地下迷宮からの脱出 1
同朋をーー同朋と言って良いのか分からないのだけれど、ともかく、同じように実験に使われていたのだろう不恰好な飛竜の混じり物を大量に捕食した人食い花もどきは、ぶるりと大きく体を震わせた。
剣を構えて斬りつけるために踏み込もうとするジュリアスさんの服を、私は掴む。
ジュリアスさんの反射神経と素早さに勝てる要素が私には無いのだけれど、必死だったからかなんとか服の裾を掴むことができた。
「ジュリアスさん、待って、待ってくださいな! 様子がおかしいです!」
「分かっている。妙な行動を起こされる前に、斬る」
「ちょっと待ってください、危ないので……!」
ジュリアスさんは強いので、どんな相手にも勝つ自信があるのだろう。
それに元々あまり、恐怖とか、躊躇いとか、そういった感情がないのだと思う。
元々そうなのか、それとも――長く、戦場に身を置いていたからなのかはわからないけれど。
私の役目は、怪我に無頓着なジュリアスさんを守ること。
ジュリアスさんが私を守ってくれようとするように。
もちろん、ジュリアスさんは強いし信用もしているのだけれど――なるだけ、危険な目にはあってほしくないし、怪我はして欲しくない。
「クロエ、離せ」
「だから、様子がおかしいんですって。見知らぬ魔物と戦う時は、よく観察しないといけません。あの子は、魔物じゃありませんけど……」
人食い花もどきは、大きく飛竜の形をした体をよじった。
ぶるぶると、小刻みに震え出す。
先ほどよりも鮮やかになった花弁が大きく花開き、体の至る所から、太い緑色の根のようなものが縦横無尽に伸び始める。
根は建物の床を突き抜けて下や横にと伸びているようだ。
私の体のすぐ横にも、木の根が伸びる。
とても避けることができないぐらいの速さで、それはぐんぐんと伸びて広がっていく。
少しでも位置がずれていたら、私のお腹に根っこが生えていたわね。
そう思うと、背筋を冷や汗が伝った。
広がる根っこから何かを吸い上げているように、緑色の根っこが所々瘤状に隆起しては、本体へと何かを運んでいくのがわかる。
どくん、どくんと、動くそれは、まるで建物を養分にして吸い取っている血管のように見えた。
ジュリアスさんが私を荷物のように軽々と小脇に抱えて、折り重なる根を足場にしながら先程天井に開いた穴から上の階へと登った。
軽々とした身のこなしのジュリアスさんの、文字通りお荷物になっている私。
人間離れしているジュリアスさんと違って、私の身体能力は普通の女性と同じぐらいなので許して欲しい。
上階の部屋は元々は、仕事部屋か何かのようだった。
人食い花もどきが荒らしたあとなのだろう、机や椅子や、資料などが乱雑に散らかっている。
「……飛竜の改良についての研究」
私は足元に散らばる資料の文字に視線を落とし、紐で閉じられている紙の束を適当に掴むと鞄の中に突っ込んだ。
足元がぐらぐらと揺れている。根は私たちのいる上階にも伸びて、壁や床に突き刺さり、大きな穴を開け始めている。
みしみしと、建物が軋んだ。
「とっても、今、とっても、嫌な予感がします」
「同感だな」
ピシリと、天井に亀裂が走る。
道標の光玉がこっちだよ、と言わんばかりに、亀裂に向かってふよふよと浮き始める。
天井の亀裂から、僅かだけれど光が差し込んでいる。
道標の光玉ちゃんの気持ち、ありがたいのだけれど、そうじゃないのよ。
私は天井に穴を開けて脱出したかったわけじゃない。
だって、建物の位置や規模がわからない以上、危険だし。
「結局崩れるんじゃないですか……!」
私はぱらぱらと砂埃や小石が落ち始めている天井に向かって、文句を言った。
当たり前だけれど、天井からは返事がなかった。
足場が揺れる。
眼下に見える人食い花もどきの本体の体が、ぼこぼこと不恰好に膨れ上がっていく。
「ヘリオス、来い!」
ジュリアスさんが、飛竜の指輪を掲げた。
私は、どうしようと思いながら、鞄をあさる。
魔法、魔法を、使うべきかしら。
でも私、魔法はそんなにたいしたものを使えないのよね。
盾用の障壁魔法はあるけれど、雨のようにふりそそぐ瓦礫や、もし――ここが、砂漠の下だとしたら。
蟻地獄のように流れ落ちる砂から、身を守ることは難しい。
ヘリオス君の翼に、傷がついてしまう。
それどころか、最悪、生き埋めになってしまうわね。
生き埋め、生き埋め――
「……災害用パラソル!」
はっとして、鞄の奥から作ったもののあまり役に立たずに売れなかった錬金物を引っ張り出した。
それは、傘の形をしている。
傘を広げる私のエプロンドレスの背中の紐を掴んで、ジュリアスさんは狭い通路に呼び出されて窮屈そうにしているヘリオス君に飛び乗った。
お姫様抱っこでもなく、小脇にも抱えられず、紐。
もしかして、緊急事態に傘を広げて遊んでいると思われたのかもしれない。
足場が崩壊すると同時に、建物の耐久性が限界を迎えたのか、壁や天井も崩壊しはじめる。
案の定、崩壊した天井から、水が溢れるように瓦礫と共に大量の砂が流れ込んでくる。
「ひらけ、傘!」
「ヘリオス、飛べ」
私とジュリアスさんの声が重なった。
私の手にしていた傘は浮かび上がり大きくひろがる。
翼をはばたかせて浮上していくヘリオス君の体を覆うぐらいにひろがった傘が、瓦礫や砂を弾き飛ばした。
大きくあいた穴から、流れ込む流砂の迷宮から、私たちは外へと飛び出した。
あたりは、なにもない砂漠が続いている。
ヘリオス君が地下から抜けると、災害用パラソルはぼろぼろの傘の姿で元の大きさに戻り、私たちが抜けてきた瓦礫の迷宮へと落ちていった。
久々の、外の空気だ。
私は肺にいっぱい新鮮な空気を吸い込んだ。
地下に呼び出されて窮屈だったのが嫌だったのか、ヘリオス君も精々と翼を広げて、舞い上がる砂埃を避けるようにして、空をゆったりと円を描くように舞った。
「一番良くない脱出方法でしたね、砂に埋まるところでした。天才錬金術師クロエちゃんがいて良かったですね、ジュリアスさん。災害用パラソル、売れ残っていて幸いでした」
「そうだな、その調子で頼む」
「ジュリアスさんが褒めた……!」
私は調子に乗って、災害用パラソルの説明をしようとした。
けれど、ジュリアスさんが剣の代わりに、ヘリオス君の鎧にある槍立てにおさめてある槍を手にしたので、気を引き締めなおした。
眼下には、未だ砂埃が舞い上がり、視界を濁らせている。
「……災害用パラソルは、ご覧の通り頭の上から落ちてくる落下物から身を守るための錬金物なんですけど、普通の傘とデザインが酷似していて見分けがつかないと不評で、あんまり売れませんでした」
砂埃が落ち着くまでの間に、せっかくなので説明してみる。
「あと、頭上の防御は完璧なんですけど、早々頭上から落下物とかはないので、使い勝手が悪いんですよね」
「炭鉱などでは、重宝するんじゃないのか?」
ジュリアスさんが、珍しく返事をしてくれた。
感動だわ、
ジュリアスさんも、クロエ錬金術店の立派な店員になってきているわね。
「炭鉱夫の方々は、ヘルメットをつけますし、崩落事故が起きたら傘をさしてる暇なんてないと言われましたね。残念です」
「傘にしたのは、理由があるのか?」
「可愛いかと思って」
砂埃が、次第に収まっていく。
崩壊した地下迷宮から、うねうねと太い蔦が巨大な手のように伸びている。
地面からにょっきりと、巨大な花が生えていた。
肉厚な花弁をもつ、私の家五つ分ぐらいありそうな花は、竜の鱗のある胴体をもっている。
胴体の半分は地面に埋まり、大地と一体化しているように見えた。




