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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第六章 王家と精霊の雫

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◆46 使えるものは使いたい

 ブリジットはロッドを抱え、キースとリンフォードと共に移動した。エルバ司教はこの場を収拾するために、別行動だ。

 本当ならばエルバ司教にも来てもらいたかったが、キースの母であるフローレンスとリリアンを押さえるのはエルバ司教がいないと難しいとのこと。魔物を憑りつかせていても、フローレンスは王妹。格の低い司教では後でどんな難癖をつけられるかわからない。


「しかし、あれほど美に拘っていた叔母上が魔物に憑りつかれるなんてね。新手のファッションかな」


 早足に進みながら、リンフォードが笑う。どこかバカにしたような笑いに、彼がフローレンスを嫌っていることがわかってしまった。キースに聞かせていいものかと、ハラハラしながら様子を伺う。


「こだわっていたからこそ、取り込まれたんでしょうね。外見と内面が一致していいんじゃないですか」


 リンフォードの言葉に傷ついているかもしれないと思っていたのに、もっと辛辣な言葉をキースが吐き出した。

 そんなにもひどい性格なのか、とベルを見れば頷かれた。


「落ち着いたら教えるわよ」


 ベルの声もやや尖っている。これは触れてはいけない案件だと、スルーすることにした。


「ところで、ここからどうやって王城に行くのですか?」

「今の状態だと馬車では難しいから、歩いてかな。私の使った馬車も今頃壊されているだろうし」


 移動手段に、ブリジットは耳を疑った。まじまじと笑顔のリンフォードを見つめる。

 

「え? 本気で言っています? 教会から城まで随分と距離があるんだけど」

「本気だよ。私もここから歩いたことはないけど、まあ、行けなくはない」


 キースは聖騎士だから問題ないとしても、ブリジットは引きこもり、リンフォードも部屋にこもりきりだ。この三人で移動して、一体どのくらいの時間、かかるのだろう。


「止まって」

 

 他に方法がないかを確認しようとした時、キースが足を止めた。


「何だ?」

「静かに。何か聞こえる」


 ここにも魔物がいるのだろうか。ブリジットはぎゅっとロッドを握りしめ、キースの側に寄る。リンフォードも先ほどの気楽な雰囲気を消し、厳しい顔になった。

 黒いロープのような何かが蠢めき、ひゅんと、鞭のしなるような音が鳴る。目を凝らしてみれば、大きな蜘蛛のような影。鞭のような何かは、蜘蛛の糸のようだ。


「こんな奥にまで魔物がいる。あの形、王城でよく見た形だな」

「え、あれ蜘蛛でしょう? 王城にあんなものが沢山いるの?」


 何もかも、不安しかない。

 辺境伯領で見た魔物とは少し違う。あちらはどちらかというと、熊のような狼のような、そういう獣の形だった。でもここは違う。獣がいないせいなのか、虫の形が多い。外で悲鳴が響き渡っていた理由はきっとこの巨大化した虫の魔物が原因だ。


「僕も虫型の魔物は初めてだ。数も随分といるようだから、見つからないように移動しよう」


 キースに頷くと、足早に移動を始める。

 大きな黒い虫が見えるたびに、右に左にと曲がっていく。広い庭園は手入れをされているが空気が重く、息がとてもしづらい。変な緊張が、ブリジットを消耗させた。


「大丈夫かい?」


 見かねたのか、リンフォードが声をかけてくる。大丈夫、と返したいところだが、完全に息が上がっていて、強がりは出来なかった。


「キース、あの陰で少し休もう」

「わかりました」

 

 三人は虫から見えないように曲がるとすぐに木の陰に隠れる。隠れたことに気が付かない虫たちはそのまま直進していった。静かに虫たちを見送ると、へなへなとその場にしゃがみこむ。


「つ、疲れた」

「回復してあげる」


 ベルが気を利かせて、全員に回復をかけた。重く感じていたからだが楽になる。

 

「それにしても、すごい量だな。王都にいる虫がすべて魔物化しているかのようだ。虫は嫌いではないが、ああまで大きくなると嫌悪の方が勝るね。あれ、切ったらちゃんと消えるんだろうか。そのまま残骸が残ったら、後始末が大変なんだが」

「普通の魔物なら消えますが……どうでしょうね」


 リンフォードは木の陰に隠れながら、魔物化した虫を観察している。それはキースも同じで、辺りを注意深く見ていた。

 

「魔物化するとあんなにも巨大になるの?」

「獣が魔物化する場合、二回りほど大きくなる」


 ブリジットの疑問に、キースが答えた。二倍と聞いて、ブリジットは顔を歪める。

 

「二回りどころじゃないんだけど」


 虫が苦手なわけではないが、それは小さいからだ。あれほど大きくなると、視覚的にも暴力である。恐ろしさしかない。

 気持ちを落ち着けながら、ゆっくりと周囲を見渡す。


「まだ教会の敷地内よね?」

「ああ。王城に行くには何か考えないと」


 この世界では、移動手段は馬ぐらい。馬車はすでに却下されているので他を考えるしかない。

 移動の魔法もあるが、ブリジットが使えるのはプラムがいる時だけだ。しかも精霊の森限定。


「そうだ、ベルは前にキースと精霊の森に飛んで来たでしょう? 同じようにできないの?」

「できなくはないけど……飛べても、その後、わたしが役に立たなくなるわよ。力をほとんど持っていかれてしまうから」


 転移はとても難しいようで、魔力がごっそり持っていかれるようだ。


「ん? 魔力があればいいのなら、わたしのを使えばいいんじゃない?」

「……そういえば、そうね」


 すっかり忘れていたが、ブリジットには魔力だけは大量にある。使えないだけで。相性が云々という話もあったが、すでにベルには譲渡したことがあるから問題ないはず。


 ベルができないとは言わなかったので、ブリジットは強く後押しする。


「歩くよりは早く到着するし、わたしの足も守られるし、いいと思う。飛ぶ場所は調整できるの?」


 魔物を避けながら王城まで歩きたくないブリジットは転移による移動を強く希望する。ベルは頷いた。


「聖堂に繋がる廊下へ移動できるわ。一度だけキースと行ったから」

「転移が使えれば楽だが……本当に大丈夫か?」


 リンフォードは頭から否定はしなかったが、それでも転移には不安があるようだ。あまり使い慣れていないのかもしれない。

 ただ一人、キースは難しい顔をしていた。


「ブリジットの魔力頼りだ。どれほど魔力が必要になるのかわからないのに」

「キース、心配いらないわよ。距離も王都から精霊の森よりもはるかに近いんだし」


 とにかく歩きたくないブリジットは同意を求めるようにベルを見つめた。ベルはうんうんと頷いてくれる。


 キースが諦めたところで。


「まあ、こんなところにいたのね。随分と探してしまったわ」


 ゆったりとした貴婦人らしい声が背後から掛けられた。

 驚きに振り返れば、そこには魔物を背中に背負っている黒のドレス姿の貴族夫人がいた。


「母上」


 キースは険しい表情になった。

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