納品と違和感 1
北の魔の山から戻ってきた翌日、私は錬金部屋に籠って依頼の品の錬金にとりかかっていた。
ジュリアスさんはよく働いてくれたので、部屋で寝ていても良いと言ったのだけれど、何故か私にくっついてきて錬金部屋の椅子に座って剣の手入れをしたり、ヘリオス君を収納している指輪を眺めたりしていた。
ジュリアスさんは私のことをうるさいとか、阿呆だとか言うわりに、一緒にいたがる気がする。
もしかしたら寂しがり屋なのかもしれない。
「できた! 今回も素晴らしい出来だわ! クロエちゃん天才、クロエちゃん美少女!」
錬金釜に魔力を込め続けて半日、完成した真実のモノクルを手に取って、私は自画自賛した。
剣の手入れも終えて、指輪の中に小さく浮かび上がった竜の姿として収納されているヘリオス君の観察にも飽きたらしいジュリアスさんは、腕を組んで一人掛け用の椅子に座って先程から寝ているようだったけれど、私の声に覚醒したらしくぱちりと目を見開いた。
「……お前は、凡庸な顔立ちをしているのにそんな言葉で自分を褒めて、虚しくならないのか?」
「うるさいですよジュリアスさん。自分で自分を褒めてあげることは、生きていくためにはとっても大切なんですよ、分かってないなぁ」
特に私のような元々気が弱くて自分に自信のない人間は、言葉での励ましが重要なのである。
ジュリアスさんは強くて堂々としているから、自己暗示の大切さを分かっていないんだわ。
美形に生まれて良かったわね、ジュリアスさんめ。私だってそんなに凡庸な顔立ちじゃないわよ、それなりに可愛いわよ。手入れは怠っているけれど。
私は心の中で文句を言いながら、真実のモノクルを眺める。
一見黒縁の丸眼鏡の形をしている錬金物である。材料費と手数料と諸々の経費を含めて総額五十万ゴールドといったところかしら。あまり高値をふっかけてしまうと、お客さんが離れていってしまうかもしれない。
商家のご主人の払える値段としては、妥当なところだろう。
「さて、私はコールドマンさんのところにこれをお届けにいきますので、ジュリアスさんもついてきてください」
私は真実のモノクルを小箱にしまうと、黒い紙袋に入れた。紙袋には、『クロエ錬金術店』の文字が金で箔押ししてある。印刷屋さんで作って貰っている紙袋である。
こういった気配りもお店が繁盛するためには重要だ。紙袋が可愛いというだけで、若いお姉さん方の心を鷲掴みできる。
「本当は待っていて貰っても良いんですけど、首輪にかけた契約がありますので……」
「お前の傍を離れず、嫌がることはしない、だったな」
「はい、そうです。ちゃんと覚えていてえらいですね」
私はジュリアスさんを褒めた。
よくできたことを褒めるのも、良いご主人様の務めだと思う。
「傍に居なきゃいけないというのは、ジュリアスさんが私の元から逃げて、なにかとんでもない罪を犯したら嫌だから、……だったんですけど、ジュリアスさんがちゃんとお話しできる普通の人だと分かったので、もうその契約は解いても良いんですけどね」
「やめておけ。逃げ出して、王の首を取りに行くかもしれないからな」
「……さてはまだ、国を簒奪してヘリオス君を飼う敷地を手に入れる事を諦めていませんね」
「それもあるが……、お前の話には妙なきな臭さを感じる。お前は阿呆だから気づかなかったんだろうが。お前の父は処刑されたというのに、お前が生かされていることが妙だ」
椅子から立ち上がったジュリアスさんは、お店の外へと向かう私の少し後ろを歩いた。
今日は魔物討伐の日ではないので、ジュリアスさんは黒いぶかぶかしたローブに身を包んでいる。これは私がジュリアスさん購入初日に着せてあげた服なのだけれど、なんだかよく分からないが気に入っているみたいだ。
腰に革ベルトを巻いて帯剣しているので、飾り気のないゆるっとしたローブを着ていても案外様になっている。
私は相変わらずのエプロンドレスに、頭には三角巾をつけている。今日は赤色にした。赤か、青か、黒ぐらいしか無いので、街の人たちには「今日は赤だね! 明日は晴れかな」などとすれ違いざまに良く言われる。
私の着ている服と天気に因果関係は無いと思うのだけれど、私が赤いエプロンドレスの日は縁起が良いと言う奇妙な迷信まであるらしい。完全なる迷信である。
私は王国一ついていない女なのに、不思議なものだわ。
「……生きていちゃ駄目なんですか」
ジュリアスさんの言葉に引っかかりを感じて、私はお店の入り口に鍵を閉めながら小さな声で文句を言った。
玄関に吊り下げられている鳥籠の中にふわふわ浮かんでいる、混沌の眼差しこと瞳ちゃんが、『いってらっしゃい、クロエちゃん』と可憐な声で言ってくれる。今日も可愛い。瞳ちゃんは可愛い。
「別に駄目とは言っていない。妙だと言っただけだ」
「私が凡庸な顔立ちの王国一ついていない女だとしても、生きる権利ぐらいは認めて下さいよ」
珍しくご機嫌を損ねた私は、ぷいっとジュリアスさんから視線を背けるとコールドマン商会のある街の東地区へと向かった。
ジュリアスさんは機嫌を損ねた私を気にするでもなく、私の隣を歩いている。私が話しかけない限り当然無言が続く。別に居心地は悪くないのだけれど、子供じみた態度をとってしまった事に罪悪感を覚えた。
ジュリアスさんには悪意があるわけじゃないのに、怒ってしまった。
私――誰かに対して怒ることって、昔から苦手だったのに。
だからいつも、へらへら愛想笑いを浮かべながら生きていたのに。それはセイグリット家でも学園でも、ずっとそうだった。そして今も、ずっとそう。
「……あの」
「なんだ」
「……今私、大人げなかったですね。ごめんなさい」
「お前は別に大人じゃない。大人げないのは当たり前の事だろう」
「大人です、二十歳です、立派な大人です」
ジュリアスさんは私の態度について特に気にした様子もなく、いつも通り言葉を返してくれる。
私は内心安堵した。これからもずっと一緒に居るのに、関係性を悪くしたくない。
「三年前までは、公爵家のお嬢さんだったんだろうお前は。一人で生きるようになってたったの三年、つまりは三歳程度の知能しかない幼子のようなものだ」
ジュリアスさんは私を一瞥して、言った。
小馬鹿にしているような印象はない。事実を事実として伝えているような、淡々とした口調だった。
「なんですかそれ、まるでジュリアスさんは大人みたいな言い方じゃないですか。まだ二十五歳の癖に。私よりも五年ばかりお兄さんなだけじゃないですか」
「……俺とお前は違う」
「そりゃあ、違うでしょうけど」
なんだろう。妙に心が騒めく。
戦場に出ていたらそんなに偉いのかと言ってしまいそうになった自分を、私は深呼吸をして落ち着かせた。
子ども扱いされたからだろうか、それとも私とジュリアスさんの間の明確な距離を示されたからだろうか。
深く考えるのはやめよう。私はいつも明るく朗らかな街の人気者、美少女錬金術師クロエちゃんなのだから。街を歩きながらジュリアスさんと喧嘩していたら、『クロエちゃんが恋人と痴話喧嘩していた』などといった噂が立ってしまう。
「……クロエ。……つまり、俺が言いたかったのは、お前が生かされたのには何か理由があるんじゃないかということだ。妹は第一王子の妻になっているのに、セイグリット家の公爵が処刑され、どう考えても無関係な善人のお前が投獄されるのはおかしい。義理の母とやらは、どうなったんだ?」
「……死にましたよ」
私はもう過去の話はしたくないのに。思い出したくないのにジュリアスさんが色々と考察してくるので、仕方なく教えてあげることにした。
「死んだ?」
「そうですよ。継母さんは、死んじゃいました。私が投獄されて、お父様が処刑された日。セイグリット家は焼き討ちにあって、継母さんは逃げ遅れて死んでしまったらしいですよ。……大切なお母さんを亡くしたアリザちゃんは、悲劇のヒロインとして大衆に人気がありますよ」
「どこが、悲劇なんだ? 喜劇の間違いじゃないのか」
「だって継母さんは無実なのに焼け死んじゃったんですよ、悲劇じゃないですか」
「……どう考えてもおかしいだろう」
ジュリアスさんは眉間に皺を寄せて、頭が痛そうにこめかみに指をあてた。
まぁ、おかしいといえばおかしい状況なのかもしれないけれど。
でもあるといえばありそうな話だし、実際それが起こってしまったのだから仕方ない。
公爵家の使用人たちも何人か犠牲になったようだし、アリザだけは学園にいたので無事だったのだ。因みに私も投獄されていたので無事だった。
それを知ったのは、割と最近の事だ。噂や、新聞記事などを見て、あぁ、そうなの、と思った。
もう私には関係ない。今更掘り起こしても仕方ない。
ジュリアスさんはやけに興味を持っているようだけれど、王家を簒奪したいからだろう。
ヘリオス君の為ならどこまでもやる気を出せるようだ。




