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【書籍化】捨てられ令嬢は錬金術師になりました。稼いだお金で元敵国の将を購入します。  作者: 束原ミヤコ
美少女錬金術師は希少な飛竜を購入します。

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シリル様とロジュさん 2



 シリル様とロジュさんはお客さんである。

 私は二人を新しい店舗の中へと案内した。ひとつきりしかない木製の頑丈そうな椅子には、ジュリアスさんがいつもどおりの偉そうな態度で座っている。長い脚を組んで、シリル様とロジュさんに挨拶をするでもなく黙り込んで不愉快そうにしている。

 特に理由なくひとを威嚇しては駄目だと思うの。接客業なのだから、もう少し愛想を良くしてくれるとありがたいのだけれど、シリル様たちにむかって朗らかに挨拶をするジュリアスさんとかはあんまり想像したくないので、仕方ない。そっとしておこう。

 奥の部屋から椅子を取りに行こうとした私を、ロジュさんが「すぐ帰るから大丈夫」と言って止めてくれた。

 シリル様は前国王様なので失礼じゃないかなと思ったけれど、シリル様も首を振ったので私は大人しくジュリアスさんの隣へと立った。立派な机を挟んで二人と向き合う形になった。


「ええと、それで、どうしました? お買い物ですか?」


 私はクロエ錬金術店の店主、錬金術師クロエちゃんとして居住まいを正し、やや畏まった声で聞いた。


「そうなんだよ、クロエちゃん。話すと長いんだが」


「手短に話せ」


 ロジュさんの言葉をジュリアスさんが遮る。

 ロジュさんは怒るでもなく「相変わらずだなぁ」と苦笑した。


「ジュリアスが不機嫌なのは、あれだろ。シリルが、クロエちゃんの元婚約者だったからだろ? まぁ確かに、ジュリアスと競えるぐらいにシリルは顔が良いし、性格もそれなりに良い。ジュリアスが心配になる気持ちもわかる」


「……ロジュ、やめろ。私は罪を犯した。クロエには相応しくない。今更そんなことを言われたら、クロエが困るだろう」


「ほら、真面目だし。もう終わった事、過ぎたことなんだから、湿っぽくするのは無しにしたいんだけど、シリルが暗いから傭兵団は連日雰囲気が葬式みたいだ。シリルのせいで」


「すまない……」


 ロジュさんに指摘されて、シリル様は肩を落とす。

 私の隣でひとりだけ椅子に座っているジュリアスさんは、眉間に皺を寄せて苛々と腕を組んだ。


「お前たちの事情などどうでも良い。話が長い。用件を話せ」


「せっかちだなぁ。雑談は心のゆとりだぞ、ジュリアス。雑談の中から思わぬ情報を得られることもあるんだから。……余計な事を言った事は謝るよ。クロエちゃんとジュリアスの仲を邪魔にし来たわけじゃないんだ、今日は」


 ロジュさんは素直に謝ったあと、考えるように一度口を閉じた。

 それから、「どこから話せば良いのか」とぽつりと言った。


「……クロエちゃんはあんまり思い出したくないだろうけれど、三年前に俺は騎士団を辞めた。セイグリット公爵が処刑されて、クロエちゃんが王都に放逐されたときのことだ。……実を言えば、自分で言うとなんだか押しつけがましくなるような気がして嫌だから黙っていたんだけど、その時俺は、何かの間違いだってシリルに何度か言いに行ったんだ」 


「ロジュさんが?」


「あぁ。騎士の身分で、第一王子と話せるわけがないと思うだろう? 嘘くさいし、言うつもりはなかったんだけど……」


「ロジュは、私のひとつ年上で、私が学園に入ったころには騎士科の生徒の中で一番武勇に優れていると評判だった。ロジュのグレゴリオ家は貴族というわけでもなく、有名な騎士の家系というわけでもない庶民だったから、余計に目立っていた」


 シリル様が補足してくれる。

 私の隣に座っているジュリアスさんにちらりと視線を送ると、案の定興味が無さそうに腕を組んで目を閉じていた。お昼寝でもするつもりかしら。

 ジュリアスさんというひとは、どんなに態度が悪くても話をきちんと聞いているので、多分聞いているんでしょうけど。


「私は剣術や馬術を好む質だ。だから、ロジュには幾度か模擬試合を挑み、……全敗していた」


 シリル様はやや言い難そうに、全敗、と言った。

 正直者である。勝ち負けとかは聞いていないので、言わなくても良いのに。

 それにしても、ロジュさんはそんなに強かったのね。全く知らなかった。同じ学園に通っていたのに、ロジュさんの存在すら知らなかった。

 学園に通っている頃の私は必死だったから、周囲の出来事に目を向ける余裕なんてなかったのだけれど。


「そういうこともあって、身分は違えど私とロジュは親しい友人のような間柄だった。ロジュが卒業し騎士団に入ると、騎士団長になるだろうと皆は噂していたな。……だが、古いものが権力を持つ場所でもあるから、中々うまくはいかなかった。私が即位したら、ロジュをゆくゆくは騎士団長にと思っていたが……」


「俺には何が起こっているのか分からなかったんだが、セイグリット公爵の処刑についてはともかく、クロエちゃんが優しい子だってことぐらいは知っている。身分が違うから話しかけたりはしなかったが、遠くから見るクロエちゃんは、いつも寂しそうで、不安そうで、……まぁ、なんていうか、守ってあげたくなるような子だった。だから、投獄なんてありえない、とシリルに言いに行ったんだ」


「そうなんですね、ロジュさん、ありがとうございます」


 私がお礼を言うと、ロジュさんは照れたように銀色の髪をかきあげた。


「まぁ、良いんだ、それは。だからお礼を言って欲しいとか、そういうことじゃなくて」


「その時の私はロジュの言葉を聞きもしなかった。……あの時、耳を傾けていればと、今は思う。後悔してももう遅いが」


 シリル様は悔いるように、苦し気に眉をひそめた。


「結局、クロエちゃんを助ける事は俺にはできなかった。それで、俺は何もかもが嫌になって、騎士団を辞めて傭兵団に入った。元気にお店を開いているクロエちゃんの姿を見た時は安心したなぁ」


 ロジュさんは三年前に騎士団をやめている。

 そんな理由だったなんてしらなかった。ロジュさんは私がお店を開いたときに一番最初のお客さんとして来てくれたけれど、きっとずっと、遠くから見ていてくれたのだろう。


「ロジュは、まともだった。私が血迷っていたせいで、皆に数多の迷惑をかけてしまった」


 昔を懐かしむように話をするロジュさんの隣で、確かにシリル様はロジュさんの言う通り、どんよりと薄暗い表情を浮かべている。せっかく綺麗な顔をしているのに、台無しである。


「シリル様、ロジュさんも言った通りもう終わった事ですから。だから、なんていうか……、元気、だしてください」


 何て声をかけて良いのか分からなくて、当たり障りのない事しか言えなかった。

 目を伏せていたジュリアスさんが薄眼で私をちらりと見る。無言だったけれど、「余計な事を言うな、阿呆」と言われている気がして、私は口を閉じた。


「ほら、湿っぽいだろ。別に反省会したいわけじゃないんだ、俺は。シリルがどうして傭兵団の軍服を着てるのかの説明をしたかっただけなのに、長話になってごめん。……クロエちゃんやシリルに何が起こっていたかは、大体聞いた。シリルは全ての事実を王国民に公表するつもりだったみたいだが、ジーク様と話し合って、ある程度は伏せる事にしたらしい」


「それで良いと思います。……アリザちゃんはもう死んでしまいました。アリザちゃんは私の妹ですし、悪いなにかに操られていただけ、ですから」


「すまない、クロエ」


 シリル様に謝られて、私は困惑した。

 どう答えて良いのか、いよいよ分からなくなってきてしまった。

 シリル様が悪い訳じゃない。でも、お父様は――無実だったのに、処刑されてしまった。

 終わった事だけれど、胸の痛みとどうしようもないやるせなさは残っている。

 ロジュさんが深く嘆息した後に、シリル様の背中を思いきり叩いた。ばん、という軽快な、痛そうな音がした。

 シリル様は驚いた表情を浮かべたけれど、そんなに痛がっていなかった。


「毎日これだ。うんざりするだろ。後悔するのは勝手だが、雰囲気が暗くて仕方ない。これなら、偉そうで嫌味なジュリアスと喋ってた方がまだ気が楽だ」


「俺にはお前と話すようなことは何一つない」


 話題にあげられたジュリアスさんが、迷惑そうに言った。


「冷たい……」


 あんまり悲しくなさそうな声音でロジュさんが言うのが面白くて、先程よりも場が和んだ気がした。

 ロジュさんの気遣いが有難い。私はふぅ、と息を吐くと、なるだけ明るい声で言った。


「ロジュさんたちの関係はわかりました。王家の方針もわかりましたけど、それでどうして、私のお店に?」


「あぁ、それが、シリルは国王をジークに託し、騎士団に入り異界の門を閉じるために戦う人生を送ろうとしたらしい。早い話が、贖罪だな。だが、騎士団というのは王国の直属部隊だからな。当然、皆がシリルに気を遣う。シリル様にそんなことをさせるわけにはいきません、危険ですから下がっていてください、みたいな感じで」


「それはそうでしょうね……」


 騎士団の方々の気持ちはわかる。

 相手は元、とはいえ国王だ。気安く同僚として振舞えるわけがない。


「それで、結局俺を頼ってきた。傭兵団は、身分についてはそんなに気にしない馬鹿ばかりだからな。シリルも対等に扱う事ができる。騎士団に比べたら扱いは悪いが」


「私はそれで良い」


 シリル様が深く頷いた。


「というわけで、シリルは国王でもなく、シリル・アストリアでもなく、ただのシリルとして傭兵団の団員になったわけだが、それが、聞いてくれクロエちゃん。ついでにジュリアス」


「なんでしょう」


 私は名前を呼ばれたので返事をした。ジュリアスさんは当然のように無視をした。


「こいつ、片手が無いまま暮らすとか言うんだよ。異界の門の魔物を舐めてるとしか思えない。利き腕の右手を無くして、戦えるかっていう話だ。傭兵団も割と多忙だからな、お荷物はいらない。王子様の自己満足に付き合ってられる程、甘い世界じゃない」


「それはそうだろうな。肉体の欠損というのは、それだけで不利になるものだ。特に足や手を失えば、戦場ではそれは死と同義だ。殺してやった方が親切だな」


 ジュリアスさんがはじめて会話に参加した。

 お昼寝しているようにしか見えなかったのに、やっぱりちゃんと話を聞いていたみたいだ。

 口を開いたと思ったら物騒な事を言うジュリアスさんに、ロジュさんは大きく頷いた。


「そうだろう! そうなんだよ。分かってるじゃないか、ジュリアス。だから、俺は頭にきて、クロエちゃんの店にシリルを引きずって連れてきたんだ」


「あ、義手、ですか!」


 やっと二人の来訪の理由を理解して、私はぽん、と両手をうった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 友人の忠告を聞かなかったシリルが悪いですが、忠告聞いてたら妹に殺されてたかな。
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