シリル様とロジュさん 3
ジュリアスさんの右目に嵌められている赤い錬金義眼は、私が造ったものだ。
クロエちゃんは天才錬金術師なので、錬金義眼は、普通の義眼とは違い視神経に繋がり目としての機能をきちんと果たすことができる。それに、神聖魔法でしか倒せない怨霊系魔物を、物理攻撃で倒すことができるようになる真実のアナグラムの効果という、おまけつき。
大変素晴らしい出来である。
シリル様が片腕を失ったのは私を守ってくれたためなので、義手を造ることで恩返しとお詫びができるような気がして嬉しかった。
「……ジュリアスのように、体の一部が欠損しても戦えるような男になりたいと言ったばかりなのに、……自分が情けない。中々踏ん切りがつかず、話が長くなってしまいすまない」
シリル様は俯きながら言った。義手で生活することは何ら恥ずかしい事ではないし、私としてはさっさと義手を作ることに踏み切ってくれて良かったと思う。
回復魔法では、欠損した体の一部を修復することはできない。切り離されたばかりの手があれば別だっただろうけれど、多分シリル様の手首から先は崩れたお城と共に瓦礫の中へと埋まってしまっただろう。
「その程度の用か。無駄話が多い」
「ジュリアスにはシリルと俺の気持ちは分からないんだよ。お前と違って俺たちはたまにしかクロエちゃんと会えないんだから、雑談ぐらい許してくれたって良いだろ」
拗ねたようにロジュさんに話しかけられたジュリアスさんは、黙り込んで完璧な完全無視をした。
返事をしないことに定評のあるジュリアスさんなので、いつものことである。
ロジュさんも無視されても特に気にしてはいないようだった。
「ジュリアスさん、商談と錬金、長くかかりますので、別の部屋で休んでいても良いですよ?」
私の真心のこもった声かけにも返事がなかった。
けれど立ち上がる様子はないので、ここにいるということだろう。
再び関心がなさそうに目を伏せてお昼寝をし出すジュリアスさんから視線をあげると、にやにやしているロジュさんと目があった。
「クロエちゃんと一緒にいたいんだよ。男心は察してやらなきゃ」
ロジュさん、うるさいわね。
どんな返事をしても揶揄われるような予感がしたので、私はさっさと本題に入ることにした。
「……義手の話ですよ、義手の話をしましょう。どんな義手が良いですか? 人の手に限りなく似せて作るのも良いですけれど、義眼と違って義手ですから、型に囚われない遊び心を加えることも可能ですよ」
「遊び心?」
シリル様が不思議そうに首を傾げる。
「遊び心です。例えば、義手が変形して武器になるとか、義手自体に魔力増幅効果を仕込んで、最強の魔導士になるとか、そういうやつですね。肉体そのものを改造することはできませんけど、錬金義手なので、いくらでも、どうにでもなります。勿論普段はちゃんと、普通の手、として使えますよ。動物も抱っこできますし、ナイフとフォークを持ったり、着替えもできます。生活ができてこその、義手なので」
「それは、凄いな。私はあまり錬金術についての造詣は深くないんだが、錬金術というのは万能なんだな」
「万能、というわけでもないんですけど。一応縛りはありますし、あんまり危険な物を作ると、錬金協会に怒られますし、二度と作ったら駄目だっていう禁止錬金物に指定されたりもするんですよ。そういうものを作り続けると、錬金協会から錬金術師としての資格を剥奪されたりしますね。野良錬金術師になります」
「……そうか、色々あるのだな。国王という立場だった筈なのに、何も知らなくてすまない」
「いえいえ、錬金術師は特殊ですからね。元々は……、ええと、なんだったかな。ラシード神聖国から伝わった技術だとか、なんとか。私も実を言えばあんまり詳しくないんです。私の師匠は座学よりも実践、というひとだったので。それで、シリル様。どんな義手が良いですか?」
「なるだけ、強くなれそうなものが良い」
「その注文の仕方はちょっとどうかと思うぞ」
ごく真面目に言うシリル様の横で、ロジュさんが苦笑した。
言いたいことは分かるのだけれど、確かに漠然としている。
私はどうしたものかと思案しながら、唇に指をあてた。
「そうですねぇ、なるだけ強い義手……、お任せってことで良いですか?」
「あぁ、頼む」
「時間、少しかかりますけど、待っていますか? それとも一度帰りますか?」
「待っていても構わないか?」
シリル様の言葉にロジュさんも頷いた。
私は頭をお仕事に切り替えて、素材が沢山入っている無限収納トランクを漁った。
このところ忙しかったので、まともに錬金をすることができていなかった。
そのため、材料だけは豊富にある。
それにこの間の異界の門の災禍で、門の魔物を多く討伐した。
討伐時に魔物が落とす素材を、親切な人たちが拾って私の元へと届けてくれたりしたのである。
だから普段は滅多に手に入らないような高級素材が選り取り見取り各種取り揃えられている。シリル様は良い時に来てくれた。最強の錬金義手が出来ちゃうかもしれない。
「そうねぇ、……異界の門番から手に入れた、深淵なる鎖と、九死の毒薬を使っちゃおうかしら。それで、沢山手に入ったから異界の指。それから、アスモデウスの右手首と、ニュラニウスの神経塊。うん、豪華絢爛、最高級品づくし」
私は取り出した材料を両手に抱えると、錬金窯へとひとつづつ投げ入れた。
魔力を注ぐと、錬金窯の透明だった精製水が魔力と素材に反応して金色に輝きだす。
今回の素材は高級品であり、いうなればより異界に近い存在の魔物から手に入れたものが多い。
そのせいだろうか、錬金窯の中の反応がいつもよりも強い気がした。
ややあって、精製水の輝きが落ち着き始めると、錬金窯の中にぷかりと手が浮かんだ。
私は両手で出来上がった錬金義手を拾い上げる。
肌の質感は人の肌に近づけようとするほど違和感が強くなってしまうので、あえての銀色。鎧のように金属質の見た目でありながら、触り心地は適度に柔らかい。関節のつなぎ目は球体になっていて、より金属感を演出している。
普通の手の形にしても良かったのだけれど、この方が格好良いんじゃないかしら、という私のクリエイティブさが発揮されてしまった。
「最高に素晴らしい出来だわ、クロエちゃん天才! クロエちゃん美少女!」
私は錬金義手を両手で天に掲げながら、自分を褒めた。
やはり褒めるというのは大切である。頑張った自分を自分で褒めてあげてこそ、次も頑張ろうと思えるのだ。
「おぉ、もうできたのか? クロエちゃんは凄いな、流石美少女天才錬金術師だ」
ロジュさんが私の言葉にうんうんと頷きながら、全肯定してきた。
その隣でシリル様も近所の幼い子供の姿を見守っているかのような優しい眼差しを、私に向けている。
ちょっと恥ずかしくなってしまった。
よくよく考えたら、今までは店舗と錬金部屋が別にあったので、錬金している最中の姿というのは一緒に暮らしているジュリアスさんにしか見せたことが無かった。
つまり、自分で自分を美少女とか言っている姿を見せたことも、ジュリアスさんだけにしかなかった。
どうしよう、恥ずかしい。
私は自分の事を良く美少女と評価しているけれど、それは自分で自分を励ますためであって、本当にそう思っているわけではない。
けれどそれをここでおろおろと弁解するのもどうかと思ったので、狼狽えながら天に掲げていた錬金義手をそっと降ろした。
お昼寝中だったジュリアスさんが私をじっと見たあと、物凄く小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべた。
「……ええと、その、素晴らしいものが完成してしまったので、つい、嬉しくなってしまってですね……、出来ました。シリル様、錬金義手です」
私は極力生真面目な表情と口ぶりで説明をしながら、シリル様に義手を差し出した。
ロジュさんが興味深そうに義手を覗き込み、シリル様は戸惑ったように眉根を寄せた。
ジュリアスさんも興味があるらしく、椅子から立ち上がると私の隣に来て義手を見ている。
ジュリアスさんの義眼よりもシリル様の義手の方が使用した素材が希少なため、性能も良いのは確かなので、あとで文句を言われるかもしれない。怖い。
「シリル様、手、出してください。はめますよ」
「あぁ、分かった」
シリル様は片手で首で結んである布の結び目を解くと、手を見せてくれた。
軍服からは手首が覗いている。手首から先は無く、丸みを帯びた肉が盛り上がっているだけだった。
「少し痛いかもしれません。体とつなげるために、体の中に義手が入り込んで一体化するので」
「問題ない」
私は錬金義手の手首側の側面を、シリル様の腕へと押し当てた。私よりも手が大きいので、両手で「よいしょ」と押さえつけるようにする。
錬金義手の側面から銀色の蔦が伸びるようにシリル様の腕へと絡みつき、皮膚の中へと突き刺さるようにして入り込んでいく。シリル様は眉間に皺を寄せて、衝撃に耐えているようだった。
やがて皮膚の境目が蔦のような銀色もので覆われて、それから吸収されるかのように滑らかなものへと変わった。
腕から先は金属でできているように見えるシリル様の手は、思った通りとても格好良い。
「無事に定着しましたね。クロエちゃんの義手は、なんとなんと、神経と繋がって普通の手、みたいに使えちゃうんです。手を動かしてみてくださいな」
手首の太さに合わせて大きさを変化させた錬金義手を、シリル様はしげしげと眺めた。
顔の前に持って行って、指を開いたり閉じたりする。見た目は金属っぽいけれど、普通の手と変わらない動きをするし、生活にも支障はないようにできている。
「問題なく動く。違和感も、痛みもない」
「それは良かったです。その錬金義手はですねぇ、深淵なる鎖による物質変化を得意としていまして、安易ですけれど、鎖の形状にかえることができます。良いですよね、鎖。捕縛から、攻撃から、足止めから、なんでも役に立ちます。それと、九死の毒薬の効果で、鎖による攻撃で傷つけた相手を、一定時間動けなくすることができます。本当は一撃必殺の毒攻撃、とかにしようと思ったんですけど、もし間違ってロジュさんと喧嘩したときとかに鎖で傷つけちゃったら、ロジュさん死んじゃうのでやめました」
「そのような事はしないが……、使い慣れていないと万が一、ということはあるからな。助かる」
シリル様が戸惑ったように言った。
「もし自分を傷つけちゃった場合でも、一時間ぐらい動けなくなるだけなので安心してください。あ、麻痺は治療魔法で治りますので、シリル様なら大丈夫ですね。他にも何か効果をのせようかなと思ったんですけど、素材の希少性が高すぎて、飽和状態になりそうだったんでやめました」
「十分だ、クロエ。ありがとう。……こうして、自由に両手が使えるだけで、ありがたい」
シリル様は、ここに来てからはじめて明るい笑みを浮かべた。
私は少しだけ元気になったシリル様の姿を見て、ほっと胸を撫でおろした。




