殴れば死ぬ」
「極論すぎやしませんか」
なんでそんなに狂戦士みたいなのかしら。
そんなことを話していた時だった。
空の向こうから、一直線にこちらに飛んでくる黒い物体がある。
それは予想よりもずっと速く、まるで空を滑るようにして私たちの前へと舞い降りてきた。
「ヘリオス!」
ジュリアスさんが嬉しそうに飛竜の名前を呼んだ。
ヘリオス君は私たちの前に静かに降りた。
普通の飛竜と比べて風圧が少ない。飛び方が違うようだ。
黒い鱗に覆われた美しい飛竜だった。
長い首と、細い胴体。大きな翼。
首には古めかしい手綱がまきついていて、胴には薄汚れた、けれど元々はかなり質が良かったと見てわかる鞍がある。
ジュリアスさんが近づくと、ヘリオス君は頭を下げた。金色の瞳には知性の輝きが灯っている。
頭の良い子だと、すぐに知れた。
「ヘリオス……、無事でなによりだ」
ジュリアスさんが手を伸ばす。
ヘリオス君はその手に額をこすりつけた。
私の家ぐらいに大きい。我が家の敷地ではとても飼えそうにない。指輪、作って良かった。
「ジュリアスさん、無事にヘリオス君が戻ってきて良かったですね」
「あぁ、鞍もまだ使えそうだな。なによりだ」
ジュリアスさんはヘリオス君の額を撫でながら、幾分か穏やかな口調で言った。
愛妻の無事を喜ぶ旦那様みたいだわ。
やっぱり、ヘリオス君は愛妻だった。雄だけど。
「その鞍は、三年前のものですか?」
「あぁ。俺が投獄された時に逃したままの姿だな」
ジュリアスさんは、鞍や綱の接続を確認した。革製なら劣化していそうだけれど、手入れ不足による経年劣化は見られない。
錬金物なのではないかしら。
気になったけれど、ジュリアスさんが怒りそうだから触るのはやめておいた。




