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【書籍化】捨てられ令嬢は錬金術師になりました。稼いだお金で元敵国の将を購入します。  作者: 束原ミヤコ
美少女錬金術師は希少な飛竜を購入します。

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嵐の前の静けさ 1



 ジャハラさんが研究ノートというよりも、サリムの日記帳のようなものを読み終えると、気怠い沈黙が部屋に広がった。

 ジュリアスさんがおもむろに立ち上がり、私の腕をひいた。

 私もジュリアスさんに促されるままに立ち上がる。


「話し合いは終わりだな。サリム・イヴァンは四体のうちの一体の悪魔と契約を結び、その体を奪われた。ラシードの姫の命を救う代償として」


「ええ、そのようですね。大丈夫ですか、ルト」


『覚悟はしていました』


 ジャハラさんに尋ねられて、ルトさんは小さく頷いた。

 けれど、その顔はやや青ざめているように見えた。


「私がアストリア王国で相対した悪魔は、メフィストと言う名前でした。サリムさんのふりをしているのは、また別の悪魔だとは思いますけれど……」


 私を引っ張って部屋から出ようとするジュリアスさんに抵抗しながら、私はなんとか言った。

 ずるずる引きずるのをやめて欲しいわね。まだ真剣な話をしているのに、仲良くじゃれているみたいになっちゃうじゃない。


「思えばメフィストに支配されていた私の妹のアリザも、シェシフ様と同じようなことを言っていました。異界から悪魔の軍勢が来て、この世界を楽園に変えるとかなんとか。生も死もない、楽園――」


「それは、まるで異界ですね。悪魔は死なない。天使もまた、不死です。……悪魔は、この世界を異界に取り込むつもりなのかもしれません」


 ジャハラさんが何かを考え込むようにして、腕を組む。


「……死なないことが、楽園なんて妙な話。終わりがあるからこそ、今を、大切に生きることができると私は考えますわ」


 レイラさんが口元に指先をあてて、悩ましく眉根を寄せる。


「これ以上の話し合いは無駄だろう。異界研究者が悪魔であり、聖王は悪魔の甘言に操られている。成すべきは、悪魔を殺す。単純な話だ」


「ジュリアスさん、サリムさんはルトさんのお兄さんなんですよ。それに、ミンネ様は……」


「ありがとう、クロエ。しかし、ジュリアスの言うとおりだ。……悪魔に手を出してはいけなかった。プエルタ研究院は、ずっとフォレース探究所の行いが危険であると、指摘してくれていた。その末路が、今なのだろう」


 ファイサル様が落ち着いた声音で言う。

 気遣わしげに、レイラさんがその横顔を見上げている。


「自国を守るため、軍事力の増強のため。全ては言い訳だな。クロエたちが戦ったものは、魔獣だ。サリムが中心となり、さらに良い飛竜を作り出すためだと、卵を産み無用になった飛竜の雌の体を実験体に使っていた。魔物や動物との混じりもの。非道だとは思っていたが、黙認していた」


「……最低だな。虫唾が走る」


 ジュリアスさんは私を引きずろうとするのをやめて、腕を組んだ。

 飛竜の話になると反応が良いのは相変わらずよね。

 ジュリアスさんにとっては、聖王家の事情よりも飛竜の方が大切なのだろうけれど。


「なんとでも言ってくれ。本当に、その通りだからな。結局、研究施設で魔獣が何体か逃げ出して、研究員たちが何人か犠牲になり、施設は閉じられた。話には聞いていたが、実際に目にしたのははじめてだ。あまりにも、惨いことだ」


「ファイサル様……、ようやく、理解して頂けましたか。混じり物の飛竜を作り出すことは、神への冒涜なのだということを」


「あぁ、ラムダ。お前たち古参の竜騎兵たちは、ずっとそう言い続けていたな。話を聞かず、すまなかった。……俺は、覚悟を決めた。家族のため、民を危険に晒すわけにはいかない」


 ファイサル様は一度言葉を句切って立ち上がる。

 ジュリアスさんが私の隣で「当然だろう」とばかりに嘆息するので、私はジュリアスさんの服を引っ張った。


「準備を整えたら、聖王宮を制圧する。ラムダと、俺、それからジュリアスも、手を貸してくれるだろうか」


「……俺に聞くな」


 ジュリアスさんは私に視線を向ける。

 自然と皆の視線が私に集まった。とても恥ずかしい。もの凄く強い魔物を従えている女帝みたいな扱いを受けている気がする。


「勿論、手伝いますよ。乗りかかった船からは降りられないですし、メフィストは、私の家族の敵でもありますし。ジュリアスさんは飛竜愛好家ですし。放ってはおけません。もの凄く強いジュリアスさんがいれば、聖王宮なんて、ものの五分で陥落するに違いありません」


 私は胸を張った。

 それから念のために、ジャハラさんに確認することにした。


「それはそれとして、ヘリオス君のお嫁さんの件なのですけど……」


「大丈夫ですよ、クロエさん。今頃、院の奥で、他の飛竜たちに挨拶をしているかと思います。気に入った子がいれば良いのですけれどね」


「なんと。黒い飛竜――、ヘリオスは、嫁を探しているのか。それなら、良い子がいる。とても可愛い自慢の愛娘だ」


「……ラムダさんの娘さんなんですか」


「あぁ、私が育て上げたからな、私の娘と言えるだろう」


 はからずしも、こんなところで子供にお見合いをさせるご両親の気持ちを味わってしまった。

 快活に笑うラムダさんに、ジュリアスさんは若干嫌そうな顔をしていた。

 ラムダさんと親戚づきあいをするのが嫌だという顔だった。

 飛竜の親同士も、親戚づきあいとかするのかしら。

 季節の挨拶とかかしら。

 

「クロエさん、ラシードにいる男は、飛竜愛好家だらけよ。ジュリアスと気が合いそうね」


「そうですね……」


 呆れたようにレイラさんが言う。

 ルトさんも困ったような表情を浮かべて、こくこくと頷いていた。



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