ヘリオス君とリュメネちゃん
私とジュリアスさん、そしてラムダさんが近づいていくと、ヘリオス君は私の方へと頭を下げて額を寄せてくれる。
私はそのつるりとして艶やかで硬い額をよしよしと撫でた。
ひやりとして冷たく、気持ち良い。
ヘリオス君は嬉しそうに金色の瞳を細める。
「ヘリオス君、お嫁さんができてもお母さんのことは忘れないで居てくれたんですね……!」
「当たり前だろう。何を言っているんだ、阿呆」
「そしてこの口の悪いジュリアスさんのことも忘れないで居てくれているんですね……! ヘリオス君は真似しちゃ駄目ですよ、女の子に阿呆と言うなんてもってのほかです。リュメネちゃんに嫌われちゃいますからねぇ」
私は熱心に言った。
リュメネちゃんは大きな瞳をぱちぱちとさせている。
それから、ラムダさんの脇腹を鼻先でえい、えい、と言わんばかりにつつきだした。
リュメネちゃんは小柄とは言え、やはり飛竜なので大きい。
鼻先でつつかれると、かなりの衝撃のような気がするのだけれど、ラムダさんはしっかりした体幹でそれを受け止めて、笑いながら「よしよし、リュメネ、良かったなぁ。黒竜を捕まえることができるとは、流石私の娘だ!」などとリュメネちゃんを褒めちぎった。
飛竜愛好家の方は変わっているわね。
「……ジュリアスさん、でも、……その、……例えば、私たちが負けたら、ここに居る子たちも、実験に使われてしまうんですよね。リュメネちゃんのような女の子達が、あんな……」
ふと、嫌な未来を想像してしまって、私は呟く。
ジュリアスさんは私の頭に手を置いて、ぐいぐいと撫でた。痛い。
「戦う前から負けることを考える必要はない。お前は、大陸最強の錬金術師なんだろう?」
「ええ、ええ、勿論! 私は大陸最高最強の美少女錬金術師です」
「それなら、何の問題もない」
私はジュリアスさんの私を撫でる手を両手で掴んだ。
撫でるというか、小突いているというか。
もっとこう、王子様みたいにしてくれないかしら。元公爵様なのに、未だに割と乱暴なのよね。
わざとやっているような気もしないでもないのだけれど。
「他国の問題なのに、助力、感謝する。聖王シェシフ様に逆らう、私たちはいわば反乱軍だ。ファイサル様がこちらに来てくださったのは僥倖だった。これでようやく、こちらに理があると民に示すことができる」
「お前達の国の問題に口を出すつもりはないが、飛竜を物のように扱われるのは気に入らない。それから、悪魔についても……、あれは国を脅かし、世界を乱すものだろう。これはお人好しだからな、放っておくことなどできない性格をしているのは、痛いほどよく分かっている」
「ジュリアスさん、迷惑をかけてごめんなさい」
それについては大変申し訳ないと思っています。
シェシフ様に捕まった私を助けに来てくれたジュリアスさんの、それはもう怒りに満ちた表情を思い出して、私は謝った。
「構わない、お前はお前の思うとおりにして良い。俺はそれに従うだけだ」
「不思議な物だな。ディスティアナの将と、アストリアの錬金術師、か。君たちになら、私の愛娘のリュメネを預けられる。ヘリオスとの間に子供が生まれたら、是非見せて欲しい。絶対にだ、必ず、約束だぞ」
「わ、わかりました……」
ラムダさんは落ち着いている大人の男性といった方なのに、飛竜のことになると圧が強い。
けれど――リュメネちゃんは、可愛い。
家族がもう一人増えるのが嬉しい。
きっと、二人の子供もそれはそれは可愛いのだろう。
幼体の飛竜というのはどういう感じなのかしら。卵から孵るのよね。
女の子でも男の子でも、絶対に可愛い。
「そういえばジュリアスさんは、騎乗用の飛竜がもう一頭欲しいんですよね。子供ができたら、男の子が良いんですか?」
「できることなら、な。こればかりは、産まれてくるまで分からないことだが」
「あの、不思議だったんですけれど、ジュリアスさんにはヘリオス君がいますよね」
「あぁ」
「私がヘリオス君に一緒に乗っていると邪魔とかですか?」
別々に乗って空を飛びたいのかしら。
私としては今のままで構わないのだけれど、そう思われているとしたら少し悲しい。
私はどちらかといえば小柄だし、そんなに邪魔してはいないと思うのだけれど。
ジュリアスさんは私を見下ろして眉根を寄せた。
何を言っているんだ? とでも、言いたげな表情だった。
「お前が別の飛竜に乗ったら、ヘリオスは怒るだろう。それが自分の子供であっても。そういうものだ」
「じゃあ、どうしてです? レンタル飛竜でひと稼ぎしたいとかですか」
「違う」
「ううん……、ますます謎ですね。家族が増えるのは良いことなので、別に良いんですけど」
とりあえず、ヘリオス君に一緒に乗ることについて、邪魔だと思われていなくて良かった。
私たちのやりとりを聞きながら、リュメネちゃんに今度は背中を突かれ続けていたラムダさんが快活に笑った。
「クロエさん、飛竜を育てる者は、自分の息子を自らが育てた飛竜に乗せたい、と思うものだ。なるほど、家族が増えるとはそういうことなのか。悪評ばかりが耳に入ってきたジュリアス・クラフトという男は随分穏やかなのだなと思ったが、どうりで」
「は……、え、……え?」
ラムダさんの言葉に私は吃驚してジュリアスさんを見上げた。
息子。
――息子?
「ジュリアスさん、隠し子がいたんですか……!?」
混乱した私は、思わず、ディスティアナ皇国に残してきたかもしれないジュリアスさんの隠し子に思いを馳せた。
「どうしてそうなる。俺にとって、家族はお前しかいない」
ジュリアスさんが嘆息しながら言った。
もの凄く呆れられている。
これはもしや――愛の告白なのではないのかしら。
愛の告白とは、こんなに小馬鹿にされる感じで言われるものなのかしら。
「そ、そういうのは、ちゃんと、しかるべき時に、雰囲気の良い喫茶店とかそういう場所で言ってくださいよ……」
羞恥と混乱で、私は涙目になった。
両手で顔を隠していると、ジュリアスさんが「そのつもりでずっと言ってたが、気づかないものだな」と特に動揺した様子もなく呆れたように言った。
そのせいで私は更に混乱した。
ジュリアスさん、かなり前から確かにそんなことを言っていたわよね。
でも、ヘリオス君のお嫁さんが欲しい、という言葉にそんな意味が含まれているとは思わないじゃない。
私が鈍感というよりは、ジュリアスさんがわかりにくいんだと思うの。
「お二人とも、食事の準備ができたので呼びに来ましたよ――って、どうしました。何か、ありましたか?」
ジャハラさんが私たちを呼びに来てくれたけれど、私は返事ができなかった。
ラムダさんの楽しそうに笑う大きな声が明るく響き、リュメネちゃんは「お父さん、うるさい」とでも言うように、ラムダさんからぷいっと顔を背けた。




