裏切り
時刻は3時31分12秒、残り時間は28分48秒。
場所は1階校舎奥の階段、10の7乗階。
「……は?」
犬の少年と驢馬の少女はぽかんとしながら聞き返します。
猫の少女は息を整えると、再度笑顔で話を続けました。
「だから、10の7乗階の扉から、10の12乗階に行く方法が分かったよ」
「いや、そんなン、あるわけねェだろ」
「ううん、わからないよ」
驢馬の少女は猫の少女を擁護します。
「頭を使って解いていくのがこの空間の原則の1つ。
絶対ないなんて、言いきれないよ。
……それで、やり方は? 教えてくれるんだよね?」
「え? もちろん嫌だよ」
「……はァ?」 !?
猫の少女の意外な答えに、犬の少年は驚きの声を上げます。
「……あのねえ、逆に聞くけど、何で教えてもらえると思っているのかなぁ、野良犬くん?」
「おい、クソ猫ォ……今は洒落が”通じねェ”所だぞ?」 ビキビキ!?
「ねえ野良犬くん。
君が後先考えずに人食いモナリザに立ち向かったから、その手足の傷が出来たんだよね。
それが無かったら、こんな階段、私たちを担いであっと言う間だったんじゃない?
それで、体力系の、代表者?」
猫の少女は「じゃァ、“力仕事”なら俺に任せろィ」と馬鹿にするように誰かさんの真似をしました。
犬の少年が言葉を詰まらせます。
「そして、根暗ちゃん。
あんたは、もっと酷いよね。
あたしを、切り捨てようって考えていたんでしょ?
……信じられない、馬鹿にしないでよね」
驢馬の少女も息を飲みます。
相変わらず猫の少女は、人の嫌がることをするのが得意ですね。
「……でも、いいよ。
あたしは寛大だから、許してあげる。
2人とも、友達だしね♪
だから、これは、あたしの小さな小さな、復讐。
あんたたちは、苦しんで、苦しんで、真っ当に上ってきな。
当然でしょ?
ねえ、そうは思わない? 2人とも。
ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ」
猫の少女は気持ちの悪い笑顔を向けて2匹を挑発します。
犬の少年は拳を握りしめて……止めます。
「なんだ……お前。
ちったァマシな奴になったって……」
「ん? 殴らないの?」
「その価値も無ぇ」
「……猫屋敷さんの言う事にも、一理、あるよ。
無謀に突っ込んだ小犬丸さん。
猫屋敷さんを見捨てようとした私。
どちらにも怒りを感じるのは、ある意味、当然だし」
驢馬の少女は溜息をついて、犬の少年に階段を上るように促します。
「そうそう。
ほらほら、急がないと時間切れになっちゃうよー☆」
猫の少女の満面の笑顔。
犬の少年は、裏切られたというような顔で少女を見返して。
そして、トボトボと階段を上り始めました。
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猫の少女がいなくなってから、2匹の階段を上るスピードは上がりました。
このままならば4時10分前頃には10の12乗階にたどり着けるのではないでしょうか。
猫の少女の思わぬ行動に無言になっていた2人でしたが。
『10の9乗階/10の10乗階』
のパネルを確認した犬の少年は、ゴールが近いことに安堵の溜息をついた後、ぽつりと驢馬の少女に話しかけました。
「なんなんだ、あいつ……少しは改心したかと思ってたのに……」
「……」
「こんな短時間で、自分の嫌な性格を変えられるなんて、凄ェ奴だなんて思ってたのによォ……」
「……」
「……驢馬塚?
さっき”クソ猫”に言われたこと、気にしてンのか?
頭脳担当のお前が足手まといを切り捨てることを考えるのは当たり前だろ?
別に気に病むことなんてなンも……」
「……」
「……驢馬塚?」
驢馬の少女の反応の無さを訝しんだ犬の少年は、少女の前に回り込みます。
そして。
「驢馬塚? お前、なんで、泣いてるんだ?」
驢馬の少女は滂沱の涙を流していました。
「え? 驢馬塚? え? え? ……あ、あ、ああ!!」
……馬鹿な犬の少年は、今頃気づいたのでしょうか。
大急ぎで階段を降りようとして。
……驢馬の少女に羽交い絞めにされます。
「だめ! おりぢゃいげない!!」
「ろ、驢馬塚……」
「がのじょの、がぐごを、むだに、じないで!!」
犬の少年は、自分で言っていたのに、忘れていたのでしょうか。
10の7乗階の扉から、10の12乗階に行く方法。
そんなの、あるわけがない!!
そう、全部嘘だったのです。
……それは、嘘をつかない少女が友達のためについた、嘘。
……それは、2匹の友達を救うために行った、裏切り。
「……クソ猫ォ……」
犬の少年の体から、力が抜けます。
「のぼろう、ごいぬまるぐん。
……わだじだぢわ、2人のだめにも、おりでわいげない。
……のぼらなげれば」
その涙声には、信念にも似た強い気持ちが込められているようでした。




