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【書籍化】捨てられ令嬢は錬金術師になりました。稼いだお金で元敵国の将を購入します。  作者: 束原ミヤコ
美少女錬金術師は希少な飛竜を購入します。

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プエルタ研究院とフォレース探究所 2



 さっさと先に行ってしまったジュリアスさんの背中を追いかけた私は、プエルタ研究院の深みのある金色に塗装された扉の前に立った。

 私の持っていた親書が僅かに白く光り、扉にアストリア王家の二つの角がある獣の形をした紋様が浮かび上がる。

 濃い赤色に発光していた紋様が、二、三回明るく輝いたあと、扉は勝手に開いた。

 入れ、と言われているようだった。

 躊躇う私をよそに、ジュリアスさんは表情を変えることもなく建物に足を踏み入れる。

 私は置いて行かれないように、小走りで後を追った。身長差のせいでジュリアスさんは歩くのが早い。

 プエルタ研究院の内部は、白い神殿のような造りになっている。

 広いホールに何本も巨大な柱が立っており、天上には白い羽をもつ美しい姿かたちをしたひとたちと、青い空と白い雲、それからヘリオス君に似た黒い飛竜の姿が描かれている。

 その大きさと美しさに圧倒されて、私は感嘆の溜息をついた。

 ホールの奥には首のない翼をもつ女性の白い石像がある。明り取りの天窓から、石像に向かって光が差し込んでいた。

 円形のホールをぐるりと囲むようにして、いくつもの扉がある。

 どの扉も特徴がない。この美しい場所はただの飾りで、研究院は扉の奥に広がっているのだろう。

 迷ってしまいそうだなぁと思う。


「――ようこそ。プエルタ研究院へ」


 ホールの奥の並んでいる扉の一枚が、音もなく開く。

 静かな森を連想させる、厳かで良く通る声がホールに響いた。そんなに低い声ではないけれど、どことなく深みを帯びた声音だった。

 首のない女性の石像の前に立つ私達の方へと、扉から男性がやってくる。

 足元までを隠すローブは紫色で、中に着ている服は白い。首元から腰のあたりまで真っ直ぐに金色のラインが入っており、腰には茶色いベルトが巻かれている。白いズボンは体形を隠してしまうぐらいに布が多く遠目からみるとロングスカートに見えなくもない。

 足元は布で出来ているような平たい靴を履いている。

 褐色の肌に、紫色の瞳。黒い髪の男性だった。

 耳には大きな金色のピアスが釣り下がっている。目の下に、赤い流線形の紋様がある。ジュリアスさんよりも年若くみえた。

 私よりも若い気がする。小柄な体はまだ成長期の途中のようで、少年、のようだった。

 男性は私たちの前で足を止めて、丁寧な礼をしてくれた。

 私も頭を下げる。昔行っていた貴族の礼ではなくて、いつもの錬金術師クロエになってから覚えた商売用の挨拶にした。


「はじめまして。クロエ・セイグリットと申します。こちらは、ジュリアス。アストリア王国から来ました」


「僕は、ジャハラ・ガレナ。プエルタ研究院で、異界研究をしている研究員です。今は、研究長をしています」


 丁寧な言葉遣いで、にこやかにジャハラさんは言った。

 ラシード神聖国の人々は穏やかな方が多いと聞いていたけれど、本当だった。

 邪険にされる可能性も考えていたので、安堵する。


「まだ、お若く見えるのに凄いですね」


「あぁ――それは。色々ありまして。立ち話もなんですから、奥に行きましょうか。セイグリット公爵の娘、クロエさん。それから、ディスティアナ皇国のクラフト公爵、ジュリアスさん。不思議な巡りあわせですね。……とても、興味深い」


「……よく、知っているな」


 ジュリアスさんが僅かに厳しい声で言う。

 声に含まれた殺気に気付いているのだろうけれど、ジャハラさんは特に気にした様子もなく、穏やかに微笑む。


「アストリア国王シリル様より、魔力鳩によって届けられた親書に書いてありましたからね。色々と。隠し事というのは、信用を失います。最初に正直に全てを話してしまうことが肝要です。さぁ、こちらに」


「あの、私も親書を持ってきていまして……」


「あぁ、そうでしたね。こちらに届いたものと同じものでしょうけれど、一応頂いておきますね。あなた方の身分を証明するためのものですから」


 遠慮がちに私が言うと、ジャハラさんは私から親書を受け取った。

 それからホールの奥の扉に向かう。私は不機嫌そうな表情を浮かべて動こうとしないジュリアスさんの服を引っ張って、ジャハラさんのあとを追いかけた。


 扉を抜けると、長い回廊が続いている。

 等間隔の柱に支えられた回廊の右側には、こちらの国にきてからあまり目にすることのなかった植物が、鬱蒼と茂っている。

 蔓性の枝に大きな緑の葉が特徴的なものや、尖った葉が上に伸びているものなど様々で、アストリア王国ではあまり見かけない種類の植物だった。

 植物のしげる地面には、川が流れている。透明度の高い綺麗な水だった。川がどこからきて、どこに流れていくのかはよく分からない。砂漠と乾いた大地ばかりだったラシード神聖国にも水はあるのだなと思う。

 水が無ければ暮らしていけないので、当たり前だろうけど。

 反対側の壁には扉が並んでいる。扉が多い建物である。天井はかなり高い。天井までの壁にはいくつもの窓があり、風が吹き抜けている。

 建物の中にいるのに、屋外を歩いているような印象を受ける場所だった。


「プエルタ研究院には、多くの研究員がいました。今は、僕を含めて指で数えられる程度しかいません。諸事情がありましてね」


 ジャハラさんは、含みのある言い方をした。

 川からは水の流れる音がする。ジュリアスさんは無口だし、私も何を聞いていいのかよく分からなくて、口を閉じた。かつん、かつんと、三人分の足音がしばらく回廊に響いた。


「こちらが、僕の研究室です。今では使っていない部屋の方が多くて。奥までいくと、迷子になって戻ってこられなくなってしまうんですよね。奥に行けば行くほど迷路みたいな造りになっていますから。クロエさんたちも、気を付けて」


「気を付けます……」


 既に今、迷子になりそうである。

 同じような景色が続いているせいで、どの扉から入ってきたのか判別がつかなくなっている。

 ジャハラさんは白い石造りの壁に並んでいる扉の一枚を開いた。

 中は広い空間だった。壁一面に書棚が並んでいて、中央に大きな机と、数脚の椅子がある。

 木製の机の上にはラシード神聖国を含めた周辺諸国の地図がいっぱいに広がっている。

 背後に大きな窓のある壁がわに、政務机がある。

 なんだか物の多い部屋だった。書棚には、本と一緒に魔物が落とす素材も無造作に置かれていた。

 見たことがある物からないものまで様々だ。国が違えば、魔物の種類も変わるのだろうか。


「長旅、お疲れでしょう。まずは、座ってください」


「ありがとうございます」


 私は素直に中央の机に並んでいる椅子に座ったけれど、ジュリアスさんは私の背後に腕を組んで立っていた。

 そんなに警戒しなくても。ジャハラさん、良い人そうなのに。

 部屋の更に奥にある扉から、紫色のローブを目深にかぶった女性が姿を現す。目元と口元だけが見える。

 女性は銀色のカートをひいて部屋に入ってくると、私達の前にお茶をそっと出してくれた。

 花柄の陶器のカップに入っているお茶は、白っぽい茶色をしていた。紅茶には見えないし、珈琲の香りもしない。甘くて香ばしい香りがする。


「それはシナモンとミルクを煮込んで、砂糖を入れたものです。シナモンティーですね。ラシードでは一般的な飲み物ですが、甘いものは嫌いですか?」


「甘いものは好きですよ。頂きますね」


 お茶を入れてくれた小柄な女性は、私の正面の椅子に座ったジャハラさんの背後に控えた。

 私はお茶の入ったカップに口をつける。ミルクのまろやかさの中に控えめな甘さがある。シナモンの良い香りが口に広がった。


「はじめて飲みましたけど、美味しいです」


 ジュリアスさんも飲めば良いのに。甘いもの嫌いだったかしら。


「口にあうようで良かったです。異国の方を招待するのは久しぶりで、少々緊張していました」


「ラシード神聖国は、異界についての研究成果を他国に教えて下さっていると聞いたことがあります。交流が多いのかと思っていたんですけれど」


「諸事情がありまして。……隠すことでもないので、お話しますね。クロエさんには、協力して貰いたいことがあるんです」


「協力、ですか? ええと、あの……、私もお願いがあって、ここに来ていて」


「あなたたちの事情は知っていますよ。ジュリアスさんの首にある魔力封じの刻印を、消したいんですよね? その為に刻印師に会いたいから、ここに来た、と。……勿論、プエルタ研究院には刻印師がいます。刻印を消すことは困難ではありますが、試してみることはできるでしょう」


「本当ですか? ありがとうございます!」


「けれど、……その為にも協力して欲しいのです。我が国は今、非常に切迫した状況にあります。クロエさんの力が、必要なのです。僕の予想が正しければ、あなたは――魔性の者の気配が、わかりますね?」


 私は俄かに目を見開いた。

 私の背後でジュリアスさんが腕を組みかえる衣擦れの音がした。



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