聖都奪還のための聖戦 1
空に、無数の飛竜の姿がある。
小さな点のように見ていたそれが、こちらに向かって真っ直ぐに進んでくるにつれて輪郭がはっきりとしてくる。
砂漠の上にある広い空を埋め尽くす飛竜たち。
シェシフ様の差し向けた軍勢である飛竜たちは、ずんぐりと大きいものから、小型で羽だけが長い不格好なもの、様々な形をしている。
ファイサル様のアレス君と同じ、改造されたものたちなのだろう。
私はジュリアスさんと共にヘリオス君に乗っている。
戦闘のためにアリアドネの外套に着替えたジュリアスさんは、久遠の金剛石の槍を手にしている。
私も気合を入れて、青いいつものエプロンドレスに頭に三角巾をつけている。
いつも通りの私とジュリアスさんの周りには、ファイサル様を乗せた赤い飛竜のアレス君と、ルトさんを乗せた茶色い飛竜のオルフェウスさんがいる。
私たちの前には深緑色の飛竜に乗ったラムダさんと、茶色の飛竜に乗ったジャハラさんがいる。
他にも、ラムダさんの部下の兵士の方々が、それぞれ飛竜に騎乗している。
こちらに向かってくる軍勢に向かって、私たちは同じ速度で進んでいる。
こんな状況じゃなければ、隊列を組んで空をお散歩するような飛竜のみんなに、胸を躍らせることができたのに。
これは、戦争。
ジュリアスさんの言葉が、今更ながらストンと、胸の中に落ちてくる。
聖都から軍勢が向かっているとファイサル様に呼ばれた私たちは、すぐに準備をして出立をした。
私たちが準備を整える頃には、すでにラムダさんや兵士の方々は広い草原のような中庭に、飛竜と共に並んでいた。
ファイサル様は祈りを捧げるようにレイラさんの手の甲に口づけを落とし、出立の挨拶をしていた。
ジャハラさんの部下である異界研究者方々が手をかざすと、草原の空が二つにパカりと割れた。
その先には、本当の空があるようだった。
そして私たちは割れた空から、本当の空へと飛び立ったのである。
「怖いか、クロエ」
ジュリアスさんが私の方をちらりと振り向いて尋ねる。
私は手にしていた本のページを開いて、ジュリアスさんに見せた。
「大丈夫です。それよりもジュリアスさん。ジャハラさんに破邪魔法の本来の詠唱が書かれている本を貰ったんですけれど、詠唱を変えると威力が変わるんでしょうか。私の破邪魔法で悪魔をさくさくっと倒せちゃったりしませんかね」
「さぁ、どうだろうな」
「先に悪魔を……、サリム・イヴァンを倒せば、戦争、しなくて良いのかなって」
「そう簡単なものでもないだろうが、……軍勢にサリムの姿があれば、狙いを定める。お前は悪魔を倒すことに集中していろ。他のことは、考えなくて良い」
「……はい」
私はジュリアスさんの広い背中に、額をコツンとつけた。
ふう、と息を吐く。
少しだけ、体の緊張がとける。
ジュリアスさんの優しさや気遣いが、嬉しい。
戦争というのは、相手が人間だということ。
徐々に敵兵の方々と距離が近づくにつれて、それをはっきりと感じてしまい、指先が震えそうになる。
「同じ人間なのに、戦うのは、苦しいですね」
ジュリアスさんはずっと、こんな気持ちだったのかしら。
胸が痛んだ。
「そのうち慣れる。俺は慣れた。だが、お前は慣れる必要はない」
「……全部終わったら、家に帰って美味しいご飯、食べましょう? ジュリアスさんの好きなもの、なんでも作っちゃいますよ」
「豆のスープと、クズ肉を丸めて焼いた、あれが良い」
「あれは切れ端肉のパテですね。屑野菜もいっぱい入ってます。お手軽簡単節約料理ですよ。あれ、好きだったんですか?」
「お前の作るものならなんでも良い」
「はい! 任せておいてくださいね、戦勝金をバッチリ頂けたら、奮発して塊肉も買っちゃいましょう」
青い空を、何もない砂漠の上空を、飛竜の軍勢が滑空していく。
上に騎乗している兵の姿まで目視できるほどに近づくと、アレス君が速度を早めて一番先頭へと躍り出た。
こちらよりも、聖都からの軍勢の方がずっと数が多い。
空を埋め尽くすぐらいの姿が所々違う飛竜達に、聖王家の証である黒薔薇の紋様の入った鎧を纏った兵士たちが乗っている。
先頭にいるのは、四枚羽の白い飛竜に乗った、サリム・イヴァン。
その隣には、羽の大きな飛竜に跨がるシェシフ様の姿がある。
「兄上!」
ファイサル様の声が、空に響いた。
「目を覚ましてください、兄上。その男は、サリム・イヴァンの姿をした悪魔です! 地下施設から、証拠となる手記も手に入れました。このままでは、聖都はおろか、世界を破滅に導くことになります!」
「ファイサル。……反乱軍の諫言に惑わされたようだね。今からでも遅くない、戻りなさい。レイラのことも、不問としよう」
シェシフ様は声を荒げていないけれど、その声はよく通る。
軽く首を振って、優しく諭すようにファイサル様に手を伸ばした。
「俺は戻りません。兄上は俺よりもずっと聡明だ。だから分かっているのでしょう? 理解していて尚、悪魔を側に侍らせるというのですか? 兄上は変わられた。昔は戦いを何よりも嫌う、優しい方だったのに」
「私は何一つ変わっていないよ、ファイサル。話し合いは、無駄なようだね。……目を閉じて耳を塞いでいれば、幸せなままでいられる。何一つ失わずにすんだのに」
「兄上……、戦うしか、ないのですね。俺には聖王家に産まれたものとして、ラシードを、人々を守る義務がある! そしてサリム、ミンネを惑わし、兄上を謀った罪、償って貰う!」
「……あぁ、とても五月蝿い。弱い犬は、よく吠える」
ファイサル様の朗々と響く声に、サリムは軽く首を傾げた。
口元が不愉快そうに歪んでいる。
けれどその顔は、目深に被ったフードのせいで見ることができない。
「行け! 相手は聖王家に歯向かう反乱軍だ、容赦はしなくて良い!」
シェシフ様の声をきっかけに、飛竜がこちらにむかい、まるで波のように飛来してくる。
私は新しい詠唱を頭に叩き込んで、本を布鞄に仕舞った。
ヘリオス君が飛来する飛竜たちの合間を、するすると体を横にしたり縦にしたりしながら避けて飛んでいく。
ジュリアスさんが槍を振るうたび、何騎かの飛竜が兵士と一緒に砂漠の上に射られた鳥のように落ちていく。
私は唇を噛んだ。
ジュリアスさんは真っ直ぐに、サリムに向かっている。
早く、終わらせたい。
戦闘が長引くほどに、無意味な傷が、傷つく人が、どんどん増えていってしまう。
それが敵でも味方でも、どうしようもないぐらいにーー嫌だ。




