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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第五章 王都

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◆39 リリアンの事情2

 エロイーズが上等な男性に嫁ぐことを諦め、男爵家の嫡男に嫁いでいったのは、リュエット伯爵家から何度目かのお断りの手紙が来た後だった。

 随分と粘ったようだったが、テイラーは王都にやってくることもなく、顔合わせも実現しなかった。流石に相手にされていないと理解したのか、渋々格下の貴族の嫡男と結婚した。

 

 エロイーズが片付くと、リリアンの縁談探しが始まった。

 カーギル子爵夫人はエロイーズが男爵家にしか嫁げなかったことが不満で、リリアンにはやはり伯爵家以上の縁談を、とエロイーズの時以上に気炎を吹いている。


 カーギル子爵は妻の要望を跳ね除けられないほど気の弱い人で、無理だと思っていても、妻の希望通り、打診だけはし続けた。後妻でもいいから、とカーギル子爵夫人は侯爵家から伯爵家まで、独身男性のいる貴族家に釣書を送った。ところがどこからも良い返事がもらえない。カーギル子爵家の姉妹は社交界では、あまり評判がよくない。噂好きな上に、相手を見下す性格が知られており、結婚相手としては避けられている。


 リリアンはカーギル子爵夫人には逆らえないが、年の離れた後妻なんてまっぴらごめんだった。自分はこれから成人を迎える花の盛りなのだ。枯れてしまっている中年の妻になるなど、受け入れがたい。どこからもいい返事がなくて逆にほっとしたぐらいだ。


 同時に、このまま誰とも婚約できないのではないかという焦りもあった。母親にくっついてお茶会に参加し、それとなく情報を集める。だが、リリアンが熱心に婚約者を探していることを知っているのか、何かを聞き出そうとしても言葉を濁されてしまい、めぼしい情報は入ってこない。


 婚約者がなかなか決まらない中、テイラーが王都にやってくるという情報を掴んだ。とある伯爵夫人の開いた茶会でのこと。テイラーは年に何回かしか王都にやってこないが、交流はそれなりにあるようで、王都に来た時は社交に勤しんでいるようだ。


 姉のエロイーズが指名した令息。

 どんな人だろうという好奇心から、彼の参加する茶会への招待状をもぎ取った。ヤル気に満ちたリリアンに釘を刺したのは、ほどほどに付き合いのある子爵令嬢だ。


「リリアン様、テイラー様は諦めた方がよろしくてよ」

「まあ、どうして?」

「リュエット伯爵家には養女がいるの。その養女と婚約するのではというのがもっぱらの噂よ」


 養女と聞いて、眉をひそめた。

 子爵令嬢が扇を開いて、声を潜める。


「なんでも訳ありの養女で、テイラー様につき纏っているんですって」

「それがどうして婚約するかもしれないという話になるの?」


 不思議に思えば、彼女は鼻で笑った。


「幼いころから一緒に育っている女は金づるになる男を手放さないものよ。テイラー様も長い間一緒に育っていれば情があるでしょう? ほだされても仕方がないと思わない?」


 確かに、いつも社交界に回ってくる噂はそう言う話が多い。

 幼馴染の令嬢、それから一緒に育った乳兄弟。

 醜聞は沢山溢れている。


「きっとふしだらな女性なのね」

「恐らくね」

「まあ、いやだわ。平民なのに養女に入ったからと勘違いする女って。どんなに頑張っても、平民は平民でしかないのにね。テイラー様が可哀そうだわ。わたくしが何とかしてあげないと」


 会ったこともない令嬢の話でリリアンのいるテーブルは盛り上がっていった。テイラーとその義妹の話は面白おかしく、同年代の令嬢の間で広がっていく。もちろん直接名前なんて言わない。わかる人にはわかる、そんな感じで密やかに噂されていた。


 ただのそうあってほしいという自分たちの都合のいい想像の話が、きっとそうだ、事実であると変容するまでは時間はかからなかった。

 リリアンもその噂話にどっぷりはまってしまい、自分がただの想像を告げただけだということも忘れ、テイラーには自分が似合うだろうと勝手に思うようになっていった。


「わたくしが救って差し上げないと」


 そんな気持ちで、カーギル子爵にリュエット伯爵家へ縁談を申し込んでほしいと告げた。エロイーズが断られているからと、カーギル子爵は渋ったが、カーギル子爵夫人は違った。

 伯爵家の嫡男で、しかも独身。後妻よりもよっぽどいい。


 嫌がるカーギル子爵を泣き落とし、釣書を送らせた。

 でも、返ってきたのは素っ気ないお断りの返事だった。



 リリアンは断られることに納得ができず、何度も何度もテイラーに手紙を出した。最初はやんわりとだったが、三度目からは開封もせずに送り返されてくる。それでも自分がいかに彼に似合う相手であるかわかってもらうために、手紙を送り続けた。


 そして、運命が変わったのは成人の儀式の日にあった祝いの夜会。


 テイラーに庇われているブリジットを見て、怒りしかなかった。周囲を見る余裕などあるわけもなく、ただただブリジットに怒りをぶつけた。

 そして。


 リリアンに下されたのは社交界からの締め出し。

 王弟に見咎められたのが大きい。王族がいなければ、まだ可愛い失敗だと思われてしばらくの謹慎で済んだだろう。だが、リュエット伯爵家は王弟と交流があったようで、すべてが聞かれていた。


 これから本格的に社交界に出て行こうという時に、この失敗。

 あれほどリリアンとブリジットの噂話で盛り上がっていたのに、リリアンを庇う人はいなかった。波のように一斉に友人だと思っていた令嬢たちは引いていった。手紙を出しても、茶会に誘ってほしいと願っても誰からも返事が来ない。


 そんな状況に陥ったリリアンは、初めはほとぼりが冷めるまで引きこもっていればいいでしょうとカーギル子爵夫人に慰められた。しかしそれも長くは続かない。カーギル子爵夫人の実家である伯爵家から付き合いを控えると宣言されてしまったのだ。リリアンも伯爵家を頼るのは止めるように、とも。


 何とか社交界に復帰しようと思って、従兄弟たちに頼ったことで色々なことが発覚してしまったようだ。カーギル子爵夫人も覚えのない訴えに、眉を寄せた。


「リリアン、どういうこと? このネックレスとは何なの?」

「えっと。ちょっと従妹にネックレスを借りただけよ」


 お茶会に誘ってくれないだろうかとお願いをしに行ったついでに、目についたネックレス。従妹は沢山宝石を持っているのだから、と彼女の首にかかっていたネックレスを譲ってほしいと奪ってきた。そう言えば、結局、茶会に誘われることがなくて、一度も身に着けていない。


「借りただけ? 嘘おっしゃい!」


 返ってきたのは、強い暴力。扇で顔を殴られたのだ。


「お母さま、どうして」

「あのネックレスは婚約者からの贈り物なのですって!」

「え?」

「信じられないわ! 人のものを強請るなんて。しかもわたくしの育て方が悪いのだろうから、今後一切、子爵家とは付き合いを断つと」


 殴られた頬に手を当て、リリアンは怒り狂い呪いの言葉を吐き続ける母を茫然と見つめた。

 輝かしい未来が閉ざされたリリアンは部屋に籠り続けた。使用人も最小限のことしかせず、カーギル子爵夫人には暴力を振るわれるので避けるようになり。


 そんな生活を半年ほど経たある日、一人の高貴な夫人がリリアンに手を差し伸べた。


「なんてかわいそうなのかしら。わたくしの所にいらっしゃい。丁度、若い侍女が欲しかったところなの」


 高貴な人の侍女になるのは結婚以外で貴族令嬢にしたらとても名誉なこと。

 カーギル子爵家に居場所をなくしたリリアンはとにかく縋った。ここから抜け出せるのなら、どんな人の手でも取っただろう。フローレンスの侍女として彼女の屋敷で住まうようになってから、リリアンはとにかく一生懸命にこなした。フローレンスの側に侍る上級侍女となったのは一年半が過ぎた頃だ。


「すばらしいわ、リリアン。あなたほど、闇に相応しい令嬢はいなくてよ」

「ありがとうございます。フローレンス様」

「今までこれをその身につけられる令嬢はいなかったの。これからはわたくしの専属の手足として活躍してちょうだい」


 そういって与えられた真っ黒な宝石。

 ウズラの卵大の黒い宝石は、よく見ると中で何かがくるくると輝きながら回っている。


「これを持っていられるのは選ばれた人間だけよ。王族以外で持てたのは貴女が初めて」

「わたくしが、初めて?」

「そう。貴女は特別なのね」


 赤い唇がねっとりとした言葉を紡ぐ。リリアンはフローレンスに認められて、嬉しかった。特別な人間だと認められたことで、彼女の命令ならば何でもしてあげたいと思うほど。


「かわいい子ね。あなたに与えたこの宝石と同じ波長を持つ息子がいるの。反抗期なのかしらね、わたくしを毛嫌いしていて隠れているのよ。見つけてきてほしいわ」

「どこに行けばいいのでしょう?」

「聖騎士だから、教会にいればそのうち会えるはずよ」

「わかりました。では、毎日教会に出向きます」

「よろしくお願いね」


 リリアンは毎日のように教会に足を運んだ。教会が開く時間から閉じる時間まで。教会のあらゆるところに足を運び続けた。

 そして、ようやく出会った。

 

 フローレンスと同じ色を持つキースに。

 同時に、憎らしいブリジットと再会した。

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