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【書籍化】捨てられ令嬢は錬金術師になりました。稼いだお金で元敵国の将を購入します。  作者: 束原ミヤコ
美少女錬金術師は希少な飛竜を購入します。

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アルシュタット聖王宮での妃選び 3


 レイラさんがもう一度口を開こうとしたところで、私の周囲にざわめきが起こる。

 周囲にいた人たちが、二つに分かれるようにして移動して私からダンスホールに向かって一本の道ができた。

 その道をまっすぐに、私の方へと近づいてくる男性がいる。

 ラシード神聖国の方々は黒髪が多いとジャハラさんが言っていた通り、この大広間に集まっている方も黒髪の方ばかりだけれど、その男性は艶やかな銀髪だった。

 前髪は長く、後頭部に向かって短髪になっている。両耳に大振りの輪のような金色の耳飾りをしていて、体格は良い。黒に金糸で薔薇の柄の描かれた裾の長い服を着ていて、背丈はジュリアスさんと同じぐらいだろうか。

 褐色の肌に、宵闇を連想させる赤紫色の瞳。口元には笑みが浮かんでいて、どことなく怖そうな印象のある方だ。

 この大広間で銀色の髪を持っているのは、三人だけ。

 聖王シェシフ様と、先程レイラさんから名前を聞いた、王弟――つまり、第二王子であるファイサル様。それから、妹姫のミンネ様。

 シェシフ様は未だ、大広間の檀上の椅子に座っている。

 つまり私たちの目の前で足を止めた男性は、第二王子ファイサル様であることは間違いなさそうだった。

 私は慌てて礼をする。

 スカートを摘まんで行う王国の貴族の礼をしようか、それとも先程会場の方々が行っていた両手を胸の前で合わせる礼をしようか悩んだけれど、後者にした。

 シェシフ様に対して皆が行っていたのだから、正式な臣下の礼である筈だ。

 こんなことならもう少し、ジャハラさんにこちらの文化について聞いておけばよかった。時すでに遅し、というやつである。

 ジャハラさんは何でも聞いて欲しいと言っていたけれど、何を聞いて良いんだかあまり思いつかなかったのよね。それに私は元公爵令嬢だし、大丈夫よね、などと思っていた。認識が甘かった。反省だわ。


「こんにちは、可憐なご令嬢。レイラ、こちらの女性を紹介してくれるか?」


 ファイサル様はにこりと微笑んで、私の礼に答えてくれた。

 可憐とか言われたわ。着飾れば私の容姿もそこまで捨てたものじゃないかもしれないわね。

 ジュリアスさんも一言ぐらい褒めてくれても良いのに。せめて可愛いとか、似合うとか言ってくれても良いのに。

 今のところジュリアスさんから頂くことができた感想は「コルセットはそんなに締まるのか?」ぐらいなものである。感想ですらない。

 それにしても、第二王子ファイサル様がどうしてまた挨拶に来てくれたのかしら。

 レイラさんは公爵令嬢と言っていたので、王家と繋がりがあると考えるのが妥当だ。ファイサル様はレイラさんに話しかけにきたのかもしれない。

 ジュリアスさんも私から一歩下がった位置で挨拶をしていた。元敵国の王族に頭を下げるとか、内心今の状況にかなり苛立っているかもしれないけれど、きちんとしてくれている。


「こちらは、クロエ・コスタリオ伯爵令嬢ですわ、ファイサル様。コスタリオ伯爵の養女ということですけれど、私もはじめて会いましたの。こういった場所に来る機会があまりなかったそうなので、怖がらせないでくださいましね」


 レイラさんはにこやかにファイサル様に言った。

 何を考えているのか分からない美しい笑顔が、まさしく貴族令嬢という感じだった。


「クロエ・コスタリオと申します」


 私は短く挨拶をした。

 伯爵家の私が自分から第二王子に多く言葉をかけることは失礼にあたるので、妥当な態度だろう。

 多分、大丈夫よね。

 まさか王家の方と話すことになるとは思わなかったけれど、今のところ私たちには不審な点はないはずだ。特に目立つような行動もしていない。

 ジュリアスさんの出自に気づかれた訳でもなさそうだ。ファイサル様は私から視線を逸らさない。ジュリアスさんのことを気にしている様子はない。


「レイラ、人聞きが悪いな。俺は特に理由もなく、可憐な女性を怖がらせたりはしない」


 ファイサル様は眉根を寄せた。シェシフ様は女好きだとレイラさんが言っていたけれど、ファイサル様はどちらかといえば生真面目そうな印象の方だ。


「それなら良いですけれど。ファイサル様、何か用事ですの?」


「毛色の珍しい女性が気になってね。ラシードでは、クロエのような金の髪を持つものは珍しい。他国の血が強く表れたのか、他国からの移民の子供なのか……、どこから来たご令嬢なのかと。レイラが隣にいるから、古くからの知り合いかと思ったんだが」


「まぁ。ファイサル様、本日はシェシフ様の花嫁選びですわよ。ファイサル様の順番はまだなのではないかしら」


「兄上がようやく身を固めてくれる気になってくれたから、次は俺の番だろう」


「ファイサル様は、シェシフ様より先には結婚できないと、ずっと言っていましたものね」


 レイラさんは困ったように言って、小さく溜息をついた。

 私は黙って二人の話を聞いていた。口を挟めるような雰囲気でもないし、挟んで良いような身分でもない。

 私の身分が知れて納得したなら、早くどこかに行ってくれないかしらと頭の中で念じる。


「クロエ、折角来たんだ。一曲どうだろうか。実を言えば、兄上が君が踊っている姿が見たいと言っていてね」


「……私が、ですか?」


 私は内心焦りながら、小さな声で返事をした。

 こういう場所に不慣れな伯爵令嬢という設定で良かった。今の私、まさしくそんな感じだわ。

 別にダンスができないというわけではないのだけれど、極力目立たないようにと思っていたのに。

 私の髪も、黒くして貰えば良かった。ジャハラさんはどうして、私の髪についてはそのままで良いと言っていたのかしら。

 まさかこうなることを見越して、なのかしら。

 ちょっとだけ聖王宮にお邪魔して、悪魔を探し当ててさっさと帰ろう、だなんて思っていたのに。

 つくづく甘いわ、私。ジュリアスさんがジャハラさんのお願いを安請け合いした私に呆れかえるのは当然よね。

 でも、飛竜の女の子を貰うためだし。

 頑張ろうと、心の中で気合を入れる。

 

「シェシフ様は、クロエさんに興味がありますの? それは、困りましたわね」


 レイラさんが心配そうに私を見て言った。


「暗闇の中に光る明星のようだと、言っていた。遠目でも、金の髪は目立つ。……ダンスはできるか、クロエ」


「あまり、得手ではありませんが」


 ファイサル様が差し伸べてきた手に、私は自分の手を重ねる。

 第二王子からの申し出を断ることなんてできない。いつの間にか、私の周囲の人々が私達に視線を送っていた。

 ファイサル様に手を引かれて一歩踏み出したところで、私のもう片方の腕をジュリアスさんが掴んだ。


「……気持ちはわかりますが、一曲踊るだけですわ。落ち着いて、護衛騎士の方」


 レイラさんが、ジュリアスさんを宥めるようにしてジュリアスさんの胸に手を置いた。

 男性の扱いに慣れた仕草だった。

 レイラさんはジュリアスさんの手をそっと掴んで私から離した。

 ジュリアスさんはいつもと同じ不機嫌そうな表情で、それでも大人しくレイラさんに従っていた。もしかして、美人に弱いのかしら。


「その男は?」


 ファイサル様がじっとジュリアスさんを見つめる。

 私はファイサル様の手をぎゅっと握ると、かつてアリザが行っていた仕草を思い出した。

 シリル様を虜にしたアリザの手管なのだから、きっとファイサル様にも通用する筈だ。

 貴族令嬢らしからぬ、明るく朗らかで、物怖じしない立ち振る舞いで皆を虜にしたアリザを一番近くで見ていたのは私なので、よく覚えている。


「ごめんなさい、ファイサル様! 私の護衛は、心配性で……、お父様から、私の身を守るようにときつくいわれているんです。こういった場所は不慣れなものですから、私が何か無作法を働くんじゃないかって。それで、誰かの怒りをかってしまうことが一番心配みたいで。ファイサル様とのダンスだなんて、とんでもないと考えているんですよ。頭が固くて、困っちゃいますよね」


 私はファイサル様の手を両手で握りしめて、その顔を見上げる。潤んだ瞳、上目遣い、ついでに私は美少女。誰がなんと言おうと、美少女なのである。自分で言うのもなんだけれど、残念ながら色気はあんまりない。なので、可愛さで何とか切り抜けるしかない。

 ファイサル様は私に視線を戻すと、「そうか」と頷いてくれた。


「それでは、行こうかクロエ。心配しなくても大丈夫だ。俺に全て任せておけば良い」


 ファイサル様は目を細めて笑みを浮かべた。

 微笑むだけで、その印象は随分変わる。怖そうな方だと思っていたけれど、案外優しい人なのかもしれない。

 中央のダンスホールに向かいながら、ちらりとジュリアスさんに視線を送る。

 ジュリアスさんは壁際に並んだレイラさんと、なにやら話をしているようだった。

 私は自分の機嫌が若干悪くなるのを感じた。

 けれど今はご機嫌斜めになっている場合じゃないので、すっと息を吸い込んで気持ちを切り替える。

 ダンスを成功させてシェシフ様の目に留まれば、聖王宮の奥へと入り込めるかもしれない。

 悪魔の気配は大広間にはないけれど、おそらくシェシフ様の傍に侍っている誰かと考えるのが一番妥当だろう。

 その誰かが分かればあとは逃げれば良いのだから、シェシフ様に選ばれるというのは良い考えな気がしてきた。

 ――まぁ、なんせ美少女なので、選ばれちゃったりするのよ、これが。

 などと、久々のダンスに物凄く緊張している自分を誤魔化すために、私は自分に言い聞かせた。


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