ブレーメンの聖夜祭
「ふんだ、ふんだ、ふんだ!」
そんな声を上げて家に帰ってきたのは、驢馬の少女でした。
「なによ皆。
もう、知らない!!」
両手には、たくさんのビニール袋を提げています。
ぱっと見ただけでも、大きなホールケーキや、某チキン屋さんのバレル、炭酸飲料のペットボトルが見えます。
それらを全部机の上に放り投げて、少女はソファーの上にうつぶせに寝転がりました。
「みんな直前まで、何の予定も無いって、言ってたじゃない!」
……少女の部屋は、紙で出来た輪っかや万国旗などで賑やかに彩られていました。
わざわざ急ピッチで仕上げたと思われるクリスマスツリーや。
赤い帽子をかぶせて無理矢理サンタクロースに似せたぬいぐるみ。
そう。
まるで、クリスマスパーティーをするみたいです。
溜息を吐きながら、驢馬の少女は一昨日の出来事を思い出します。
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『ねえ北ちゃん、ちょっと相談があるんだけど』
『ん? なあに、お母さん』
『隣の新蹴さんが町内の福引で熱海1泊2日のペアチケットを当てたみたいでね』
『へえ~、あそこの福引、一応当たり出るんだね』
『で、お隣さん、12月24日にそこに行く予定だったみたいなんだけど。
家庭の事情で、今日、急に引っ越ししなくちゃいけなくなったみたいで。
私たちにそのチケット、いらないか?って聞くのよ。
貰わなかったら、無駄になっちゃうし、もったいなくてねぇ』
『ふーん……。
……そう言えば、小犬丸くんたち、クリスマスは暇って言ってたな。
……良いんじゃない?
チケット貰っちゃって、お父さんと二人でクリスマスがてら、行って来たら?」
『良いの?
じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら』
『それで、もしよかったら、私は友達呼んで家でクリスマス・パーティーしたいんだけど』
『あら、お友達?
北ちゃんに?
出る前に、挨拶した方が良いかしら。
泊まるとなったら、あちらのご家族にも電話しないとね』
『ああ、そういうのは良いから!
大丈夫、みんなの家族にも私から連絡しておくし!!』
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唐突に決まったサプライズ・クリスマス・パーティー。
それからは大忙しです。
ケーキもチキンも予約でいっぱいのところを無理矢理捻じ込んで貰って。
たくさん食べそうな人のために、あちこち食べ物の予約を取って。
12月23日、せっかくの休日を棒に振って、なんとか形にした今日のクリスマス・パーティーだったのですが。
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『ごめんなさい、驢馬塚さん!
今日は、どうしても外せない用事が出来てしまいました!』
『ああ……今日は、暇なんだけど、宗教上の理由で外に出られないの』
『うォ、マジか……金が無ェから真夜中までケーキ屋のバイト、入れちまったヨォ……』!?
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……なんと、ものの見事に全員が空振りだったのです。
「うう……はあ……。
せっかく買ったのに……。
こんなに食べれないよ……どうしよ……」
驢馬の少女は失意のどん底で、恨めしそうに机の上のビニール袋を眺めていると。
……ピンポーン……
玄関のチャイムが鳴りました。
「……え?」
もしかして。
驢馬の少女は、少しだけ期待して扉を開けます。
「こんばんはー、メリークリスマス!」
そこにいたのは。
サンタのコスチュームを着た。
……ピザとお寿司を宅配する、お兄さんでした。
「全部で12000円です!」
「あ、あ。
あ、はい」
「ちょうどですね、有難う御座いました~!」
お兄さんは、白い髭を楽しそうに撫でると、去っていきました。
「……ああ、そういえば宅配も、今日のために頼んだんだっけ。
参ったなあ。
……チキンとピザはまだ大丈夫だけど、お寿司は今日中に処理しないとマズイぞ……。
しかも……こんなに、たくさん」
独りでそんな事を言っていると。
何だか凄くみじめになってきて、驢馬の少女はぽろぽろと泣き出しました。
「ぐぐうう……ええい、いいや、今日は、独りを楽しもう!!」
グシグシと顔をこすると、昨日の内に借りてきたDVDをデッキに突っ込んで。
勢いよくポテトチップの袋を開けました。
ちなみにDVDは『ホーム・アロ〇ン』。
本当は、みんなで爆笑するために借りてきたのに。
完全に、裏目に出たのでした。
「くそー!
カ〇キン少年、泥棒を殺せ―!」
驢馬の少女は過激な発言をしながら、ペットボトルの炭酸飲料水をゴブゴブと飲み干すのでした。
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「あれ?」
驢馬の少女は、商店街の真ん中に立ち尽くしていました。
おかしなことに、クリスマス・イブのはずなのに、人通りは全くありません。
ふと、手を見ると。
1枚の紙が握られていることに気が付きました。
あ、そうだ。
これを買ってこなくちゃいけなかったんだ。
でも、なんで?
自分のすることを思い出した驢馬の少女は。
現状を少し疑問に思いましたが、とりあえず買う物の内容を確認します。
『次の2つの物を買ってきてください。
①
A それは、食べる物なのに、”捨てる物”です。
B それは、生命維持に欠かせないな物なのに生命維持に不必要な物より価値が劣ります。
C それには、蜂の巣や鉄砲、笛やネクタイなどの種類があります。
②
A それは、見る物なのに”聞く物”です。
B それは、古い物でも”新しい物”です。
C それは、正しい方向からも、間違った方向からも読むことが出来ます』
「ふむ」
驢馬の少女は、ちょっと考えて答えを出します。
……なんでこんなわけの分からない物を買わせられるのでしょうか?
疑問に思いながらも、フラフラと商店街を移動し始めました。
……ゴーン……
買い物を終えた少女が、どこからか響いた鐘の音の方向に顔を向けると。
そこには、3つの鳥居が並んでいました。
驢馬の少女は、ほとんど無意識に、真ん中の鳥居を潜ります。
……ダム、ダム……、と何処からか、ボールを地面につく様な音が聞こえました。
次に2股に分かれた道があったので、そこを右へ。
タタタ、と何かが走り去る音が聞こえました。
更に2股に分かれた道があったので、今度は左へ向かいます。
遠くから、クリスマスを祝うオーケストラの音楽が聞こえてきました。
更に進むと、5人の子供が並んで座っていました。
驢馬の少女は、ポケットの中に手を入れると。
そこには、いつの間にか金貨がありました。
『キイキイキイ!』
突然、金貨が泣いたような声を上げました。
驚いた驢馬の少女は放り投げる様に真ん中の子供に金貨を渡します。
3番目の少女は、耳まで裂けた口で嗤うと、1つのビルを指差しました。
(ああ……これって、アレだ……)
驢馬の少女は、何となく、気が付きます。
指差されたビルの中に入ると、そこには階段がありました。
13階まで登らされるのか、と思いましたが。
今回は、たった13階段しかありません。
コツコツと登っていると、後ろの方でボソボソと声が聞こえた気がしました。
勿論、驢馬の少女は振り向きませんでしたが。
階段を登り切り、扉の前に立って、自分の時計を見てみると。
3時33分で、止まっていました。
がちゃりと扉を開けると。
大方の予想通り。
そこには、無限の教室が広がっていました。
「これは、一体、何?
……今度は一体、何がしたいの? ニッケルさん……」
驢馬の少女は静かにそう呟きます。
どうやらニッケルさんの思惑が読めないようです。
とりあえず、たまたまつけていた手袋を階段のそばに置くと。
一目散に『4年3組』に向かいます。
4年3組の扉の横には。
8つの箱が、置いてありました。
そのうち、4つの箱には既に何かしらの物が入っています。
1つ目には、バスケットボールが。
2つ目には、筋トレのマシーンが。
3つ目には、新品の指揮棒が。
4つ目には、オルゴールがあり。
そして、5つ目から8つ目までの箱は空っぽでした。
何となく、驢馬の少女は予想が付きました。
これは、彼らへのクリスマス・プレゼントなのだと。
生首バスケットの彼には、バスケットボールを。
人体模型には、筋トレのマシーンを。
真夜中の音楽室には、新品の指揮棒を。
花子さんには、オルゴールを。
驢馬の少女は、自分が買って来た物を袋から取り出すと。
順番を間違えないように。
5つ目の箱には、内臓肉を。
そして、6つめの箱には、新聞紙を、置きました。
カチャリ。
4年3組のドアの鍵が開く音が聞こえます。
驢馬の少女は扉に手をかけながら、箱を見つめています。
7つ目……無限教室の箱には一体何が入るのでしょうか。
8つ目のニッケルさんの箱に至っては、想像すらできません。
そして。
4年3組の扉の中には、一体何が待ち構えているのでしょう。
驢馬の少女は、ゴクリと喉を鳴らすと、意を決します。
ガラリ。
扉を開けると、そこには……。
……美味しそうな食べ物が、食べ散らかされてありました。
……シャンパンやらボジョレーやらの空き瓶なんかも、転がっています。
そこは、クリスマス・パーティー会場でした。
驢馬の少女が呆然としていると。
「……ああ、驢馬塚さん、遅かったですね!」
鶏の少年が、嬉しそうに此方へ手を振りました。
「なんだ北ちゃんはー。
今回も一番最後じゃないかー」
猫の少女が、ちょっと皮肉を込めて声を掛けました。
「おお、”驢馬塚”ァ!
俺も”今”来たところだァ。
まあ、”駆けつけ一杯”といこうかァ」!?
犬の少年が、グラスを掲げて、そんな事を言いました。
……何故だか、いつものメンツがそろっています。
しかも、みんな顔を、真っ赤にして。
「は、え、え、なんで?」
思わず辺りをきょろきょろ見渡すと。
先ほどの7番目の箱が、パァっと光りました。
7番目は、無限教室のプレゼントになるはずの箱です。
「……これが、無限教室の、望んだ物?」
驢馬の少女は、理解しました。
そうです。
ニッケルさんは、お世話になった7不思議の皆さんに、クリスマスプレゼントを上げたかったのです。
7不思議の内の6つは、実に即物的なプレゼントでしたが。
無限教室が望んだことは。
また、4匹が集まって、一緒にワイワイして貰う事。
そして、そのためだけに。
またもやニッケルさんは、4匹を呼びだしたのです。
驢馬の少女は、ニッケルさんのあまりの身勝手さに、呆然としていました。
……けれど。
「驢馬塚さんは、もうご飯食べちゃいましたか?」
鶏の少年が、七面鳥を切り分けてくれています。
「あ、北ちゃんは、私の隣ねー!」
猫の少女が、自分の隣の椅子をバンバンと叩いています。
「ここは『※』の中だから、酒を飲んでも大丈夫だぜ?」 !?
犬の少年が、真っ赤な顔で頼んでもいない葡萄酒をコップに次いでいます。
3人の笑い声に、肩を竦めると。
「……今回は、利害が一致したから……、ま、いっか」
溜息を吐いて、クリスマス・パーティー会場へ、足を踏み入れるのでした。
驢馬の少女は気づきませんでした……。
8つ目の箱……ニッケルさんのプレゼントの箱がボウッと光って。
楽しく飾り付けられた、驢馬の少女の部屋のミニチュアが現れた事に。
まあ、気づいたって、もう、遅いのですが。
ニッケルさんを信用する方が、間違っているのです。
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「北ちゃん!
何、この惨状は!?」
「ほえ?」
驢馬の少女が目を覚ますと、そこは。
勿論、自宅の、自室でした。
どうやらDVDを見ていたら、そのまま眠ってしまったみたいです。
何故だか怒っている母親の顔を見た後、驢馬の少女はあたりを見渡します。
「……え。
なにこれ」
あたりは……食べ物が食べ散らかされ、床も壁もベタベタに汚れていました。
まるで、7不思議がまとめて部屋にやってきて、大騒ぎをしたような惨状です。
机の上を見てみると。
注文していたお寿司やピザやケーキも、1つ残らず平らげられています。
チキンバレルに至っては、骨も残っていません。
驢馬の少女は、想像します。
肉も骨も気にせずに、バキバキゴクンと飲み込む、貴婦人の姿を。
驢馬の少女は、口元をヒクヒクさせながら。
部屋の惨劇にぽかんとしている母親に謝り倒しました。
すぐに片付けるから!と少女は叫んだ後。
改めて状況を確認するかのように、母親に尋ねます。
「……そういえば、お母さん。
隣から引っ越した人……母さんたちに熱海行のチケットをくれた人の名前って、なんだっけ?」
「あら?
言わなかったっけ。
新蹴さんよ。
なんだか、外人みたいな名前よねえ」
「チクショ―――――――!!」
今回も、驢馬の少女は。
泣いて、叫んで、苦しんで。
ニッケルさんを、満足させてくれたのでした。
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おまけ
「もう、みんな!
なんで急に忙しくなってるの!!
私は……わたしゃあああ!!
あんまりだあああ、うわああああああん!!」
「分りました、分かりましたから驢馬塚さん、落ち着いて」
「ちょ……ちょっと、野良犬……流石に北ちゃんに飲ませすぎじゃない?」
「絡み上戸かァ……」
「説明して貰うからね!
はい、まずは小犬丸くん!」
「あァ……”驢馬塚”や”クソ猫”は、鷹臨高校に行くつもりだろォ?」
「「……ふへ?」」
「俺ァ馬鹿だからなァ、高校出たいって言ったら親から笑われちまってよォ。
まあ、学費の足しにしようかと思って短期のバイトなんかやり始めたんだヨ」
「……」
「……」
「そうなんだすごいね!」
「な、流し過ぎだろ”クソ猫”ォ……」
「それでえ、たかなし君はあ、何があったの?」
「僕ですか?
僕もまあ、似たような物ですが……みんなと同じ高校に行きたくて、模試を受けてきました」
「え?
ガリベン君なら、現時点で左手小指だけでも合格するでしょう?
……っていうか、鷹臨高校の模試って、今日あったっけ?」
「いえ、鷹臨高校の模試じゃないです。
なんか親が、『お前は智絲高校に行き、いずれは東大へ入るんだ』って五月蠅かったので」
「智絲高校の模試でも受けてきたんかァ?」
「いえ、大学センター模試と、東大模試と、京大模試を、まとめて受けてきました」
「「「……は?」」」
「1教科20分くらいで解かないと間に合わなかったのでかなり大変でしたが。
何とか自己採点で全部満点を取ることが出来ましたよ」
「「「……は?」」」
「親も、『お前、もう良いよ、勝手にしろ』と言ってくれましたし。
これで大手を振って、鷹臨高校に行けます」
「……」
「……」
「「「そうなんだすごいね!」」」
「でえ、あきちゃんは、どうなのぉ?
しゅうきょおおお?
うそ、なんでしょ?」
「ええ!?
本当だよ!
『リア充撲滅教』の信者であるこの私が。
何が悲しくて『性の6時間』に起きてなくちゃいけないのさ!」
「……」
「……」
「え、え?
ガリベン君、野良犬、なんで両側から私を羽交い絞めにするの?
え、え?
北ちゃん。
そのケーキを振りかぶって、どうするつもり?
ちょ、ちょっと待」
ギャワー
おしまい。




