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【書籍化】捨てられ令嬢は錬金術師になりました。稼いだお金で元敵国の将を購入します。  作者: 束原ミヤコ
美少女錬金術師は希少な飛竜を購入します。

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逆襲のエライザさん



 開いた扉の前でそれはもう、それはもう怒っているジュリアスさんに怯えながら、私は悲鳴を上げそうになったことを誤魔化すためにへらへら笑った。


「ジュリアスさん、奇遇ですね。何故ここが……って、ジュリアスさん、どこに行くんですか……っ」


 ジュリアスさんは私の姿を無言でじろりと見下ろした後、私を押しのけて部屋の中に入ろうとした。

 今シェシフ様から逃げてきたばかりだというのに、部屋に舞い戻ってどうするのかしら。

 私はジュリアスさんの腕を慌てて引っ張った。ジュリアスさんの方が力が強いので、ずるずる引きずられそうになる。


「待ってください、ジュリアスさん。逃げますよ、逃げます。なんだか色々とばれてますから……!」


「――その男を殺す」


「穏便に、穏便にお願いします……!」


 怖いわ、ジュリアスさん。

 気のせいじゃなく怒っているわね。私が迂闊だったからだろう。反省しなくちゃいけないわね。

 ジュリアスさんの腕を一生懸命引っ張っていると、突然見えない巨大な手に体を持ち上げられるような浮遊感が私を襲った。

 ふわりと体が宙に浮きあがる。突風にあおられた感覚に似ているけれど、もっと明確な意思があるように感じられた。

 天井近くまで浮き上がった私は、体が反転したせいでぶわっと広がるドレスのスカートのせいであまりよろしくない姿をしていることに気づいた。

 いつものエプロンドレスならドロワーズを履いているので問題ないのに、今日は残念ながら、そういったものはない。出血大サービスである。美少女錬金術師クロエちゃんのあられもない姿を晒してしまった。恥ずかしがっている場合じゃないけれど、私もうら若き乙女なのでそれなりに恥ずかしい。

 眼下にソファに手をついて起き上がりながら、私を睨みつけているシェシフ様の姿がある。

 相当痛かったらしい。未だ下腹部をおさえている。良い気味だった。

 浮遊感は一瞬のことで、突然体に重さが戻ってくる。天井近くまで持ち上げられて突然手を離されたようだった。「わわ」と間抜けな声を上げながら床に向かって落ちる私を、同じく浮き上がっていたジュリアスさんが、空中で姿勢を変えるようにして私の体を掴んで、軽々と床に着地した。

 身体能力の差が如実に出ている。ジュリアスさんが居なければ、私はべしゃっと床に落ちていただろう。

 

「――サリム」


 シェシフ様が名前を呼ぶと、扉からゆっくりと男が中に入ってきた。

 先程まで、扉の向こう側の回廊には誰の姿もなかったのに、いつの間に現れたのだろう。

 ぞわりとした悪寒が、体を支配する。

 強い吐き気と、頭ががんがん鳴るような恐ろしさに、指先の体温が失われていくのを感じた。

 アリザから感じていた恐ろしさよりもずっと、強いものだ。

 まるでメフィストが目の前にいるかのような、いや、それよりももっとずっと、こわいもの。

 悪魔が巣食っているだなんて生易しいものではない。

 それはまるで、悪魔そのもの、のような――

 思わず、私を着地の衝撃から守るために腰を掴んで引き寄せた状態のままでいるジュリアスさんの服を、ぎゅっと握りしめた。

 喉がひりつく。乾いた喉がぴったりと張り付いてしまったように声が出てこない。


「ご無事ですか、聖王」


 サリムと呼ばれた男は言った。

 どこかで聞いた名前だと、私は記憶を辿る。

 確か、刻印師であるルトさんのお兄さんの名前が、サリム・イヴァン。フォレース研究所の、所長だと言っていた。

 サリムは、優し気な声音の細身の男だった。

 金色の縁取りのある白いローブで全身を包んでいて、目深にフードを被っていて口元しか見えない。

 一歩、一歩と室内に入ってくるたびに、威圧感で肌が粟立つ。

 気持ちが悪い。怖い。


「あぁ。問題ない。……大人しく私のものになるかなと思ったのだけどね、可愛げのないことだ。エライザ、私の花。あなたの方が余程可愛らしい」


「まぁ、シェシフ様、嬉しいですわ」


 サリムの腕にくっつくようにして、エライザさんの姿があった。

 サリムの恐ろしさばかりに気を取られていて、まるで気づかなかった。

 エライザ・コールドマン。宝石王とも呼ばれている、コールドマン商会のマイケル・コールドマンさんの娘である。

 ミルクティー色の髪に、煌びやかな宝石のあしらわれた高価そうな髪飾りをつけている。

 薄桃色のドレスは可愛らしく、エライザさんが動くたびにきらきらと光った。ドレスにも宝石が縫い付けられているようだ。

 先日まで牢に入っていたとは思えない、愛らしくも美しい姿だった。

 薄緑色の瞳が私を真っ直ぐに睨みつける。物凄く恨まれている。私のせいで投獄されたと思っているようだから、仕方ないのだろうけれど。

 エライザさんは、怖くないのかしら。サリムは――胸が悪くなるぐらいに、恐ろしいのに。


「こちらにおいで、エライザ。巻き込まれてしまっては、危険だからね」

 

 シェシフ様に呼ばれて、エライザさんは嬉しそうに顔を輝かせる。

 そしてサリムの腕から離れて、シェシフ様の元へと行った。

 シェシフ様は優雅にソファに座り直し、その足元に跪いて膝の上に甘えるように顔を乗せるエライザさんを撫でた。子猫を撫でているみたいに見えた。

 あまり、見たくない光景だわ。顔見知りが人目も憚らず、ああしていちゃいちゃする光景というのは、どうにも良くない。

 人のふり見て我がふりなおせという言葉を思い出し、私はジュリアスさんから離れようとした。

 けれど、しっかり腰を掴まれていて、身動きが取れなかった。


「サリム。その二人を、堕とせ。鼠は鼠らしく、地の底で這いまわるが良い」


「心得ました」


 シェシフ様に命じられ、サリムは短く言った。

 片手を、私たちに向かってのばす。


「シェシフ様、わかっている癖に……!」


 私は思わず大声をあげていた。

 シェシフ様はサリム・イヴァンが悪魔であることを知っている。

 それでいて、彼を傍に置いてその力を――シェシフ様の言葉を借りれば、叡智を、利用している。

 圧倒的な、禍々しくどす黒い魔力の気配を感じる。抵抗を試みる間も、何かを言う間も無かった。

 足元に深淵につながっているような真っ黒い穴がぽかりと開いた。

 それは本当に、穴としか言えないものだった。


「……良い気味だわ、クロエ・セイグリット! 仲良く二人で死になさい、私はジュリアスよりもずっと素敵な方に見初められたのよ、良いでしょう? 羨ましいでしょう?」


 エライザさんが嬉しそうに言った。

 アリザといい、エライザさんといい、どうして私に羨ましがられたいと思うのかしら。

 私はちょっと苛々した。そして、それ以上にエライザさんが心配になってしまった。

 どう考えても、シェシフ様のことを優しく素敵な旦那様、とは思えない。

 見た目や立場は悪くないかもしれないけれど、私だったら絶対に嫌だ。好きになれない。むしろ嫌いだ。

 エライザさんの勝ち誇ったような笑い声が部屋に響く。

 足元に感じていた床の感触が唐突に消えた。

 そして私は、ジュリアスさんに抱えられながら、足元に開いた穴の中へとあっけなくすとんと落ちていったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] クロエちゃんの冷静な状況判断と、他の人への接し方に思いやりやお人柄が滲み出ている点。 ジュリアスさんが竜騎士として培った、身体能力の描写。空中戦を長年やっていれば、そうなるんでしょうね。…
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