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【書籍化】捨てられ令嬢は錬金術師になりました。稼いだお金で元敵国の将を購入します。  作者: 束原ミヤコ
捨てられ令嬢は奴隷剣士を購入します。

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縮まる距離と不穏な朝 3



 夜の闇に紛れて、頭の上から足の先まで真黒な衣装に身を包んだひとたちに私たちは囲まれた。

 月明かりの下なので黒い影のように見えるけれど、そのひとたちは目の部分だけが空いている黒装束に身を包んでいて、それぞれが短剣のようなものを手にしている。

 微かな光に照らされて短剣は鈍く光っていた。

 人数は、五人以上はいるだろうか。明らかに私たちを狙っている、暗殺者――という印象である。


「……動くな、クロエ」


 ジュリアスさんは剣の柄に手をかけた。

 私は目を見開いて、ジュリアスさんに慌てて声をかける。


「ジュリアスさん、……殺さないで、くださいね」


「何故? 情をかけろというのか?」


「そうじゃなくて……、そうじゃないんですけど、でも駄目です」


 暗殺者に見えるけれどそうじゃないかもしれない。

 ジュリアスさんのことを憎んでいる方たちは王国には沢山いると、ロバートさんが言っていた。

 陽気で快活なロジュさんでさえ、ジュリアスさんの事を「憎くても、力を借りたい」とはっきり口にしていた。ジュリアスさんがヘリオス君と共に飛来するたびに戦場で兵の首が飛んだとなんでもない事のように言っていたけれど、そこにはロジュさんの友人や知人や、もしかしたら大切なひとだって、いたかもしれない。

 だとしたら、暗殺者はジュリアスさんを狙っていると思うのが妥当だろう。

 それは暗殺者なんかじゃなくて、そんな風体だけで、服の中に隠されているのはジュリアスさんを恨んでいるただの街の人かもしれない。

 殺すのはいけない。

 もう戦争は終わっていて、ジュリアスさんは人を殺す必要はない。少なくとも私がジュリアスさんの主でいるかぎりは、もうそんなことはしなくて良い。


「仕方ない」


 異界の門番でさえ打倒してしまうジュリアスさんにとっては、ただの人間なんて敵ではないだろう。


「……殺せとの命令だ。悪いな」

 

 影の一人が言った。

 声とともに襲い掛かってくる黒い影たちを、ジュリアスさんは抜刀せずに鞘に入ったままの剣で軽々とひとり、またひとりと地面へと沈めていく。

 それはあっという間だった。力の差は歴然で、ジュリアスさんには暗殺者たちの短剣の切っ先すら届かなかった。

 地面に倒れている一人をジュリアスさんは足で蹴ってごろりと仰向けにさせる。

 それから布に包まれた顔の唯一あいている双眸の前に鞘に入ったままの剣の先端を向けた。


「殺しに来たにしては手ごたえがなさ過ぎる。本気で殺す気はないな。他に目的があるだろう。誰からの命令だ?」


「それは、言えない。……すまないな。……透過、浸潤」


 暗殺者が短い詠唱を唱えると、その体は地面に同化するように溶けていく。

 見たことのない魔法だった。男が溶けて消えると同時に、倒れていた複数人もばたばたと音を立てながら逃げていく。

 一体何だったのかと思うほど、あっけなく騒がしい終わりだった。

 ジュリアスさんは男が消え失せた地面を見下ろして難しい表情を浮かべている。


「……ジュリアスさん、ありがとうございました。怪我はないですか?」


 ジュリアスさんの後ろで見ているだけだった私は、遠慮がちに声をかける。


「あぁ。本気で殺しには来ていない。……俺を恨んでいる連中かと思ったが、殺気も感じられなかった」


「寒くなってきましたし、寝不足で考えても良い事ないので、帰りましょう?」


 足元から体に絡みついてくるような粘ついた嫌な予感を感じていたけれど、私は極力なんでもないように言った。

 ジュリアスさんはそれ以上何も言わずに頷いてくれた。


 私が嫌な予感を感じるぐらいなのだから、ジュリアスさんはもっと何か感じていたのだと思う。

 部屋に戻って寝衣に着替えても、ベッドサイドに座って暫く難しい顔で考え事をしているようだった。

 普段あまり悩む様子も無くて、私から奪ったベッドですぐに眠ってしまうジュリアスさんなのにとても珍しい。

 私はいつものようにソファに横になろうとしたけれど、ジュリアスさんがまだ起きているようなので、ベッドサイドに座っているジュリアスさんの横に座ってみることにした。

 横に座っても特に嫌がられるということはなかった。ジュリアスさんが座っているのは私のベッドのなので嫌がられる心配をすることがおかしいのだろうけれど。

 時刻は午後十一時を示している。そろそろロキシーさんのお店が閉まるころだ。もっと真夜中かと思ったけれど、出かける時間が早かったからそこまで遅い時間というわけでもない。

 夜になるとすぐ眠ってしまう私にしては、夜更かしをしているのだけれど。

 カーテンの開けられた窓の外には噴水のある広場が見える。誰かが私たちを見張っている、ということはなさそうだった。

 もう寝ようと思っていたので、ランプは消してしまった。

 暗闇の中でジュリアスさんの金色の髪が、窓から差し込む月明かりに薄く光って見える。


「……クロエ。……ロジュという男とは、昔からの知り合いだったのか?」


 ジュリアスさんが、口を開いた。

 視線は窓の外を見つめている。ロジュさんの話になるとは思っていなくて、私は一瞬口ごもった。


「え、ええと……、……そういうわけじゃないです。ロジュさんは私と同じ学園に通っていたって言ってましたけど、私はセイグリット公爵家の長女でしたし、ロジュさんは騎士科の生徒で、グレゴリオ……という名前の貴族は、私は良く知りません。騎士科は、騎士の家系の子供ならだれでも入れますし、庶民の方でも試験に合格すれば入れるので、……ロジュさんのことは知りませんでした」


「そうか。……クロエ。お前の話が聞きたい。お前の声を聞いていると多少、気が晴れる。どうにも、据わりが悪い。気になることがある。……お前の昔の話を、聞いても良いか?」


「……いつもうるさいって言うくせに」


「うるさいぐらいによく喋るとは思っている」


「でも、声、聞きたいんですか?」


「あぁ」


 変なの、と私は心の中で呟いた。

 私は疲れていたし、少し眠かったので、ベッドにぽすりと横になった。

 横になったせいでジュリアスさんの背中だけが視界に入るようになると、多少気が楽になった。

 今日は色々あり過ぎて、まだ気持ちがぐらぐらと揺れて落ち着かない。

 ひとつひとつを考えると気づいてはいけないことに気付いてしまいそうになるから、私はジュリアスさんに言われたとおり、昔の私を思い出すことに専念した。

 それにしても久々のベッドの感触だわ。背中がやわらかい。やっぱりソファとは違うわね。


「……長い話と短い話、どっちが良いですか?」


「長くて良い」


「寝れなくなっちゃいますよ」


「構わない」


 ジュリアスさんは、短い言葉で返事を返してくれる。

 随分と今日は素直だ。返事の合間に嫌味の一つ二つが混じるのがジュリアスさんなのに。


「私は……、セイグリット公爵家の長女として、生まれました。……ごく普通だったと思います。私みたいな髪の色と目の色をした、綺麗で優しいお母様が居ました。お母様の名前は、セレスティア。セレスティア・セイグリット。……綺麗で、優しくて、病弱なお母様で……、夜の九時過ぎたらご飯を食べたら駄目だと教えてくれて、それから……、怖いものを見ようとしたら駄目だって言っていました。怖いものからは逃げなさいって、言っていました」


「怖いもの?」


「分からないけど、……多分子供のころの話だし、私は臆病で、暗い廊下とか、人の足音とか気配とか……、軋む家の音とか、そういうのを怖がってお母様のベッドに入り込んでいたんですよ。お母様は私を撫でて、怖いものは見てはいけないと言いました。お母様は体が弱いからそばに行っては駄目だと、お父様に何度か叱られたことがあります。……お父様、……怖いぐらいに物静かな人だったけれど、お母様のことを愛していた、気がするのに。……おかしいなぁ。どうして、なんでしょう」


 過去の事をこうして反芻しながら誰かに話すのは、これが初めてだ。

 なるだけ考えないようにしていた。考えたって苦しいだけだから、目を背けていた。

 けれど、口に出しているからか、ジュリアスさんが静かに聞いてくれているせいか、どうにも違和感を覚えた。


「どうして……、浮気、……していたのかなぁ。……お父様はずっと家にいて、お仕事も家でしていた気がするのに。お母様の具合があまりよくないから、滅多に出かけない人で、……お母様のお部屋に、良くいた気がするんです。二人でよくお話をしていました。お父様、私とはあまり話してくれなかったけど。……ジュリアスさん、それって、愛し合っていたってことにならないですか?」


「さぁ、……どうだろうな。お前の話を聞いた限りでは、少なくとも不仲なようには思えないが。俺も……父や母については、それほど詳しく覚えていない。……少なくとも俺は不自由していなかったし、普通、だったように思う。それでも最後は裏切りを糾弾され処刑されたのだから、幼い頃の記憶など曖昧なものだ」


 ジュリアスさんも昔の事を思い出しているのだろう。

 途切れ途切れに、ゆっくりと話をしてくれた。

 十五歳で戦場に出たジュリアスさんだけれど、それまではヘリオス君を育てたりしながら、公爵家嫡子として幸せに暮らしていたみたいだ。

 ジュリアスさんのご両親も、私のお父様とお母様と同じ。ジュリアスさんにも幸せな時代はあったのだと思うと、救われたような気持になる。

 別の国で、違う時間を過ごしてきたけれど、私達はどこか似ている気がする。ジュリアスさんの方が私よりもずっと辛い思いをしているだろうけど。


「うん。……そうですね。それで、お母様は私が十三歳の時に、ご病気で亡くなりました。何の病気なのかは、良く分かりません。お父様は私のことなんて忘れてしまったみたいに、ずっと一人で塞ぎ込んでいるように見えました。……そうしたら、継母のリザリアさんと、アリザちゃんが我が家に来たんです」


「シリルと結婚した、お前の妹だな」


「そうです。私は二人の事を、詳しくは知りません。私より一つ年下なだけのアリザちゃんが、私の妹ということに吃驚してしまって……、最初の頃はよく理解、できませんでした。……お父様はアリザちゃんだけを可愛がるようになって、私を怒鳴ったり、怒ったり、するようになりました。……アリザちゃんは元気で明るくて、可愛い子でしたから、……気が弱くて、自分の意見をちゃんと言えない私を見ていると、苛々したのかなって思います」

 

「学園とやらには、それから行ったのか?」


「はい。アストリア王立学園、ですね。王都の東に今でもありますよ。街みたいに大きな学園です。貴族の子供を受け入れる場所で、私は寮に入りました。セイグリット家から離れられて、ほっとしたことを覚えています。……アリザちゃんも一つ年下なだけでしたから、すぐに同じように学園に通うようになりましたけれど。ジュリアスさんは戦場を巡っていたのに、私達は、呑気に学園でお勉強なんてしていて、……戦争中なのに、平和なものですね」


「皇国の中央も似たようなものだ。……俺の立場が異端だった。それで、……シリルとは、婚約者だったんだろう、お前は」


 ジュリアスさんがシリル様について詳しく聞いてくるなんて珍しい。

 興味がないと、言いそうなのに。

 私はシリル様について思い出す。シリル・アストリア様。私よりも一つ年上だから、まだ二十一歳だろう。ロジュさんよりも年下。ジュリアスさんよりももっと年下。そう思うと、若いわね。

 アリザちゃんと無事に結婚して、即位なさっている。暫く顔を見ていないし、見たいとも思わないけれど、元気なのかしらね。興味もないし、どうでも良いけれど。



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