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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第六章 王家と精霊の雫

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◆50 ブリジットの力

 サシャの娘。


 言葉通りに解釈すれば、サシャとはブリジットの母の名前である。

 残念なことに、ブリジットは自分の生みの両親を知らない。リュエット伯爵家の家族が沢山愛してくれたから、生みの両親を知ろうという気持ちがなかった。


 だけども、その名前に反応した人がいる。


「どうして闇の精霊が彼女の名前を知っている?」


 リンフォードだ。

 ブリジットの出自を知っているのだから、当然と言えば当然なこと。

 でも今は関係ない。穢れた精霊の雫を壊すのが一番の目的。


 ブリジットはロッドに力を込めた。鉄のように固い闇の精霊の腕はびくとも動かない。だけども、それでもいい。キースが精霊の雫を破壊できるだけの時間があればいいのだから。

 闇の精霊は不思議そうな顔をして首を傾げた。


『お前はサシャの娘、そして精霊の愛し子だろう? どうして私の邪魔をする?』

「この世界を壊してほしくないからよ」

『もうこの世界には精霊を生み出す力はない。放っておいたら滅びるだけの世界。人間に任せておくからこのようなことになる』


 人の感情が世界を穢していく。だから人間には任せられない。

 それは正しいことなのだろう。この世界は愛によって維持されてきたのだから。人の感情が世界の在り方を左右していく。


「でも、誰だって滅びることを良しとしない。きっと何か方法があるはず」

『だからこそだ。精霊と人間が融合すれば、穢れにも強くなる。どんな世界になったとしても生きて行けるだろう』

「冗談でしょう? あんなにも巨大化した虫の魔物を背中に張り付けるなんて! 気持ち悪い」


 ブリジットは自分の背中に虫の魔物を背負った状態を想像しただけで、鳥肌が立った。小さな虫でも大量に張り付かれるのは無理だ。何もブリジットだけではないはず。


『それほど厭うものなのか? そもそも穢れは人の負の感情。世界が滞らないように浄化の力を持つ精霊の雫さえ、儀式を行わず、蔑ろにする始末。何もすることなく生きて行こうと思うのなら、融合を受け入れるべきだろう』


 心底不思議そうに言われて、ブリジットは言葉に詰まった。儀式という手段があったにもかかわらず、このようなことになったのだ。王族に問題があった。でも、王族だけが背負うべき問題なのか。


 この世界は議会があるとはいえ、まだ国王が国を統治する世界。

 国民を生かすために王族はいるともいえる。だから、王族が儀式をしなかった、これはとてつもない罪なのだ。


 だけども、ブリジットは前世の記憶がある。

 王族に与えられる負荷がとてつもなく重いと思ってしまう。やりたくないと思う王族がいたとしても何ら不思議はないわけで。


「うっ……反論できない」


 闇の精霊が口元に笑みを刷いた。その笑みを見て、ブリジットの記憶が刺激された。


「ちょっと待ってよ。そもそも王族が儀式をしなくなってしまったのは、闇の精霊が関係していたような?」


 そうだ、生まれることを望まれない闇の精霊たちは徐々に力を蓄え、強いつながりを持つ国王を唆した。長い年月をかけて、代々の国王のちょっとした愚痴を糧に大いに増幅して、取り込む力を強くしていったと後輩は説明していたはずだ。ついうっかり騙されるところだった。


『精霊の愛し子、こことは違う世界の魂。よく我々の事情を知っている』


 話は終わったと言わんばかりに、闇の精霊の腕はロッドを跳ね上げた。その力に負けて、ロッドが手から離れ飛ばされる。


「ああっ!」

 

 ブリジットは手放してしまったロッドを視線で追いかけた。その隙に、闇の精霊は伸びあがり、精霊の雫の中に入る。


 同じタイミングで、キースが剣を精霊の雫に振り下ろした。


 力と力のぶつかり合い。


 闇の精霊は精霊の雫の内側から。キースは外側から。

 それぞれの力がぶつかり合う。拮抗する力は爆発し、天井を突き抜け、建物を吹き飛ばす。崩れ落ちる轟音が響き渡った。


「きゃあ!」


 音と揺れと、それから落ちてくる瓦礫。立っているのがやっとだ。

 キースが心配でそちらに目を向ければ、少しづつ押されれている。苦し気なキースと対照的に、闇の精霊はどこか楽し気だ。


「ロッド! ロッドはどこ!?」


 実体化した闇の精霊の力は想像以上に強かった。ブリジットは焦りながら飛ばされたロッドを探す。

 ブリジットが見つける前に、リンフォードが遠くで転がったロッドを拾い上げた。そしてブリジットに向けて放り投げる。


「ブリジット、それを使え! きっと何とかなるはずだ」

「ええっ!?」


 手を伸ばして、何とかキャッチする。運動神経が良くないブリジットは落とさなかったことにほっとした。ロッドを手に持ち、上下左右に振り回してみる。これも何かしらの魔道具で、使えばとてつもない力を発揮できるはずなのだ。ちゃんと使えば。


「どうやって使えばいいのよ!?」


 チートなしの残念仕様のブリジットには使い方がわからない。うんともすんとも言わないロッドに悪態をつきながら、振ったり回したり。

 そんなことをしている間にも、闇の精霊の力が増し、キースがさらに押されていく。


『お前の力、もらい受ける』

「なにを」


 闇の精霊は精霊の雫から腕を突き出すと、そのままキースの腕を掴んで引っ張った。腕を強く引かれ、彼の持つ剣が精霊の雫に突き刺さる。確かに破壊の魔法陣が展開されており、ベルとキースの力で魔力も十分だった。それなのに。その力は精霊の雫を破壊せずに、闇の精霊の中に取り込まれていく。


 あり得ない状況に、唖然とした。キースは歯を食いしばり、腰を落として引きずられないように力を入れる。


「お前に、魔力を渡すわけには……!」

「キース!」


 このままではキースが死ぬ。

 脳裏に過ぎるのは干からびたミイラのような国王。魔力を取られたら、生命力も一緒に奪われ、あのようになってしまうだろう。


 その恐怖に思考が真っ白になる。

 そして、突如として頭の中に音が流れ始めた。


 音楽でもない、言葉でもない、不思議な旋律。

 音と判別できるのに、説明がつかない。神経を逆なでるようなものではなく、かといって安らぎを与えるものでもない。


 頭の中に響き渡る音をブリジットは無意識のうちに魔力で紡いだ。

 ブリジットの持っていたロッドが紡がれた魔力によって輝き始める。

 徐々に大きくなるロッドの光。


「何とかなりそう?」


 ブリジットはロッドで大きく円を描いた。光の軌跡が魔法陣に変化する。


 それが記憶を刺激した。

 ヒロインが描いた円は王都を覆うほど大きくなるのだ。ブリジットも記憶を頼りに、ロッドを空へ向けた。魔法陣は抜けた天井のさらに上にまで昇る。


 必死になって、頭の中にある音を魔力で紡ぐ。鼻歌のように気楽に紡いでいたが、魔法陣が大きくなるほど音が重くなり、ロッドを持つ手が震えてくる。


 魔力が自分の中からどんどん減っていく。

 プラムが瞬時にして抜き取るのとは違い、魔法陣を維持しながらだ。ロッドを持つ手から感覚が抜けていく。


「うっ、くっ」


 頭に響く音はまだ終わらず、ブリジットは苦しさを誤魔化しながらなぞり続けた。


 そして。

 頭の中からすべての音が消えたのと同時に、特大の魔法陣は大きく輝いた。


 網膜を焼くほどの光がほとばしる。

 目をつぶる前に見たのは、闇の精霊の驚愕した顔だった。

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