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【書籍化】捨てられ令嬢は錬金術師になりました。稼いだお金で元敵国の将を購入します。  作者: 束原ミヤコ
捨てられ令嬢は奴隷剣士を購入します。

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新しい朝、続く日々 1



 ロキシーさんや街の皆さんに揉みくちゃにされる私を、ジュリアスさんは少し離れたところで見守ってくれていた。

 ジュリアスさんの元にもお礼に行く子供達やおばちゃんたちの姿もちらほらあって、それからーージュリアスさんに対して蟠りがあるだろう兵士の方々も声をかけてくれている姿を見ることもできた。

 ジュリアスさんは腕を組んだまま愛想の悪い対応をしていたけれど、百戦錬磨の商店街のおばちゃんたちからしたら「無愛想なところが素敵じゃないの、クロエちゃん!」だそうだ。

 魔物が街に溢れて怖い思いをしただろうに、皆元気そうだった。

 皆で祝杯をあげようというロキシーさんの誘いを丁重に断って、私とジュリアスさんはいつもの私の錬金術店へと戻ることにした。

 残念がるロジュさんを引っ張りながら、ロキシーさんは多少の怪我を負っているものの元気そうな傭兵団の方々や商店のおじさんたちと、「今日ぐらいはぱあっと飲みましょう!」と言いながら帰っていった。

 皆それぞれ無事を確かめ喜びながら、それぞれの帰路につく。

 無事でなかった人もいるだろうし、壊されてしまった家もあるだろう。後片付けも、心の整理も大変だとは思うけれど、街の人々は強く、明るい。私は帰って行く人たちの背中を、眩しいものを見るような眼差しでしばらく見つめていた。

 外壁が所々焦げたり、店先の花壇が崩れたりしているけれど、お店は比較的無事だった。

 ジュリアスさんは普段話をしないような人たちから話しかけられたり、お礼を言われたりして気疲れしてしまったのだろうか、戦っていた時よりも幾分か不機嫌そうで、疲れて見えた。

 空を楽しそうに飛んでいたヘリオス君は、皆が広場からいなくなった頃を見計らって指輪の中に戻って貰った。

 人が減った広場に音もなく降り立ったヘリオス君は、私の首筋に鼻筋をくっつけてしばらくの間甘えていた。私はその艶々とした滑らかな硬い鱗に覆われた皮膚を撫でながら、ヘリオス君の愛らしさを噛み締めていた。

 できればずっと撫でていたいけれど、そういう訳にもいかない。

 広い敷地のあるお屋敷が欲しい。毎日ヘリオス君と戯れられる生活とか、幸せに違いない。

 ジュリアスさんはもう私がヘリオス君に触れても、文句を言ったりしない。

 気疲れのせいか疲弊して見えたジュリアスさんは、ヘリオス君の姿を見て多少の元気を取り戻したらしく、私に甘えるヘリオス君を見て口元に笑みを浮かべていた。

 相変わらずの飛竜愛好家ぶりである。

 なんだかいつもの日常に戻ったみたいだ。

 戻らないことはーー沢山あるのだけれど。

 それでも今だけは忘れて、全てが終わったことにしてしまいたい。

 

 錬金術店に戻った私たちは、お風呂に入って着替えを済ませることにした。

 どちらが先にお風呂に入るかという話になり、ジュリアスさんの体を魔法錠の制約のせいで傷だらけにしてしまった申し訳なさと、助けに来てくれた感謝の気持ちから先を譲った私に、ジュリアスさんは「一緒に入るか?」などと言ってきたので、流石に照れてしまった私は逃げるようにして調理場へと向かった。

 冗談だとは分かっているのだけれど、意識してしまう。

 改めて二人きりになるとーーどうして良いのかわからなくなってしまうわね。

 家の中はいつも通りで、特に壊れている箇所も見当たらなかった。

 作り置きしてある鍋の中の豆のスープも無事だし、保存してあるパンも干し肉も、干し魚も、野菜も無事だ。

 もう一度煮え立たせるために火にかけた豆のスープの入った鍋を見つめながら、私はそっとため息をついた。

 ぷつぷつと沸騰してくるスープはトマトを入れたので赤い色をしている。

 小さく切った加工肉と、三種類ぐらいを適当に入れた豆と、細かく刻んだ玉ねぎとニンジンなどの捨ててしまう部分、いわゆるくず野菜がスープの中で浮き沈みをしている。

 アリザが死んでしまって、シリル様の手がなくなって、お父様はーー私を大切にしてくれていて。

 それなのに私は、豆のスープを煮込みながらジュリアスさんのことを考えていて。

 なんだか、色々なことが間違っている気がした。

 浮ついた気持ちになんてなっている場合じゃないはずなのに。


「クロエ、服がない」


 ジュリアスさんが調理場へと顔を覗かせた。

 黒いズボンを履いているのに、上半身は何故か裸で、大きいタオルを肩からかけている。

 金色の美しい髪からは水の雫が滴り、鍛え上げられた上半身には至る所に傷跡が残っている。


「……服、ありますよね! たくさん買ったじゃないですか」


 私は鍋をかけている火を一旦消して、ジュリアスさんの体を押すようにしながら寝室へと戻った。

 ジュリアスさん用のクローゼットの中には、普段着が数着洋服がけにかかっている。

 洗濯は毎日しているので、服が足りなくなるようなことはない筈だけれど。

 私はジュリアスさんの髪の毛を魔力切れを起こしながらも、微かに残っていたほんの少しの魔力を使い、温風魔法で乾かしてあげた。

 ぶわっと風が当たって一瞬で乾く金色の髪を眺めるのが、私は結構好きだ。

 しっとり濡れている髪も艶があって良いのだけれど、すっかり乾いた時のジュリアスさんを見ると、濡れた大型犬を洗った後のような達成感を味わうことができる。

 濡れた大型犬を洗ったことは何度かある。錬金術店が儲からなかった最初の頃は、何でも屋のようなことをしていたからだ。犬の散歩や犬のお風呂などの依頼は意外と多かった。


「破れたローブ。取っておいてあるだろう。あれが着たい」


「どれだけあのフリーサイズのローブがお気にいりなんですか。なんで捨ててないのを知ってるんですか」


 ジュリアスさんは私が隠しておいた、北の魔の山で破けてしまった黒のローブを御所望らしい。

 所々破けた箇所を縫って私の寝巻きにしようと思っていたから隠してあったのだけれど、何故か知られている。


「新しいのを買ってあげますから、他の服で我慢してくださいな」


「……仕方ない」


 ジュリアスさんは渋々、適当な服をひっぱりだして着てくれた。

 それはどちらかというと体よりも大きめなゆるっとした飾り気のない黒い服で、ジュリアスさんは着心地が良い楽な服が好きなんだなぁと、その様子を眺めながら思った。

 私は部屋に戻ってきたので、お風呂に入ることにした。

 赤いエプロンドレスは、色んなところに血がついて黒ずんでいるし、破れている。

 勿体無いけれど、捨ててしまった方が良いだろう。

 もしかしたらシリル様がお詫びに慰謝料なんかをくれるかもしれないし。そうしたらもう少し良い服を買おうかしら。

 まずは、ジュリアスさんの黒いローブを買わないといけないわね。

 ロバートさんのお店は無事だったのかしら。ロバートさんのことだから大丈夫そうな気がするけれど。


「少し、寝る」


 ジュリアスさんはお風呂に向かう私に声をかけてくれた。

 私はひらひらと手を振って「ゆっくり寝ててくださいな」と言葉を返した。

 今まではなんとも思わなかったやりとりだけれど、意識してしまえば、いちいち気恥ずかしい。

 この調子で私はーーこれからやっていけるのかしら。

 まだ、気持ちさえ伝えることができていないのに。

 それにーー今回のことは、私のせいだ。

 私にはよくわからないのだけれど、アリザの体から現れたメフィストは、私のことを知っているような口ぶりだった。

 倒すことが、できなかった。

 つまりこれからも危険なことがあるかもしれないということで。

 ジュリアスさんとヘリオス君は、私と一緒にいるべきじゃないのかもしれない。

 あたたかいお湯の中に体を沈めながらふとそう思う。

 胸がつきんと傷んだ。泣きそうになってしまった私は、ぶくぶくとお湯の中に頭を沈めて目を閉じた。


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