ラシード聖王家とサリム・イヴァン 1
地下迷宮の崩壊と共に、崩れた砂漠の合間から神殿のような石造りの建物が露出している。
茶色い飛竜はいくつかの柱と石の床があるその場所に、静かに降り立った。
少し遅れて、赤い四枚羽の飛竜と、ヘリオス君がそれを追った。
ヘリオス君の背中から降りた私の背を、ヘリオス君が褒めてとでもいうように鼻先でつつく。
熱い砂漠でもひやりと冷たいその額を、私はよしよし撫でた。
嬉しそうに目を細める仕草をした後に、ヘリオス君は隣で大人しく羽を伏せている赤い飛竜に視線を向ける。赤い飛竜は見られていることに気づいている様子だったけれど、特に反応を返さずに静かに目を伏せた。
「ルトさん、大丈夫ですか?」
茶色い飛竜の背から降りたルトさんが、その体にもたれるようにしてぐったりと座り込んでいる。
飛竜は心配そうに、ルトさんの体に長い首を回し、片翼でその体を守るようにしていた。
私がルトさんに駆け寄ると、顔をあげて頷いてくれる。
顔色は悪いけれど、命に別状はないように見えた。
「……皆、無事で何よりだった。共に魔獣を退治してくれたこと、感謝する」
レイラさんと共に赤い飛竜から降りてきたファイサル様が、深々と礼をする。
何を言われるかと身構えていた私は、ほっとして肩の力を抜いた。
ジュリアスさんが私を守るようにして、一歩前に出た。
ファイサル様とジュリアスさんの身長は同じぐらいだけれど、人を睨み慣れているせいかジュリアスさんの方が大きく見える。
ジュリアスさんは相変わらず黒髪で違和感の凄い執事服を着ていて、態度の悪い執事といった趣だ。
「……感謝? 寝言は寝てから言うんだな。お前たちのためにあれと戦った訳じゃない。ラシード神聖国は、飛竜を物のように扱う国だということが良く分かった。悪魔に支配され、勝手に滅びろ」
「ジュリアスさん、お怒りは尤もですが、落ち着いて……! 接客の基本は笑顔ですよ、ジュリアスさん。どんなに怒っていても、顔は笑顔。ほら、私みたいに!」
私はジュリアスさんの腕を引っ張りながらへらへら笑った。
ジュリアスさんは飛竜の改造の件で今までにないぐらいご立腹だわ。
どうか鎮まり給え、という気持ちを込めてジュリアスさんを見上げると、それはもう呆れたような視線を向けられた。
「レイラ様とファイサル様は、あれを倒しに来たのですか? あの、人食い花、のような……」
「いや――、そういうわけではなかった。偶然だ」
私の質問に、ファイサル様は首を振った。
「実はね、クロエさん。私、あなたを助けるための協力をした罪で、……反逆罪で捕まりそうになってしまったの」
レイラさんが、口を開く。
ファイサル様の傍らに立つレイラさんは、砂漠に咲いた一凛の薔薇のように、その姿も口調も堂々としていた。
「反逆罪で……、ごめんなさい、レイラ様。私たちに、関わったせいで……」
「それは良いのよ。私は私の心のままに動いただけなのだから、クロエさんが気に病む必要はないわ。それよりも、あなた、クロエ・コスタリオではないのですってね。クロエ・セイグリット。それから、ジュリアス・クラフト。アストリア王国から来た方々だと、シェシフ様が言っていたわ」
「騙していて、ごめんなさい。私達は――」
「ルト・イヴァンがあなたたちの救出に来たのだから、プエルタ研究院に協力しているのでしょう? 久しぶりね、ルト。少し、落ち着いた?」
レイラさんに問われて、ルトさんがこくりと頷く。
レイラさんの口調には、敵意はなかった。
できることならレイラさんとは敵対したくないと思う。
「兄上がクロエを花嫁に選んでからしばらくして、宮殿で騒ぎが起こった。サリム・イヴァンがレイラを捕らえ、他国からの間者を聖王の間に連れ込んだ反逆者だと」
「おおむね、合っています。今更隠しても仕方ないですよね」
確認のためにルトさんを見ると、ルトさんは大丈夫だというようにこくんと頷いた。
「私たちは、プエルタ研究院の方に頼まれて、聖王宮の内情を探りにいきました」
「やはり、そうだったのか。……レイラは俺の婚約者だ。何かの間違いだと兄上に進言したが、兄上の選んだ花嫁はクロエ・セイグリットというアストリア王国の女性で、クロエと共にいたのは、ジュリアス・クラフト。ディスティアナ皇国の、黒太子ジュリアスだと、兄上と共にいた新しい愛人に言われてしまい、それ以上、何も言い返すことができなかった」
「その愛人というのは、エライザさんですね。ちょっと色々ありまして、顔見知りなんです」
「あぁ、そうなんだな。偶然にしては出来過ぎているような気もするが」
「ジャハラさんの話では、運命、らしいですよ。偶然ではなくて」
「馬鹿げている」
「ジュリアスさんは、運命って言葉が嫌いですよね。私も、そんなには好きじゃありませんけれど」
笑顔こそ浮かべていなかったが、ファイサル様を睨むのをやめていたジュリアスさんがぽつりと言った。
私も苦笑しながら同意した。
「運命、か。……レイラは、兄上の様子がおかしいと、以前から俺に相談をしていた。俺はその理由を知っていたが――兄上を信じたかった。俺が家族を見捨てるわけにはいかないと、思っていた。……だが、兄上や妹よりも、俺は、レイラを助けることを選んだ。……共に、プエルタ研究院に行こう。知っていることは、全て話す」
「……ファイサル様」
レイラさんが、ファイサル様の手をぎゅっと握った。
不安気な瞳が、気遣うようにファイサル様を見上げた。
「俺にとっては――何よりも、レイラが大切だ。……俺が兄上を裏切ることも、きっと運命なのだろう」
「……ラシード聖王家はどうでも良いが、飛竜については色々と聞きたいことがある」
「ジュリアスさん、ラシード聖王家のことについても興味持ってくださいよ……」
レイラさんとファイサル様がものすごく良い雰囲気だったのに、ジュリアスさんが水を差した。
お兄さんであるシェシフ様を裏切ることは、ファイサル様にとっては一大決心だと思うのだけど、まぁ、そうよね。ジュリアスさんがそんなことについて、興味を持つはずないわよね。
いつも通りの飛竜愛好家ぶりを発揮しているジュリアスさんに、ファイサル様は生真面目な視線を送った。
「それについては、俺も色々と話がしたい。……ジュリアス・クラフト。黒い飛竜に乗っていると噂には聞いていたが、――なんて、神々しい姿の飛竜だろう。もしよければ、あとで良く見せて欲しい」
ファイサル様の静かな口調に籠る熱量に、レイラさんは目を細めた。
それは『あー、またはじまったわ』と言わんばかりの表情だった。
シリル様もそうだけれど、男性というのは大抵飛竜が好きらしい。
また一人、飛竜愛好家の方が現れたようだ。
それも、ジュリアスさんの良いお友達になれそうなほどの熱意を持っている、竜騎士の方だ。
ファイサル様がヘリオス君をべた褒めしたことに腹を立てたのか、赤い飛竜が不機嫌そうにぱしりと尻尾で床を叩いた。
茶色い飛竜は興味がなさそうに、ルトさんに心配そうに視線を送り続け、ヘリオス君はどこか得意気に首を擡げてみせた。




