地下迷宮からの脱出 3
ジュリアスさんは飛竜には魔法が効かないと言っていた。
けれど錬金術で生み出された錬金物は、分解精製時は魔力を込めるものの、出来上がってしまえば道具である。
だから――だろうか。
氷漬けになった花から、竜の体を凍らせた霜は、蔦の方まで広がっていく。
動きを止めた巨大花の蔦の合間をヘリオス君が飛び、ジュリアスさんの槍が砕く。
砂漠の砂の海にばらばらと落ちていく砕かれた蔦は、広大な砂の海に埋もれてすぐに見えなくなっていった。
「中央を、砕く」
ジュリアスさんの言葉と共に、ヘリオス君が氷漬けの花に向かいまるで落下するようにして真っ直ぐに飛んだ。
黒い雷が飛来する。体と羽を流線形にのばして落ちるように飛ぶヘリオス君に、私はしがみついているのが精一杯だ。
錬金鐙の効果で体には落下する衝撃こそないけれど、やっぱり目に入ってくる景色からの情報で、どうしても、落ちる、と思ってしまう。
ジュリアスさんは手綱を掴む片手と足で体を固定しながら、槍を構える。
槍にかけた炎魔法の効果は消えている。
何か魔法を――と思うけれど、私が呪文の詠唱をするよりもヘリオス君が花の中央に到達する速度の方がずっと早い。
体の動きを止めた花の中央の消化液は、見事に凍り固まっていた。
それにしても、おおきい。
砕くにしても、大きすぎるのではないかしら。
私の心配をよそに、ジュリアスさんは槍をくるりと回転させて穂先を花の中央へと突き立てる。
ぴしりと、罅がはいる。
ヘリオス君はそのまま中央を引き裂くようにして飛び、再び浮上する。
真一文字に切り裂かれた花からぴしり、ぴしりと、音が響く。
けれど砕くまでには至らずに、ヘリオス君は再び旋回すると花に向かった。
「……ジュリアスさん、誰か、来ます……!」
私も、何かしなきゃ。
時間をかけていると、氷がとけてしまう。
現に今も表面の霜が解けはじめ、雫が滴り落ちて、砂漠に水溜まりを作ろうとしている。
どうしようかと視線を巡らせると、青い空の向こう側から、二つの黒い点がこちらに向かってくるのが見える。
それは鳥のように見えた。
ぐんぐんこちらに近づいてくるそれは、けれど鳥ではない。
「飛竜……!」
ひとつは、見たこともない形をした飛竜だった。
羽が四枚あり、赤い体をしている。首と尻尾は長く、大きな角が二本はえていた。
ヘリオス君よりも体が一回りぐらいは大きい赤い体の飛竜には、見知った人たちが二人乗っている。
赤い飛竜に跨っているのは、聖王宮で会い、誘われるままにダンスを踊ったファイサル様。
その後ろには、レイラさんの姿がある。
風にドレスや髪を靡かせながら、怖がる様子もなくその視線は凛として前を向いている。
もうひとつは茶色い飛竜だ。
こちらは――恐らく、純血なのだろう。
ヘリオス君とよく似た姿をしていて、けれどその体つきはどことなく骨ばっており、顔立ちもどこか大人びているように見える。
茶色い飛竜には、ルトさんの姿がある。
小柄な女性であるルトさんが飛竜に跨る様は、堂々としていて、勇ましい。
未だにヘリオス君に必死にしがみついている私とは大違いだ。
「レイラさん……!」
「話はあとに! 今は、魔獣を倒すのが先だ!」
ヘリオス君の傍らへと近づいてきた赤い四枚羽の飛竜に乗ったファイサル様が、大きな声で言った。
ファイサル様も、槍を持っている。その槍は、ジュリアスさんのものとは違い、先が三又に分かれていた。
ヘリオス君と赤い飛竜が蜜を求めに来た蜂のように花の周りを飛ぶたびに、花が砕かれ、ぼろぼろと崩れていく。炎魔法を乗せた刃でジュリアスさんは分厚い花弁を切り取った。
花弁は散り、砂漠の上に地響きを立てながら落ちていく。
『はなれて、ください…』
ルトさんの声が響いたような気がした。
見上げた空に、いつのまにかルトさんを乗せた茶色い飛竜が、花の頭上の高い位置で羽ばたきながら浮かんでいた。
ルトさんの周囲に、禍々しい輝きを放つ魔方陣がいくつも浮かび上がっている。
見たこともない魔法だった。
ヘリオス君と赤い飛竜は花弁が切り落とされ、それでも尚倒れることがない巨大花から離れる。
氷がとけ、消化液が湧き水のように溶けた氷の隙間から溢れて砂漠に零れている。
再生を始めようとしているのだろう。
蔦がうねり、再び伸び始めている。
まだ残っている花びらが、中心に向かい蕾のように丸まっていく。
『貫き溶かせ、黒き矢よ降れ、アシッドレイン!』
ルトさんの言葉と共に、空を覆うように広がる魔方陣から、黒い矢が雨のように降り注いだ。
それは再生を始めている巨大花をたやすく貫き、再生する間もないぐらいに打ち砕いた。
圧倒的な質量を持つ魔力の矢に幾度も貫かれて、巨大花は体中に穴をあけ、煙をあげながら粉々に砕かれて、小さくなっていく。
ルトさんの魔法は――異様だった。
例えば私が知りうる中では、シリル様は魔力量も並外れて多く、優秀な魔導士と相違ないぐらいに魔法を使うことができた。
けれど、そんなシリル様でも、例えば一流の魔導士の方でも、ここまで広範囲で威力が強く効果時間の長い魔法を使うことはできないだろう。
そんな魔法を使うことが可能なら、国なんてあっという間に亡ぼすことができてしまう。
魔導士というのは、そこまで万能じゃない。
巨大花が完全に沈黙するまで、魔力の矢は降り続けていた。それは大地を貫き、地中に蔓延る根まで全て溶かしているようだった。
私達は魔法の巻き添えを食らわないように魔方陣よりも更に高度をあげて、矢に撃ち抜かれる混ざりものの生き物を見下ろしていた。
なんとも、やるせない気持ちになる。
やがて魔方陣が消えると、ルトさんは喉を抑えて茶色い飛竜の上で蹲った。
茶色い飛竜がルトさんを気遣うようにして、ゆっくりと地上に降りていく。
ヘリオス君と赤い飛竜も、それを追いかける。
ヘリオス君は自分以外の飛竜と一緒に飛ぶのが嬉しいのか、茶色い飛竜の周りを遊ぶようにぐるりと飛んだ。
赤い四枚羽の飛竜は、ヘリオス君の目にはどう映っているのかしら。
赤い飛竜は明らかに、その体を作り替えられている。
「飛竜の、研究……」
今まで私は――例えば、移動用に使われている飛竜トラベルのずんぐりむっくりした姿の大きな飛竜をみても、特になんとも思わなかった。
あの飛竜がどのようにして作られているかなんて考えもしなかったからだ。
けれど、先程の花と飛竜をかけあわせたようなものの姿を見てしまうと――心苦しく感じた。
「ああいった、姿や性能を変えられた飛竜の方が、今は一般的だ。だが、あれを作り出すためには、当然……繰り返し、実験が行われていたのだろうな」
私の言葉に続けるようにして、ジュリアスさんが淡々と言う。
その視線は、赤い飛竜を追っている。
四枚羽の飛竜はそれでも、緑色の賢そうな瞳をしていて、美しい姿で飛んでいるように、私の目には映った。




