刻印師 1
私はシリル様に義手の使い方について指導した。クロエちゃんの錬金物は基本単純な造りになっている。
魔力がなくても使える便利な道具が錬金物なので、複雑な仕様などは必要ないと思っているからだ。
だからシリル様の錬金義手も、鎖に変化させて攻撃に使いたいときの発動条件は、声に出して命じるだけである。
深淵なる鎖を使ったので、名づけるとしたら深淵なる錬金義手かしらね。
深淵なる錬金義手はシリル様のご希望通り『とても強い義手』である。つまりは『結構危険』なので、発動条件の言葉も罷り間違って動物を抱っこしているときなどに鎖に変化してしまわないように、そこそこに長く、それなりに格好良い言葉にしてある。
『深淵なる恒久の闇、門と繋がりし鎖、大いなる力を示すことを承諾する。全ての敵を殲滅せよ』
普段使いは絶対しないし、間違って呟くことも無いだろうし、童心をくすぐられる格好良さがあると思うの。
シリル様は真面目なので、すんなり発動用の言葉を受け入れてくれた。ロジュさんは「ううん」と何ともいえない声を出して、ジュリアスさんは嫌そうに眉をひそめていた。
二人とも私のクリエイティブさを理解できない愚かものである。
「良いですか、シリル様。部屋の中じゃ絶対使わないでくださいよ。慣れてきたら良いですけど、危ないので広い草原などで練習してください。あ、我が家のお庭も広いので、もしよければ練習に来て良いですよ」
私の注意にシリル様は神妙な表情で頷いた。
「一時間、五万ゴールドだな」
腕を組みながら、ジュリアスさんが付け足した。
その表情はいつもどおりで、特に冗談を言っているように見えないのだけど、ジュリアスさんなりの小粋なジョークなのかしら。
「ぼったくりだろ、それ」
ロジュさんが真っ当な反応をした。
「元王子で元国王だから金銭感覚がなってないシリルの足元を見るんじゃない。ぼったくりだからな」
「そうか。自分でものを買った事など今まで一度も無かったからな、金については正直よく分からないが、クロエの作ってくれた義手の価値はわかる。言い値で買おう」
ロジュさんの言葉を肯定したあと、シリル様が腕に嵌った義手を色々な角度から眺めながら言った。
気に入ってくれたようで、なによりだ。
「五千万ゴールド」
「そんなにしませんよ!」
静かな声で、さも当然のようにジュリアスさんが言うので、私は慌てて訂正した。
確かに超高級素材をふんだんに使った超高級な錬金義手だけれど、流石にそれは吹っ掛けすぎだ。シリル様は元国王様だけれど、お金持ちだからと言ってあり得ない額を提示するのは良くない。
「すみません、ジュリアスさんは今飛竜が欲しくて、お金に関して見境がないんです。シリル様が手を失くしたのは私のせいでもありますし、慰謝料を加味して、二百万ゴールドといったところでどうでしょうか」
「了解した。後日届けるで、構わないだろうか」
「良いですよ。シリル様のことは信用していますから、義手を持ち逃げしたりはしないでしょうし、構いませんよ」
お金と商品を交換するのが普通なのだけれど、手を不自由な状態に戻すのは忍びないので私は頷いた。
シリル様は「ありがとう」と言って微笑んだ。
それから思い出したように、ジュリアスさんに視線を向ける。
「ジュリアスは飛竜が欲しいのか?」
「お前に名を呼ばれる筋合いはない。用が済んだならさっさと帰れ」
「ジュリアスさん、お客さんですよ、ジュリアスさん。シリル様は二百万ゴールドで義手を買ってくれるんですから、そう不機嫌にならないでくださいよ」
ジュリアスさんの服を引っ張りながら注意すると、いつも通りの舌打ちをされた。
きっとシリル様のことが嫌いなのだろう。ジュリアスさんが嫌いじゃないひとが存在するかどうかと思うと、微妙なところではあるけれど。
「許可があれば殺している。……お人好しのお前が許したとしても、俺は違う」
「物騒ですね、全く。気にしないでくださいね、ジュリアスさんはいつもこんな感じなので」
私が困り顔で言うと、シリル様は頷いた。
「あぁ、分かった。……アストリア王家が飛竜を保有していたら良かったんだが、生憎純血の飛竜というのは王家といえども手に入らない。野生の飛竜を手懐けることは不可能に近いしな」
「一般に出回っているのは改良された家畜化された飛竜だ。純血を手懐け竜騎士の一個隊を作り上げているのは、ラシード神聖国ぐらいだ」
飛竜愛好家のジュリアスさんは飛竜の話になると饒舌である。
シリル様にも普通に返事をかえしてくれるのも、飛竜への愛情に違いない。
「かの国でも純血の飛竜を売ってくれることは中々ない気がするが、手に入ると良いな」
「なんで飛竜が欲しいんだ? 一頭立派なのが居るのに」
ロジュさんが言った。
「ジュリアスさんの飛竜のヘリオス君に、お嫁さんが欲しいそうですよ。ヘリオス君、ずっとひとりきりじゃ寂しいと思うので、私もそれには賛成なのですが、なんせ高いんですよね。それに、そんなに手に入らないものだって知りませんでした」
お金さえ払えば購入できるものと思っていたのだけど。私はため息をついた。
「ラシード神聖国は秘密が多い国だからな。飛竜の捕獲方法や、増やし方も秘密にしているし、純血の飛竜をどのように改良しているのかも一切情報が伝わってこない。購入が可能な改良された飛竜は繁殖能力が高いが、やはり……、純血は美しいな。ジュリアスの飛竜はヘリオスという名なのか。神々しくさえある」
シリル様がヘリオス君を称賛してくれる。
私もヘリオス君は可愛いと思うけれど、シリル様の声音には熱意がこもっているように聞こえた。
飛竜愛好家の素質がありそうだ。
「……あぁ、あれは純血の飛竜の中でも特別美しい」
ジュリアスさんはヘリオス君を褒められて満足気だわ。
不機嫌ではないジュリアスさんを見ているのが、私は結構好きだ。感情の変化がわかりにくいひとではあるけれど、ジュリアスさんが楽しそうにしていると私も嬉しい。
これは、惚れた弱みというやつなのかもしれない。
「ラシード神聖国は飛竜もだが、異界研究も盛んだ。我が国が知らないことを知っているだろうが、教えてくれと言って教えてくれるような国ではない。かつては同盟国の関係ではあったが、三年前に我が国がディスティアナ皇国と和睦を結んでからは、快く思われていないだろうしな」
そのあたりの事情に私はあまり詳しくないのよね。
なんせ、私が王都に捨てられたあとのことなので。
「じゃあ、飛竜買いに行けませんか?」
「国交が断絶しているというわけでもない、ただの旅行になるかもしれないが、行くことはできる」
難しい表情を浮かべるシリル様を見ていた私は、聞きたいことがあったことを思い出した。
「そういえばシリル様、奴隷の刻印というのは消せませんか?」
「奴隷の刻印を、か」
「はい。奴隷闘技場ではそういったことはできない、と言われてしまって」
一応、聞きに行ったのだ。
そうしたら、受付の方に「刻印を刻むことはできても外すことなどしたことがないから無理だろう」と言われすげなく追い返されてしまった。
私は腹を立てていたけれど、ジュリアスさんはあまり気にしていないようだった。
魔法が使えないことを左程不自由に感じていないらしい。
「そもそも、そんな刻印があるのは闘技場にいる罪人ぐらいだろう。普通、生きて外には出られない。ジュリアスみたいに生き延びて、その力を惜しまれて売りに出された……、なんてことは今まで一度も無かった気がするなぁ」
ロジュさんが言う。
「そうなんです? 私はあまりよく知りませんが、皆さんよく買うものなのかと思っていましたよ」
「最低で恐ろしい罪人しか、あんなところには送られないし、買えるとしても買わないだろうな、誰も。あ、今のは悪口じゃないからな、一般的に、という話で」
ロジュさんは慌てたように付け加えた。
私はジュリアスさんをちらりと見上げる。とくに怒ってはいないようだった。
「じゃあ、刻印をはずしたい、って希望をいうひとはいないんですか?」
「そもそも、刻印は刻印師が刻む。雇っているのは闘技場の主だろう」
シリル様が義手で自分の顎を触った。
それから、感触に驚いたようにまじまじと自分の手を見る。
見た目は金属だけど、感触は人間のそれに近い仕様なので、戸惑ったようだ。
「刻印師?」
聞き慣れない言葉だった。
鸚鵡返しをする私に、シリル様は頷いた。




