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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第五章 王都

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◆42 穢れは人をも魔物にするらしい


 穢れが人に憑りつく。

 そんな話は一度も聞いたことはない。ブリジットは教会関係者ではないから知らないだけで、二人なら情報を持っているのではないか、とエルバ司教とキースを交互に見た。


 だが、どちらも知らなかったようで難しい顔をしている。


「ベル、それは本当なのか? 確かに獣は穢れによって魔物化する。でも、人がそのように変質する事例は知らない」

「滅多にないことよ。わたしが実際に見たのは一人だけだもの」


 キースの問いにもっともだとベルは頷く。


「……私も聞いたことがないのだが」

「エルバ司教が知らないのなら、大司教ぐらいなのかしら? わたし以外にも、人間が魔物化しているのを見ている精霊はいるわよ。記録に残っているはずよ。それに獣が魔物になるんですもの、人だって同じよ」

「同じ?」

「そう。人間はたまたま多くの魔力を持っているから、獣よりも抵抗力が大きいだけで。今の時代では人間も魔力の量が減っているから、そのうち普通になっていくのではないかしら?」


 ベルが恐ろしい未来を語る。


「……人も魔物化するなんて知ったら、大変なことになりそうだ」


 頭が痛そうにエルバ司教がこめかみを揉んだ。リリアンの姿が王都で目撃されると非常に不味い気がしてくる。


「エルバ司教、カーギル子爵令嬢、どこに飛ばしたんです?」


 キースもブリジットと同じ不安を感じたようで、顔が強張っていた。


「浄化の受付窓口だよ。今頃、担当司教に浄化されているんじゃないかな」

「……浄化の間、阿鼻叫喚では?」

「うーん。ある程度、浄化を施してから飛ばしてある。流石に、魔物化していないはずだ」

「ですが、肌が随分と黒く変色していて、明らかにおかしい。先ほどと同じように暴れたら、大変なことに」

「心配いらない。ここは中央教会だよ? 怪異でもちゃんと対応するさ」


 大丈夫だと微笑まれた。うやむやにされただけのような気もするが、ここでこれ以上話していても仕方がない。キースも同じことを思ったのか、教会を訪ねた本来の目的を果たすことにした。エルバ司教はキースの説明に耳を傾けていたが、眉間にしわが寄っていく。


「穢れが急激に増えて、封印が外れかかった? 精霊の森にいたのに?」

「本当に突然だったわ。キースが胸が痛いと言ってからあっという間に」


 ベルがキースの説明を補足する。エルバ司教はしばらく考え込んでいたが、すぐに目を上げた。


「ちょっと封印を見せてもらっていいかな? 状態を確認したい」


 キースは頷くと、すぐにシャツのボタンを外す。プラムが施した封印はうっすらと銀色に光っている。だが、いつものような輝きはなく、少し鈍い光を放っている程度。


「やだ、また外れかかっていない?」


 ベルが不安そうに見つめ、そっと肉球で封印に触れた。肉球から温かな何かがあふれ出す。封印の強化をするつもりのようだが、あまり効果は見られない。ベルががっかりした様子でため息を吐く。

 

 キースはベルを慰めるように背中を撫でた。


「さっき動けなくなったから、もしかしたらそれでまた外れかかってしまったのかもしれない」


 確かにリリアンの変な高揚に合わせて、キースはとても苦しそうだった。また穢れがあふれ出すようになっていくのだろうか、と不安がこみ上げてきた。


「わたしの歌である程度、浄化できればいいのだけど」


 ここにはプラムがいない。


「――教会は穢れを寄せ付けない結界が張ってあるが、キースを扉にされてしまったら、先ほどのように入り込まれてしまうな」


 エルバ司教が腕を組み、唸った。


「この封印を施したのはプラム殿だな?」

「そうです。ブリジットから力を貰って封じてくれました」

「プラム殿は教会とは少し距離を置いている。彼の使う精霊魔法がどんなものかわからないと……」


 上書きするにも、補強するにも、精霊魔法の種類が特定できないと難しいようだ。


「プラムと同じ精霊魔法を使うのは無理よ。彼の使っている魔法は精霊の森の力も取り入れているから、人には扱えないわ」

「だが、精霊の森にいても、キースの穢れは扉になってしまっているのだろう?」

「そうなのだと思うわ」


 エルバ司教は大きく息を吐いた。


「状況はわかった。方法を考えるから、少し時間が欲しい」


 どうやらエルバ司教にもお手上げの状況らしい。



 リュエット伯爵家に戻るのは危険だということで、ブリジットとキースは教会に滞在することになった。キースは別棟にある聖騎士団の方に部屋を持っているようだが、そこではなくもっと奥の、結界の強い場所を用意された。

 

 教会にお世話になるのは気が引けたが、今はヴァネッサが妊娠中である。リュエット伯爵邸の方にリリアンが突撃してくるかもしれないと思うと、お断りすることもできず。リリアンは変に拗らせているような雰囲気があって、穢れがなくともヴァネッサに会わせたくない。


「ブリジット、久しぶりにホットケーキが食べたいわ」


 急遽、宿泊することになってしまったので、居間でリュエット伯爵家に手紙を書いているとベルがテーブルの上にやってきた。

 

「キッチン、借りられたら作れるけど……」

「大丈夫じゃないか? 別棟は独立しているから、キッチンもあったはずだ」


 ブリジットの作る菓子は卵と小麦粉と砂糖。それから牛乳。これだけあれば、大抵の菓子は作れる。

 手紙を書き終えると、封をして、別棟を管理している聖職者を探した。六十代後半ぐらいの、ぽっちゃりした気の良いおじいさんで、ブリジットの話をほうほうと頷きながら聞いてくれる。

 

「なるほど。菓子を作るのですね」


 やや驚いた様子を見せるが、すぐに柔らかく微笑んだ。だがその顔には心配だと言う思いがありありと浮かんでいる。


「できれば、キッチンを貸していただけたら。あ、もちろんちゃんと後片付けまでやります」

「お嬢さまは伯爵家のご令嬢ですよね?」

「そうです。ただ、少し事情があって一人で暮らしていたので」


 普通、貴族令嬢はキッチンには入らない。口でいくら説明しても、わかってくれないかもしれない。困ったな、と眉尻を下げてベルを見た。

 

「何も心配いらないわ。ブリジットの作るお菓子は美味しいんだから!」

「本当に大丈夫だ。僕が保証する」

「……わかりました。では、キッチンにご案内しましょう」


 教会の中にある宿泊所は最新の道具が揃っていた。ブリジットの住む精霊の森の家とはまた違うが、便利な魔道具がずらりと揃っている。しかもかなり綺麗に管理されていて、キッチンもピカピカ。


 ブリジットは感動に目を輝かせた。


「こちらに材料があります。お好きなものをお使いください」


 聖職者が一つの棚の扉を開ける。そこには確かに小麦粉や砂糖、他にも色々と収納してあった。


「卵、牛乳、果物などの生鮮食品はこちらに」


 一通り説明してから、聖職者は仕事に戻っていった。ブリジットは材料を用意すると、生地を作り始める。


「手伝おうか?」

「ホットケーキだから、大丈夫よ。キースこそ、まだ顔色が悪いわ。座って待っていて」

「そうさせてもらう」


 いつもなら何でもないような態度を見せるが、今日は本当につらいのだろう。キースはキッチンの椅子に素直に腰を下ろした。ちらりと彼を見て、泡立て器でしゃかしゃかと混ぜ合わせる。粉っぽさがなくなったところで、フライパンに火をかけた。


 温まったフライパンを濡れ布巾で冷やし、生地を流し込む。再びフライパンに火を入れる。


「ブリジット」

「何?」


 生地の状態を見ていたブリジットはキースに顔を向けた。


「なるべく早く精霊の森に帰った方がいい」

「え?」


 思ってもみなかった言葉に、ブリジットは目を見開いた。


「これ以上、巻き込みたくない。嫌な予感がするんだ。だから」

「帰らないわよ。キースはわたしの専属護衛なんでしょう?」

「しかし」


 キースの心配もわかる。

 キースは穢れを封印しているはずが扉に代わりつつあり、リリアンはもしかしたら魔物化するかもしれない。教会も安全な場所とは言い難くなっている。

 何が起こっているのかわかっていない状況。


 そんな中、一番安全な場所と言えば、プラムのいる精霊の森しかない。


「それにカーギル子爵令嬢にさらに目を付けられたような気がする」


 元々目の敵にされていたのだ。今日、キースと一緒にいたことで、きっとすべての元凶として位置づけられてしまいそうな予感がある。


「それでも、精霊の森にいれば守られるはずだ」

「そうかもしれないけど」


 どう言ったらいいのか。

 ブリジットはキースから離れることがいいことには思えないのだ。だけども、理由なんてあってないようなもので、説得できる気がしない。


「とてもいい匂いがする」


 お互いどうやって説得しようと、黙り込んだところで扉が開いた。


 驚いて扉に目を向ければ、華やかな男性がそこにいた。

ここまでお付き合い、ありがとうございます。

誤字脱字報告も、ありがたく(人´∀`)


さて、とうとう書き溜めが尽きてしまいました。少し時間をいただきます。

7/10から再投稿予定です。よろしくお願い致します。

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