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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第六章 王家と精霊の雫

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◆51 後始末

 ブリジットたちが聖堂で闇の精霊と対峙していた時間。

 王都は阿鼻叫喚だったそうだ。


 穢れを背負った人たちが沢山溢れ、それだけでなく、大量の魔物も発生した。

 魔物化してしまった人たちは力が強く、建物も随分と壊れてしまった。家族が、友人が、魔物化するのを目の当たりにした人たちもいるそうだ。いつ魔物化するかわからないという恐ろしさもあったのだと思う。教会には沢山の人たちが押しかけ、ところが教会も魔物化した人たちが沢山いて。


 とにかく人々は初めての出来事に混乱した、らしい。


 らしいというのは、聞いただけだから。

 マクラグレン辺境伯領での大規模魔法を使った後と同じように、ブリジットはロッドを使って魔法陣を発動した後、ぶっ倒れた。


 ほとんど魔力が空の状態になっていたようで、目が覚めた時にはゆうに一週間が経過していた。


 王城も教会も魔物によって色々と壊されてしまったため、ブリジットはリュエット伯爵家の屋敷の自室で療養していた。カレンが率先してブリジットの面倒を見ており、ずっと部屋の中で過ごしている。


「ねえ、もう目が覚めてから五日も経ったわ。そろそろ部屋から出てもいいと思うの。寝ているのも飽きちゃったし」

「いけません。お嬢さまは魔力枯渇に陥っていたのですよ。しっかりと体を休めなければ」

「でも」

「そもそも長く歩けないと思いますが」


 カレンが過保護すぎるだけだと、心の中で文句を言いつつ、ベッドから足を下ろした。機敏に動けるところを見せれば、部屋の外に出ることが許されるだろうと言う思惑から。

 だけど、立ち上がってからすぐにベッドに腰を下ろした。足はプルプルとしていて体が揺れてしまい、立ち続けられない。何度かチャレンジしたが、足の震えはどうしようもなかった。


「どうして?」

「王太子殿下がおっしゃるには、ずっと魔力を放出しながらロッドを掲げ続けていたため、足に負担がかかっているかもしれないと」

「なるほど……? え、つまりどういうこと?」

「わかりやすく説明すれば、筋肉痛でございます」


 恥ずかしい理由だった。

 確かにロッドはだんだんと重くなっていて、気合で支えていた。それがこんな結果になるなんて。

 ベッドへ横になり、恥ずかしさで布団をかぶった。


「キース様とは違いますからね。お嬢さまは鍛えていないのですから」

「キースはどうしているの?」


 キースも無事だったと聞いた後、元気だという伝言ばかりで顔を見ていない。部屋を出たかったのはキースの状態についてもっと知りたいという理由もあった。


「王太子殿下と一緒に、後始末に奔走しておりますよ」

「後始末?」

「穢れに憑りつかれて魔物になってしまった貴族は平民よりも多いのです。今、手分けして行方を調べております」


 ブリジットは息を呑んだ。彼女が放ったのは浄化の魔法。闇の精霊が消えるほどの浄化の力がある。当然、王都全体に広がったそれは、魔物化した人たちの上にも降り注いでいる。


「大きな魔物に憑りつかれていた者は浄化と一緒に消えてしまったとか。もちろん、消えずにいる方もいます。ただ……後遺症があると聞いています」


 どのような後遺症だろう。

 人が魔物化することは今までなかった。教会が忙しい理由がわかって、息を吐く。リュエット伯爵家の人たちがいつもと変わらない様子だから、他の貴族家も多少色々あったとしても大したことはないと考えていた。


 そんなことはないのに。

 きっと今回、無事であった人たちは普段から教会へ足を運んでいた人、それから辺境で穢れについて知識がある人たちが多いだろう。ブリジットの責任ではないとはいえ、もっと優しい魔法がなかったのかと思ってしまう。

 

「さあ、話すのはここまでにして。少しお休みしましょう。体が整っていないから悪く考えてしまうのです」


 カレンは暗く沈んだ顔をしたブリジットに優しく促した。



 動けると思っていたブリジットであったが、さらに数日、寝ては覚めてを繰り返していた。本人はとても元気になっているつもりであったが、体が動かない。カレンは筋肉痛だと言うが、恐らく違うのだろうとぼんやりと思っていた。


 「最後の精霊の愛し子」のヒロインであるはずなのに、この状態は何なのか。


「もっとチートでいいはずなのに。やっぱりハズレ転生なのかしら」


 ブツブツと文句を言っていると、ノックの音が聞こえた。


「はい」


 カレンだろうと思って適当に返事をすれば、入ってきたのはキースだった。ラフな格好ではなく、聖騎士の制服をしっかりと着ている。その姿にビックリしつつも、久しぶりに会えて嬉しくなる。


「随分と顔色が良くなった。まだ動けないとは聞いているけど元気そうだ」


 キースはベッドの近くにある椅子に腰を下ろした。


「もう寝ているのは飽きてしまったのよ。部屋から出てもいいとカレンに言ってもらえないかしら?」

「カレンに言ってもいいが……まだ動けないだろう?」


 キースが味方にならないことを悟った。過保護ぶりをキースにまで発揮されては困る。ブリジットは慌てて話題を変えた。


「そう言えば、キースの体は大丈夫なの? 穢れはどうなっているの?」

「ブリジットの浄化の力で僕の中にあった穢れはなくなったよ」

「本当に?」


 疑い深く見れば、キースは上着のボタンを外した。そして悪戯っぽくブリジットを見る。


「直接、確認する?」

「待って待って、見なくても、大丈夫!」


 ぎょっとして彼の手を止めれば、キースは素直にボタンから手を離した。


「精霊の森ではしっかり見ていただろう?」

「揶揄わないでよ。ここは王都、しかもリュエット伯爵家。勘違いして暴走する人たちがいるじゃない」

「僕は構わないけど」


 やや残念そうに言うのはどういった心境なのか。

 ブリジットもキースのことを好きだが、そこから先は今のところまっさら。


 これからそういう関係になっていくのなら、もっとしっかりとお互いの気持ちを確認してからがいい。周りからお膳立てとかで決めたくはない。

 でも、キースは公爵家の子息だ。気持ちだけでどうにかなるのだろうか。


 今まで考えたことのない現実に、頭がぐるぐるする。


 ブリジットはあからさまに話題を逸らす。


「……精霊の雫はどうなったの?」

「無事に浄化された。今は殿下が毎日儀式を行っているから、殿下がいる間は問題ないはずだ」


 壊さなくてよかったのかと、ほっとした。一番心配だったキースの状態と精霊の雫がわかって、力が抜ける。


「ブリジットはこれからはどうしたい?」

「これから?」

「殿下ができれば王都で暮らしてもらいたいと言っているが……」

「精霊の森に帰るわよ。王都は時々遊びに来るのが丁度いいわ」


 ブリジットはため息をついた。すべてが終わったと思うと、途端にプラムが恋しくなる。精霊の森から離れられないプラムであっても、王都の状況は他の精霊たちから伝わっているだろう。きっと心配している。


「そうか。じゃあ、仕事を早く終わらせて、戻ろう」

「キースはこっちにいた方がいいんじゃないの? 行方不明者って沢山いるんでしょう?」


 魔物化して消えてしまったのか、その判断を今教会はしている。行方不明になっている人が多すぎて、手が回っていないとテイラーからも聞いていた。


 そもそも精霊の森には何の危険もない。聖騎士でも上位というキースにとってあまりよい環境ではないのだ。

 ブリジットの疑問に、キースは笑った。

 

「問題ない。そもそも僕は貴族には疎いから、あまり役に立たないんだ」

「本当に?」

「ああ」


 何のためらいもないキースを見て、ブリジットはようやく笑みを見せた。


「じゃあ、帰りましょうか」

 

 いい感じにまとまりかけた時に、扉が乱暴に開いた。


「ちょっと待て」


 暢気な二人に割り込んだのはリンフォードだった。来ていたんだ、という疑問があったが、カレンが案内してきたのだろう。


「お久しぶりです」


 気楽な挨拶をすれば、リンフォードは疲れたため息を落とす。だが、すぐにキラキラした王太子らしい笑みを浮かべた。


「ブリジット嬢、元気になってよかった。君の献身により、国は守られた。心からの感謝を」

「ええっ、と?」


 突然の感謝の言葉に、ブリジットは戸惑う。気楽なお兄さんという雰囲気がまるでない。それはそれで困る。


「是非ともブリジット嬢を王族として迎え入れたい」

「王族? どうして?」


 驚きの提案に、目を丸くした。

 

「そりゃあ、君はこの国にとって英雄だから。この混乱が落ち着いてくれば、色々なところから横やりを入れられる未来しか見えない。結果、王族に連なってもらった方が色々と面倒がない」

「わかりやすいけど……わたしは精霊の森に帰るつもりです」

「もちろん問題ないよ!」


 急に王太子の仮面が剥がれ、馴染んでしまった気楽なお兄さんの様子になる。


「精霊の森で暮らすことが許されるなら、都合のいいようにしてくれていいです」

「ありがとう。ブリジットは叔父上の養子に入ってもらう。そして、キースと婚約してほしい」


 婚約の言葉に、ブリジットは目を見開いた。こんな自分に都合のいい話があっていいのだろうか。


「婚約って。いいの?」


 思わずキースに聞いてしまった。キースは嬉しそうに頷く。そして、ブリジットの手を恭しく持ち上げた。


「ブリジット、僕と一緒に人生を歩んでくれませんか?」

「喜んで」


 少し恥ずかしいと思いながらも、はっきりと伝えた。恥ずかしがって変に言葉を濁してもいいことはない。


「うんうん、いいようにまとまってよかった」


 リンフォードもほっとした顔をしている。色々と手続きが必要だけども、それが終わったら二人で精霊の森に帰っていいと許可を貰い。


 リンフォードが気を遣って部屋を出ようとしたときに、振り返った。


「そうだ、もう一つ。君の母君について知りたいかい?」


 闇の精霊が知ったような口をしていたブリジットの母。


 ブリジットは首を傾げた。


「好奇心で知りたいという気持ちはありますけど。知らなくても特に困らないので」


 それに闇の精霊の口ぶりから、何かとてつもない嫌な予感がする。原作を知らないブリジットには予想すらできないが。


 なんにせよ、ここは知らぬ存ぜぬを貫けるように、情報を手にしない方がいい。


「わかった。でも知りたくなったら、いつでも声をかけてくれ」


 リンフォードは今度こそ本当に退出していった。


「聞かなくてよかったのか?」

「知ったところで、もうすでに亡くなっている人ですし」


 薄情かもしれないが、これからの人生においてブリジットの母はリュエット伯爵夫人だ。第二の母であるカレンもいる。


「ブリジットがそれでいいのなら」

「ええ、問題ないわ」


 これでようやく一区切りだ。



 精霊の森に戻る。


「おかえり、ブリジット」

「プラム!」

 

 プラムの顔を見て、ブリジットはようやく戻ってきたのだと実感した。

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