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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第六章 王家と精霊の雫

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◆44 偉い人は爆弾を落とす

 エルバ司教が来たことで、全員応接室へと場所を移動した。

 ブリジットはキッチンの後片付けをすることを理由に参加しない予定だったが、それは許されず。後片付けはしておきますと言う聖職者に言われて、応接室へと行くことになった。


 キースの隣に座り、向かいの席にはエルバ司教とリンフォード。

 リンフォードはキラキラした笑顔だ。


「それでは改めて。王太子のリンフォードだ。是非ともフォード兄さまと呼んでもらいたい」

「……初めまして、王太子殿下。ブリジット・リュエットです」


 フォード兄さまと呼べと言う無茶ぶりをスルーし、ブリジットはきちんと自分の名を告げる。スルーされたにもかかわらず、リンフォードはどことなく楽し気だ。


「恥ずかしがっているようだが、いずれはお兄さまと呼んでもらえるように交流したいものだね」


 これは拒否してもいいのだろうか。

 どう対応していいかわからず、ブリジットは隣に座るキースに助けを求めた。キースはきちんとブリジットの無言の訴えを汲み取った。


「殿下」

「ああ、キースの言いたいことはわかっている。でも、ブリジットに会えたことがとても嬉しいんだ。数少ないまともな感性を持った血族だ、浮かれてしまっても仕方がないだろう?」


 まともな血族って、王族はほとんど全部ダメということだろうか。

 言葉の端々に、不穏な雰囲気を感じてしまう。リンフォードは陽気な様子で、王族への不満を垂れ流し始める。


「王太子殿下、話が進みません。愚痴は後にしてください。二人は辺境の領地にいたので、王家に起こっている出来事を知りません。そもそも我々教会もつい先ほど知ったのですよ」


 エルバ司教がイラっとした様子で、割り込んだ。


「それもそうだったな」


 どうやら聞きたくなくなるような事情があるようだ。リンフォードは姿勢を正すと、表情を改めた。先ほどまでぐちぐち言っていた人とは思えない。


「私の父、つまり国王陛下が闇の精霊に乗っ取られてしまった」

「……は?」


 結論だけ言われて、言葉が呑み込めなかった。

 どういう状態なのか、闇の精霊とは何か。

 沢山の疑問があったけれども、涼やかに微笑んでいるリンフォードを見ていると、揶揄われているのではないかという気持ちがこみ上げてくる。


「省略しすぎです。説明する気があるんですか?」

「もちろんだとも。衝撃は最初に与えた方がいいだろう?」

「そういうことじゃないんですよ。ほら、二人とも呆けていないで戻ってきてください」


 はっとして、意識をリンフォードに戻す。彼は浮かべていた笑みをすっと消した。途端に厳しい雰囲気になる。


「キースは見たと思うが、精霊の雫が穢れてしまってね。その穢れはそもそも国王陛下が大事に育てたものだ。条件がそろった結果、闇の精霊が生まれ、育ての親である国王陛下が体を乗っ取られた」


 理解できない情報が多すぎて、ブリジットは顔をひきつらせた。キースは一つ一つ確認していく。


「そもそもどうして精霊の雫を穢したんです?」

「劣等感」


 馬鹿にしたような顔で、リンフォードは言い切る。ブリジットは逆に首を傾げた。


「誰が誰に対してですか?」

「国王陛下が教会に対してだよ。対外的には王家と教会は対等の立場だ。だけど現実は違う。どうしたって王家よりも教会の方が求心力がある。それに、国王陛下はあまり魔力を持っていないからね。精霊魔法に憧れがあるんだ。中年男の劣等感って、本当に質が悪いよね」


 精霊魔法への憧れ。

 それはブリジットにも覚えのある感情だ。魔力がありながら、魔法が使えず。精霊魔法が使えるようになったら、と望んでいた。魔力の少ない国王が精霊魔法に憧れたのも分かってしまう。


「陛下は歴代の国王の中でも特に魔力が少ない。そのせいかもしれないが、昔から教会を目の敵にしていましたね」


 エルバ司教にも覚えがあるのか、しみじみとしている。しかし、聞いているブリジットは劣等感と現状の関係がよくわからない。


「憧れはわかりますけど、それがどうつながるんですか?」

「精霊の雫を穢すことで闇の精霊が生まれる。闇の精霊は人の穢れを糧にして生まれるせいなのか、上手に取り込めば己の力になると王家には伝承されている」

「……母上のためではないのか」


 キースの呟きに、リンフォードが首を左右に振った。

 

「フローレンス叔母上のためではないな。理由のひとつにはなっているだろうが、どちらかというと穢れを増幅させるために側に置いているだけだと思う」

「精霊の雫のある場所には母上もいたから、てっきり」


 複雑な表情でキースは言葉を切った。

 

「キースがそう考えるのも無理もない。国王の態度を見ればそれが正解だ」

「どういうことです? 母上は幼いころから陛下に溺愛されていて」

「そう見えるだろうね。だけど、国王は本来ひどく合理的な人だ。これは想像だけど、穢れの糧にするために甘やかすことで、堕落させたんだと思う」

「……そんなことって」

「側で見ていたからよくわかる。甘やかしている割には、かなり冷ややかな目で叔母上を見ていたからね。おかげで、歴代最強の力を得た闇の精霊に国王の肉体を奪われてしまった」

 

 ブリジットは心配そうにキースを見つめた。キースの家庭の事情ははっきりと聞いたことはないが、王妹の噂話は知っている。王妹の行動が国王によって誘導されたものであるなら。


 これほど悲しいことはない。


「それで、ここからが本題だ。キースとブリジット、二人には私と一緒に動いてもらいたい」

「待ってください。キースはともかく、ブリジット嬢は令嬢です。危険な場所へ連れて行くのは反対します」


 勢いよく進んでいく話を止めたのは、エルバ司教だ。リンフォードはちらりとエルバ司教を見てから、ブリジットとキースに視線を戻す。


「無理は承知だ。だが、キースだけでは難しい」

「何をさせるつもりです?」


 エルバ司教が厳しい眼差しをリンフォードに向ける。


「キースとブリジット嬢には精霊の雫の破壊をお願いしたいんだ。私は責任をもって国王を殺す」


 リンフォードが爆弾を落とした。

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