2人目
時刻は3時41分23秒、残り時間は18分37秒。
場所は1階校舎奥の階段、10の7乗階。
猫の少女は階段に座り込んで荒い息を吐き続けています。
目下には今まで上ってきた階段が、はるか先まで確認できます。
……もう、一歩も動ける気はしません。
「やっぱり野良犬くんは脳味噌キンニクンだなあ。
根暗ちゃんには速攻でばれちゃったみたいだけど」
猫の少女は少し笑うと、自分の嘘に「70点!」と及第点を付けました。
思い起こせる分では初めてついた嘘。
なんとか騙すことができてよかった、と猫の少女は胸をなでおろします。
素直に「これ以上歩けない」と申告することも猫の少女は考えたようですが。
きっと、犬の少年は納得しないでしょう。
無理を押してでも猫の少女を抱えて階段を上るに違いありません。
そうなると待っているのは、途中で力尽きてみんな仲良くゲームオーバーという結末だけです。
ふと、視線を前に向けると。
……先ほどは確認できた階段が、何故だか遠くの方から少しずつ暗くなってきています。
「……~~~~~~……」
そして階下から、唸るような、呪うような、わけのわからない声が聞こえてきます。
まるで、死を具現化したような、漆黒。
それが、瞬きするたびに近づいてきます。
唐突に、歯の根がガチガチと鳴りだしました。
少女は、やっと理解したのです。
自分が、死ぬと。
……そうです、おそらく数分後に、猫の少女は死にます。
「い、いやだ……し……死にたくない……」
ぽろぽろ泣きながら猫の少女は再度階段を上り始めます。
……が、体はもう限界なのでしょう。
10段も上らないうちに猫の少女はへたり込んでしまいました。
なんということでしょう。
覚悟を決めたはずなのに、いざ死ぬとなると、こんなに恐ろしいなんて。
鶏の少年も、同じ気持ちだったのでしょうか。
恐ろしい気持ちを隠しながら、それを押し殺して、モナリザに食べられていたのでしょうか。
猫の少女はいろいろな思いがごちゃ混ぜになって、胸がいっぱいになります。
「独りで死ぬのは嫌だ……独りは怖い……」
猫の少女は寒さを耐える様に体を両手で抱きしめて震えています。
少女は、今、気が付きました。
死ぬのが怖いのではなく。
独りで死ぬのが怖いことに。
少女が階段の先……友達の向かった先を見つめます。
と、その時。
「……~~~~~~……!!」
「……~~~~~~……!!」
階段を上った遥か先から、まるで階下から聞こえた幽霊の様な叫び声が木霊します。
猫の少女はその声に聞き覚えがありました。
「野良犬くんと、根暗ちゃんの声じゃん……。
なんか言い争っているみたい……。
あたしが2人を騙したことに気が付いたのかな」
犬の少年はきっと怒っているでしょう。
驢馬の少女はきっと泣いているでしょう。
驢馬の少女に羽交い締めにされる犬の少年の姿まで想像できて、猫の少女は涙を浮かべながらも、少しだけ、笑いました。
遠くにいますが、まるで近くにいる様な安心感。
猫の少女は、改めて、階段の下の暗闇を見返しました。
次第にその距離は、近づいてきています。
「……うん、怖いけど、大丈夫。
あたしは、独りじゃない」
そう確認すると、なんだか気持ちがすっかり落ち着いてしまいました。
達観の境地に入ったのかもしれません。
冷静になった猫の少女は、ふと、おしりのポケットに違和感を感じます。
「……あ、そういえば、さっきコピーしたっけ」
それは、先程図書館でコピーした例のなぞなぞでした。
「……ガリベンくんは、なにに気付いたんだろうな。
まあ、時間もあるし、あたしも解いて見ますか」
少女はその文章を、なんどか読み直して。
「……あぁ、なるへそ」
するっと、理解したようです。
「今の段階でなら、あたしでもなんとか解ったけど。
あの時点で理解するとは、流石はガリベンくん……」
そして、「あれ?」と声を上げて、携帯電話を確認しだしました。
確認している内容は、ルール説明が記載された、一番最初のメール。
なんどかそれを読み直して。
「あれ? え? じゃあ、もしかして、ガリベンくんはこれで?」
驚きの表情を浮かべた後。
今度は猫の少女は慌てています。
階段を上っている2匹の友達のことを思い出したからです。
2匹はギリギリのタイミングで幽霊階段のミッションをクリアするでしょう。
そして、すぐに次の……つまり、最後のミッションに移るはずです。
ということは、このなぞなぞに向き合う時間がありません。
それではダメなんです。
このなぞなぞを、解かなければ!
まず、猫の少女はそれを伝えるべく大声を上げようとして……止めました。
絶対に伝わらないし、最悪2人が降りてくる可能性もあったからです。
次に携帯電話を取り出して、文章を書こうとしますが。
「……あれ? も、文字が……打てない?」
携帯が壊れているのではありません。
自分の手が、その文字を打てないのです。
「なんで、なんで??」
猫の少女は最後の手段として、右手人差し指を手持ちの包丁で深く切ると、壁に血文字でメッセージを書こうとしますが。
やはり、手が動かなくて文字が書けません。
「どうして? 『※※※』って書きたいだけなのに……」
そう独り言を喋って、猫の少女は驚愕の事実に気づきます。
『※※※』という言葉すら、喋ることができなくなっているのです。
当たり前でしょう。
なぞなぞは自分で解くから面白いんです!
この空間では、『※※※』と言う言葉を誰かに伝えることが、できないのです。
「……どうしようコレ……」
少女はおろおろして何の気なしに階下を振り返ると。
階段の闇はすぐそこまで来ていました。
そして闇の中には、全身真っ黒な人間が、ぽつんと立ち尽くしています。
それが普通の人間でないことは一目瞭然です。
だって、身長が天井につくほど、つまり、4mくらいあるのですから!
「す……こ~~~~~~な……」
巨大で真っ黒なソイツは、何かをブツブツと叫んでいますが。
階段の4方の壁に反響して、何を言っているのかわかりません。
猫の少女が瞬きをするとそれに合わせて。
立ち尽くしているはずの真っ黒いソイツが1段、1段と猫の少女に近づいてくるのです。
そして、ここにきて、猫の少女は自分の間違いに気が付きました。
真っ黒な少年は、階段に立っているのではなく。
天井に立っていたのです!
あまりにおかしな、その幽霊は(恐らく幽霊でしょう、ここは幽霊階段ですし)。
階段すれすれの頭から、相変わらず呪詛のような言葉を吐き続けていますが。
未だに何を言っているのか聞き取れません。
幽霊と猫の少女との距離は、残り10段くらいです。
それは、瞬き10回分の距離。
「……ごめん、2人とも。
メッセージを残そうと思ったけど、無理みたい。
……お先に、あっちの世界で、ガリベンくんと仲良くやっておくね」
猫の少女は独り言ちると、包丁を取り出します。
瞬き5回分くらいの距離になって。
「すまし……こ~~~~~~たな……」
「うーん、何言っているか分かんないけど。
あんたに殺されると、ガリベンくんに会えないな」
瞬き3回分くらいの距離になって。
猫の少女は幽霊の喋っている言葉を、やっと聞き取ることができました。
「すましろこ を たなあ」
猫の少女は、少し考えて。
……解ったようです。
……なるほど、逆さまの幽霊は、言葉も逆さまなんですね。
「?ち持気なんど、えね
。てっいなせ殺をしたあ、にのたれ現くかっせ
?ち持気なんど、今、てしと霊幽」
猫の少女はそう呟いて煽るように大笑いすると。
……包丁を自分の喉元に……突き刺しました。
……章は無限教室なのに、まだ幽霊階段……




