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【書籍化】捨てられ令嬢は錬金術師になりました。稼いだお金で元敵国の将を購入します。  作者: 束原ミヤコ
捨てられ令嬢は奴隷剣士を購入します。

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新しい朝、続く日々 4



 城からの使者が訪れたのは翌日のことだった。

 アリザがメフィストの力で奇怪なオブジェへと形を変えてしまっていた城は、魔力の消失と共に瓦礫の山へと成り果てていた。

 今は一時的に無事だった北の離宮へと城の人々は移り住んで、各地の状況把握や復興支援を行っていると、離宮で私とジュリアスさんを出迎えてくれたシリル様が言った。

 シリル様は失った片手を布で首に吊っていた。

 まだ本調子ではないシリル様の代わりに弟王子が実務に当たっているのだという。

 離宮の奥へとシリル様によって案内された私とジュリアスさんは、白い棺の置かれている何もない無機質な部屋へと辿り着いた。

 棺の中には、眠っているだけに見える目を閉じたアリザの姿があった。

 アリザの体は棺へと入れられて、棺には花が敷き詰められていた。


「私は、……アリザを憎んでいる。けれど、哀れにも思う」


 シリル様はアリザについてそう言った。

 ジュリアスさんは私の隣で興味が無さそうに腕を組んで視線を窓の方へと向けていた。

 私は、棺の前で両の手のひらを組んで、アリザの冥福を祈った。


「シリル様、アリザの体の中には……、異界の門から現れたメフィストという悪魔が巣食っていたようです。何か、ご存知ではないですか?」


 床に膝を突いていた私は立ち上がり、ジュリアスさんの隣へと戻った。

 棺を囲むようにして立っている私たちの他に、部屋には誰もいない。

 警護の兵は扉の向こう側に控えている。

 公にして良いことか分からなかったので、私は小さな声でシリル様へと尋ねた。


「……悪魔、か。……異界とは死した人間が落ちる場所。そこには天上界が存在し、天使が住むと言われている。悪魔とは……、天使とは逆の存在。かつてラシード神聖国の異界研究者から聞いたことはあるが、詳しいところまでは。あちらも秘密主義だからな」


 シリル様は無事だった方の手を口元に当てて言った。

 ラシード神聖国の異界研究者であれば、メフィストのことも知っているのだろうか。

 隣国ではあるけれど、行ったことはない。アストリア王国とラシード神聖国の関係はディスティアナ皇国から侵略されているという立場が同じであったため、同盟関係のような立場ではある。

 不仲ということはなく、時折異界研究者から異界の門に関する知識を得たり、逆に新しく現れた異界の門の場所や、門の魔物の情報を送るような間柄だ。


「……メフィストは、取り逃してしまいました」


 シリル様はアリザによって両親を殺されている。

 つまり、メフィストこそが本当の仇のようなものだろう。それは私も同様だった。


「クロエも、ジュリアスも良くやってくれた。……王都の民は、お前たちに感謝をしている。私も、また」


 シリル様は首を振ると、私たちに頭を下げてそう言った。


「ジュリアスさん、とっても強いですから。私もジュリアスさんに感謝してます」


 私はジュリアスさんの袖を引っ張って、その顔を見上げた。

 窓の外からちらりと私を見下ろしたジュリアスさんは、小さく溜息をついた。

 舌打ちが溜息に変わっているところに愛情を感じて、私は口元に笑みを浮かべる。

 ジュリアスさんは嫌そうに眉を顰めた。それって好きな女性にする反応ではない気がするけれど、ジュリアスさんらしくて面白いなと思う。

 シリル様は眩しいものを見るように、私たちを見ながら口を開いた。


「罪を犯した私が言うのもおかしいが、ジュリアス・クラフトには恩情を与えることとする。クロエ、セイグリット家の汚名もだ」


「ありがとうございます。もうあまり、気にしていませんけれど……、国から、犯罪者として追われるという心配がなくなるのだけは嬉しいです」


 ジュリアスさんが何か文句を言おうとしている気配を察知した私は、先回りして言った。

 私が先に話してしまったので、ジュリアスさんは言葉を飲み込んだようだった。


「クロエ、……今更何を言っても、言い訳になってしまうな。……私ができることは、多くない。何か欲しい物や、必要な物はあるだろうか。それぐらいしかできずに、すまない」


「シリル様、それって……、なんでも良いんですか?」


 ここで遠慮するのが淑女というものなのだろうけれど、私はもう淑女ではない。

 商魂の逞しさについては、武器屋のロバートさんから学んでいる。


「あぁ、なんでも良い。クロエが望むのなら、セイグリット家の領地をお前に返したいとも思っている」


 セイグリット公爵領は、公爵家が焼き討ちにあった後王家の預かりになっている。

 私はどうしようかと思いジュリアスさんを見上げた。

 軽く首を振られただけだった。お前が判断しろ、と言っているらしい。


「領地はいりません。私には荷が重いです。……その代わり、もしできればで良いんですけど、王都の西門のあたりに広い緑地がありますよね」


「あるな。かつて孤児院に使っていた教会が、町外れで不便だという理由で他に場所を移したまま空き家になっている。国有地だが、使い道がなく放置している場所だな」


「あれ、私にくれませんか?」


「土地を?」


「はい。実を言えばですね、ジュリアスさんはそれはそれは愛らしい飛竜を持っていまして。でも、私の住んでいる王都の中央広場だと、放し飼いにできないんですよね。……西の緑地帯なら、外に出しても怒られないかなって思いまして」


 ヘリオス君のために家を建てると決めた時から狙っていた場所である。

 木々に囲まれた何もない野原に教会がポツンと一軒立っている場所で、周りをぐるりと木柵が囲んであってあまり人は近づかない場所だ。

 羊でも放牧できそうなぐらいに広いけれど、王都は土地が高いので王都の中で羊を放牧しようと思うような人はいない。

 あの場所ならお店にも近いし、良いなと思っていた。

 それに高価な錬金物は注文を受けてから作ることがほとんどなので、王都の中心に店がなくてもあまり問題はないのだ。

 もともとあれはナタリアさんの家なので、私のものというわけではないのだし。


「構わないが、国を救ってくれたのだからもっと、何か……」


「王都の土地であの広さだなんて、ものすごく高いんですよ、シリル様! 十分です。それに、ちょうど土地が欲しかったんですよね! シリル様、ありがとうございます。他には、飛竜を放し飼いにする許可が欲しいです。王都で飛竜を飼って、怒られませんか?」


 シリル様は一瞬驚いたように目を見開いた後、優しく微笑んでくれた。

 かつてシリル様と婚約者だった時、アリザが公爵家に来る前は、お会いするとこんなふうに笑って話をしてくれていた気がする。なんだかーー懐かしい。


「危険がなければ構わない。私はあまり飛竜については詳しくないが、クロエが大丈夫だというのなら大丈夫なんだろう」


「はい! 飛竜っていうのはとっても賢くて可愛らしい生き物なので!」


 飛竜について熱弁している私も、ジュリアスさんと同じ飛竜愛好家としての第一歩を踏み出し始めたのかもしれない。

 ヘリオス君を自由に外に出せる土地が手に入ってジュリアスさんもさぞ喜んでいることだろう。

 そう思ってちらりと顔を見てみると、何故か今まで以上に不機嫌な表情をしていた。

 何か、怒るようなことがあったかしら。

 私が勝手に色々決めたから怒っている、とかかしら。

 

「私は、アリザと王家の罪を皆に伝え明らかにするつもりだ。コールドマン商会にも事情を聞き、処罰については検討する。二度とお前たちに手を出さないよう約束させる。安心して欲しい。……それから、王位を弟に譲り、此度の騒乱で被害を受けた国の人々の支援に尽力するつもりでいる。異界の門は王国各地に現れ、その被害は甚大だった。また再び門が現れる可能性もある。騎士になり、討伐隊に身を捧げようかと思っている」


 シリル様は棺の中に視線を落としながら、悔恨するように眉を顰めた。

 私は不機嫌なジュリアスさんから視線を戻した。

 布に覆われた手は、手首から先がないはずだ。シリル様の決意は立派なものだと思うけれど、討伐隊に入るには不便そうだった。


「シリル様、美少女錬金術師クロエちゃんに任せてくださったら、素敵で最強な義手を作って差し上げますよ! お値段はそれなりに取りますけれど! 錬金術はお仕事なので、国王様相手であっても無料というわけにはいきません」


「……それは、ありがとう。……そうだな。いつか、頼みに行かせてもらおう。ジュリアスは片目が潰されたまま三年も、奴隷闘技場で生き延びた。私も……、片腕が使い物にならなくても、討伐隊の足手纏いにならない程度には強くなりたいものだと思っている」


「話は終わりか? それではな、シリル・アストリア。……行くぞ、クロエ」


 ずっと黙っていたジュリアスさんが、とうとう痺れを切らして帰ろうとするので、私はシリル様にペコリとお辞儀をすると、部屋を出て行こうとするジュリアスさんの後を追った。

 シリル様は私たちに深々と礼をしてくれた。


 離宮の回廊を歩いて、外に出る。

 王都の空は今日も美しく晴れている。視線を下げると、瓦礫の山や破壊された庭園、壊れた壁が痛々しく目に入ってくるけれど、兵士たちが次々と瓦礫を運び出している姿を見ると大丈夫そうだなと思うことができる。


「ジュリアスさん、まだお話があったかもしれないじゃないですか。なんで怒ってるんですか。さては、ジュリアスさん、私とシリル様が元婚約者だからって嫉妬とかしちゃいました? ジュリアスさんてば」


 どんどん外へと歩いていくジュリアスさんの服を引っ張りながら、私は言った。

 勿論冗談のつもりだ。ジュリアスさんのご機嫌が悪いのはいつものことだし、私たちの関係は昨日から少し変わったかもしれないけれどーーでも、変わらないと言えば何も変わっていない。

 ジュリアスさんは相変わらず不機嫌で、私はいつも通りの明るく元気な天才錬金術師クロエちゃんである。


「そうだな。お前があれと話しているのを見るのは、気分が良くない」


 城の正面門の前の広場で、ジュリアスさんは足を止めた。

 ええと、今、ジュリアスさんはーー嫉妬をしていたことを認めたのかしら。

 そんな人だったかしらと吃驚して、あまりのことに受け止めきれずにあわあわしていると、ジュリアスさんは私の頬に手を添えてそっと口付けた。

 触れるだけで離れた口付けに、さらに吃驚して何も言えなくなってしまった私に、ジュリアスさんは口の端を吊り上げて笑った。


「ーーこうすれば、お前は黙るのか。案外簡単だな」


「っ、あのですね、うるさいとか、黙ってろとか言われたら黙りますので……! こういうのは、あんまり心臓に良くないので、ともかく良くないんです」


「嫌か」


「嫌とかじゃないですけど……! それにここは外ですし……」


 私は両手で顔を隠した。

 恥ずかしすぎる。私は顔から火が出そうなのに、ジュリアスさんは平然としているのが腹立たしい。


「あの胸糞悪い悪魔については、ラシード神聖国に行けばわかると言っていたな。ラシード神聖国は飛竜の産地だ。丁度良い」


「相変わらずちゃんと話聞いてますよね、ジュリアスさん。……まさか、ヘリオス君のお嫁さんを買おうと思ってます?」


「雌の飛竜なら、雄よりも希少性は低い。手に入る可能性はある」


「高いですよね、飛竜。シリル様にお金もくださいって頼んでおけばよかった……」


 飛竜の話になったからか、ジュリアスさんの機嫌が治った。 

 けれど飛竜愛好家のジュリアスさんの気持ちが今の私には結構わかる気がする。


「帰りましょうか、ジュリアスさん。このところずっと忙しかったですから、まずは、ゆっくりしましょう?」


「そうだな」


「たまには、歩いて帰りませんか。もし、良ければですけど」


「あぁ、お前がそうしたいなら」


 私は恐る恐る、ジュリアスさんの手に自分の手を絡めてみた。

 しっかり握り返してくれた手のひらが力強くてあたたかい。

 ジュリアスさんのお気に入りの黒いローブをロバートさんの店で買って帰ろう。

 ーーそんな些細な日常が、今はとても幸せなことのように思えた。


長らくお付き合いくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、感想ともどもとても感謝しております。

これで一旦完結になりますが、まだ解決していないことが沢山あるので、続きを書きたいなとは思っています。

お読みくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
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[良い点] とても面白かったです ビジュアルが頭の中と一致しててより楽しめそうなので、 書籍版を近いうちに買ってきます!
[気になる点] 雌の飛竜は人を乗せないけど、雌の方が希少性は低い。 ヘリオスきゅんの子供を騎乗用の飛竜にしたいってことでしたが、確率低いのでは……? 卵の状態で一定条件をクリアすると雄で産まれる(何も…
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