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【書籍化】捨てられ令嬢は錬金術師になりました。稼いだお金で元敵国の将を購入します。  作者: 束原ミヤコ
美少女錬金術師は希少な飛竜を購入します。

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落とされたるは地下迷宮 3



 土埃が舞い上がり、天井からばらばらと小石や瓦礫が落ちてくる。

 私は土埃を吸わないように口元を両手で押さえた。

 それでも、窓もない閉鎖的な地下に舞い上がる土埃というのは息苦しさを感じるもので、けほけほと咳を何度か繰り返した。

 ジュリアスさんは私の体を壁際へと降ろした。私と同じように片腕の袖で口元を覆いながら、利き手の右腕で剣を抜く。

 私も魔力増幅の杖を構えた。

 土埃の中に禍々しい気配を感じる。

 ふわりと浮き上がった道標の光玉が、天井が抜けて更に広くなった空間を照らした。

 抜けた天井の先には青空は見えない。少なくともこの場所は、地下二階よりは下だということだろう。


「……人食い花?」


 土埃の中から現れた毒々しい色をした赤い花に、私は眉をひそめる。

 人食い花は、深い森の奥に生息している植物と動物の中間のような存在である。

 異界の門から現れる魔物とは違う。

 分類的には、動物である。形は植物だけれど、小動物を捕食して食べるからだ。

 私の体よりも大きい花の花弁は分厚く、中央には捕食器官である口がある。牙はなく、ぽっかりと開いた穴には消化液が溜まっている。

 そのほかに、蔓状の捕食器がある。

 人食い花は動くことができないので、蔓状の捕食器を動かして近づいてきた小動物を捕食する。

 基本的には小動物を食べる、近づかなければ無害な存在だ。

 人食い花と呼ばれているのは、ついうっかり近づいてしまった人間が、人食い花に食べられたという事故が過去何件かあるからだ。


「でも、人食い花はこんなところにはいないはずで、そもそも自分では動けない……っぅあ」


 光玉の明りに照らされたそれがすっかり姿を現して――私は、何とも言えない悲鳴をあげた。

 それは見たことがない姿をしていた。

 胴体はヘリオス君を半分ぐらい小さくした程度の大きさの、竜の形をしている。

 けれどその首から先は、人食い花の真っ赤な花が咲いていた。

 竜の羽は捥がれ、羽の代りにうねうねと長い緑色の捕食器官が何本も生えている。

 二本の足は竜の物だ。尻尾も、そう。元々は――小ぶりだけれど、深い茶色の飛竜だったのだろう。


「なにこれ……、なんですか、これ。……飛竜と、人食い花を混ぜたみたいな……」


 眼も鼻もない、中央に口だけがぽっかりと開いている花の顔を見上げて、私は呟く。

 声が震えた。

 先程通路の先に見えた光景を思い出す。筒状の硝子ケースに満たされた蒸留水の中に浮かんでいた、不格好な生き物の姿。

 それはまるで――目の前の、異形と同じだ。


「その通りだろう。……飛竜の雌は、雄よりも体が小さい。半分程度の大きさしかないと、本で読んだ。実際に見たことはなかったが、恐らく大きさからして飛竜の雌に、その人食い花とやらを混ぜ合わせた――化け物だ。……飛竜の改良……、いや、改造の実験体か。……最低だな」


 ジュリアスさんが静かな声で言う。

 激高しているわけではないけれど、その声音からは激しい憤りが感じられた。


「そんな……、飛竜の女の子なんですか、この子……?」


 認めたくはないけれど、そう言われてしまえばそうとしか見えなかった。

 私たちの前で、捕食器官がゆらゆらと揺れている。果物が腐ったような甘ったるい臭気が漂う。

 花の中央にある消化液の匂いだろう。

 人食い花と実際戦ったことはないけれど、辺境の森林に材料採集に行ったときに出会ったことならある。

 ジュリアスさんと出会う前、師匠のナタリアさんが居なくなってしまい、錬金術師として一人で身を立て始めたころの話だ。

 あの時は、なるだけ音をたてないようにしながら、急いで逃げ帰ったことを覚えている。

 気持ち悪かったし、戦ったら負けそうな気がしたからだ。

 その時の私は人食い花を知らなくて、ロキシーさんのお店でロキシーさんに「気持ち悪い花を見た」と話していると、冒険者のおじさんたちが「それは人食い花だよ、クロエちゃん。食べられなくて良かったなぁ」と教えてくれたのである。

 人食い花には捕食し繁殖するという意思しかないらしい。

 分類的には動物だけれど、その行動は植物に近いのだという。

 それでも、体は飛竜の女の子である。

 ヘリオス君の愛らしい姿が、私の頭の中にちらつく。

 私は唇を噛んだ。できれば、戦いたくない。


「クロエ、これは飛竜ではない。原型もなければ、意思もないだろう。死んでいるのと同じだ」


 ジュリアスさんが厳しい声で言った。

 目の前の『人食い花もどき』は飛竜としての人生を、すでに終えている。

 人食い花と同じで、捕食するという意思しかないのかもしれない。

 捕食器官が私たちの目の前に大きな手のように広がった。大人の男性の太い腕ぐらいある緑色の蔓だ。

 鞭のようにしなやかで、長い。


「ジュリアスさんは、大丈夫ですか」


 私よりも――ジュリアスさんの方が、傷ついているのではないのかしら。

 ヘリオス君を何よりも大切に思っているジュリアスさんなのだから、こんな姿になってしまった飛竜なんて、見たくなかっただろう。

 ジュリアスさんは私をちらりと一瞥すると、軽く頷いた。


「あぁ。……胸糞悪いとは思うがな。殺してやった方が、幸せだろう」


「……はい」


「お前は見ていろ」


「嫌ですよ、一緒に戦います!」


 捕食器官が一斉にこちらに襲い掛かってくる。

 人食い花の体は植物のそれなので、炎に弱いと言われている。

 けれど、こんな狭い空間で炎魔法を使ったら大惨事になってしまう。

 どうしようかと私が悩んでいる間にも、ジュリアスさんは躊躇なく人食い花もどきに向かっていく。

 襲い掛かってくる捕食器官を軽々と切り裂いて、本体に向かって走る。

 断ち切られた蔓の先端は、ぽっかりと穴が開いている。

 小型の動物なら、捕食器官の先端で丸のみにしてしまうのだ。

 ジュリアスさんに切られたそれらは床に落ちて、びちびちとのたうち回った。あまり良い光景ではなかった。

 すぐに本体まで剣が届くかと思われたけれど、切り裂かれた捕食器官が再生して再びジュリアスさんに襲いかかる方が早いようだ。

 何度も蔓を切るけれど、切ったそばから新しい蔓がはえてくる。

 私は「何とかしろ、クロエ」と言われる気配を察知した。

 何とかしろと言う前に何とかしちゃうのが、頼れる相棒というものだ。


「ええと、何か良いものが……、あぁ、あった……!」


 私は布鞄の中を確認し、蓋つきの小瓶を取り出した。

 薄い水色の液体の入っている小瓶である。ラベルには、『飲んだら危険』と書かれている。


「ジュリアスさん、ちょっと避けて下さいな! 所詮は植物、除草剤の前には無力に違いありません!」


 私の声に従い、ジュリアスさんが襲ってくる蔦を鷲掴みにし、無造作に剣で切り落としながら、私の正面から端へと引いた。

 私は小瓶を思い切り人食い花もどきに向かって投げる。

 蔦は食べ物だと思ったのだろうか、何本もの捕食器官を小瓶に纏わりつかせて絡めとる。

 絡めとられて、小瓶が割れる。中の液体が零れた。


「雑草を許すな! 超強力除草剤!」


 私の言葉を発動条件として、液体から白い煙がたちのぼりはじめる。

 蔦たちは身の危険を感じたのか怯えたように逃げたけれど、私の除草剤の前に植物など無力なものである。

 煙に触れた個所から、茶色く萎れて枯れ始める。

 人食い花もどきは花の頭を苦し気に左右に振った。竜の足で、地団駄を踏む。

 巨体が激しく動いたせいで床が振動して、私は転びそうになる体を何とか杖で支えた。まるでお年寄りみたい。恰好悪いわね、私。


「お前のその力の抜ける言葉は、どうにかならないのか」


 苦しそうにしながらじりじりと背後に後退っていく人食い花に視線を向けながら、ジュリアスさんが言った。


「なりませんね。言葉による発動条件は、錬金物を作り上げるときに一緒に練りこんでいる言霊ですので、なりません。因みに超強力除草剤は、全ての雑草を許すなという気持ちを込めて作りました。植物に対する効果は御覧の通り抜群です。褒めてくれても良いんですよ?」


「蔦は枯れたが、花は枯れない」


 ジュリアスさんは私を褒めずに、除草剤の効き目の悪さを指摘してきた。

 確かにその通りで、蔦は根元まで枯れてしまい再生はもうできないようだけれど、花はまだ毒々しく鮮やかな赤色のままで、首を振るたびに中央に溜まっている消化液がぼたぼたと床に落ちて、床をしゅうしゅうと溶かしている。


「花は……、花の部分は、もしかしたら植物ではないのかもしれません。血の通った動物と構造が同じなら、除草剤は効きませんね」


 蔦を枯れさせたダメージが大きかったのだろうか、人食い花もどきは通路の奥へと逃げようとしているようだ。


「今のうちに私たちも逃げましょう、ジュリアスさん。道標は上を示していますよ。人食い花もどきが空けた穴から上にのぼりましょう」


「……あの姿で生き続けるとは、哀れなものだ。本体を殺す」


 改造された飛竜と、真正面から戦う必要はない。

 地下から抜けられたらそれで良いのだから。

 そう思って逃げることを提案した私の言葉を、ジュリアスさんは否定した。


「分かりました」


 ジュリアスさんの気持ちは分かる。

 私も――亡くなったお父様を、魔物にされた。私は戦うことができなかったけれど、異形の姿でお父様が存在し続けるだなんて、とても耐えられないと思う。

 人食い花もどきは、飛竜の尻尾を大きく振って、硝子ケースを破壊し始めている。

 ばりん、と音を立てて壊れた硝子ケースの中から、蒸留水と共に不格好な動物がどろりと床に流れ落ちる。それらはまだ、きちんと形を成していないように見えた。

 生まれそこなった胎児のように、力なく床に横たわっている。

 花は徐に頭を下げた。床に倒れたそれらを、花弁で包むようにして、捕食し始める。

 丸のみにしているようだ。竜の首の部分が、大きく膨れ上がっては腹の底へと捕食した動物が落ちていくのが分かる。


「……生きる本能はあるのか。醜悪だな」


 捕食するたびに、人食い花もどきは力を取り戻しているように見えた。


「俺にも、ジャハラ・ガレナに協力する理由ができたらしい」


 ジュリアスさんは剣を握りなおすと、吐き捨てるように言った。



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