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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第五章 王都

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◆37 接触してきた令嬢

 成人の儀式で来た時と変わらぬ荘厳さ。

 大きな窓に、特徴的な尖頭型のアーチ。ステンドグラスはとても素晴らしく、ここだけ空気が違う。


 ブリジットは馬車から降りると、キースの案内で教会の中へと足を踏み入れる。

 一般の来訪者も、成人の儀式を迎える人たちだとわかる家族連れもいて、ブリジットが成人の儀式に来た時とあまり変わりはない。王都の空気が淀んでいるようであったが、ここでは清浄さが保たれていた。


 確かに外から中に入れば、その空気の違いが判る。

 キースが重苦しいと言った意味をようやく理解した。他の来訪者も同じように感じているのか、教会に入ると表情が明るくなる。きっと気分が優れずに、足を運んでいるのだろう。


「こっちだ」


 キースは他の来訪者とは違う場所へと誘った。ブリジットは教会の中はよく知らないので、彼の後を付いていく。回廊から見える中庭は、細部にわたって手が入れられていて、落ち葉のひとつもない。辺境に比べて、貴族の屋敷の庭のような趣だ。

 

 ブリジットは興味深くあたりを見ながら、歩き進めた。そして眺めているうちに、徐々に建築様式が変わっていくのに気が付いた。中央教会のシンボルになっている中央の教会は華やかな彫刻やステンドグラスが使われていたが、回廊を進んだ先にある建物は控えめな装飾しか施されていない。どこか隔離された独特の雰囲気に、進む足がゆっくりとなる。


「ここは、どんな人たちが来る場所なの?」

「個人的な申し込みをした人たちが来る場所だ。今回は安産祈願だから、奥で受け付ける」

「そうなのね」


 見苦しくない程度に周囲を見回しながら、キースの後ろをついていく。突き当たって曲がったところで、キースが足を止めた。


「どうしたの?」

「誰かいる」


 キースの視線の先を見れば、デイドレスを纏った貴族令嬢と思わしき女性が回廊の柱の陰に佇んでいた。誰かを待っているのか、時間を潰しているのか。庭には目を向けずに自分の手をしきりに眺めている。


「先客かしら?」

「それはないはずだ。特別な面会は一日一組限定だから」


 それが決まりなのかと、ブリジットは頷く。でもそうなると、ますます彼女は何でこんなところにいるのかという話になる。キースはどうしたものか、と考え込む。ブリジットはなんとなく彼女を眺めていたが、彼女が顔を上げた時に声を上げた。


「あっ」


 小さな声だったが、側にいたキースには聞こえていたようだ。


「知り合い?」

「知り合いというか。成人の儀式のときに突っかかって来た令嬢だと思う」


 二年以上前のことであったが、あまりにも強烈すぎて覚えていた。ごく普通のデイドレスで当時のような派手さはなく、顔立ちは当時よりも少し大人っぽくなっているが、間違いない。


「成人の儀式で突っかかってくるって……なんでまた」

「お兄さまの婚約者と勘違いされたのよ。王都ではわたしはとてつもない悪女で、義理の兄を誑かしたことになっていて」

「は?」


 キースは理解できなかったのか、眉を寄せる。

 あの話も摩訶不思議だ。よく考えれば、この国の貴族は養子をとることは珍しいことではない。信じる方もどうかと思う。


「結構、騒動が大きくなってしまって、わたしはリュエット伯爵家を出ることにしたのよ」

「そんなにも?」

「儀式だけでなくて、その後の夜会でも絡まれたから。しかも王弟殿下もその場にいてね。最悪な事態になってしまったわね」


 当時の騒動を思い出し、苦々しい笑みになる。彼女があんなにも騒がなければ、ブリジットの人生はきっと変わっていた。周囲の悪意ある噂など知ることはなく、すべてに守られた状態で過ごしていただろう。


「では、声をかけない方がいいかもな」

「二年以上会っていないけれども、わたしだとわかってしまうかしら?」

「ブリジットが相手の令嬢に気が付いたぐらいだ、彼女も気が付くだろう」


 人生が変わってしまったのはブリジットだけではない。きっと彼女も考えていなかった未来を歩んでる。そんなきっかけになったブリジットのことを彼女も忘れることはないのかもしれない。今さら彼女との間に波風を立てるつもりもなく。キースの陰に隠れてすり抜けようと考えたところで。


「あなた、ブリジット・リュエットね!」


 二人で話している間に、見つかってしまった。



 リリアン・カーギルは子爵家の令嬢。

 ブリジットの成人の儀式のとき会った、ブリジットと同じ年だ。彼女はこの二年あまりであまり雰囲気は変わっていない。唯一、変わったことは少し大人しめのドレスを着るようになったことだろうか。それでもブリジットの目からすれば、鮮やかな青色と紫のストライプのドレスは十分に派手すぎる装いではある。


 目くじらを立てた彼女にどう対応していいのか、戸惑う。

 知らない人のように接したらいいのか。それとも、顔見知り程度の態度を取ればいいのか。


 ブリジットの悩みなど関係なく、リリアンはどんどんとエスカレートしていった。


「あなたのせいで、わたくしは社交界で居場所をなくしてしまったのよ! どう責任を取るつもりなの!」

「責任って……申し訳ないけれども、カーギル子爵令嬢の自業自得では?」

「何ですって!」

「あの夜会は成人のために催されたものでした。それなのに、あんな風に周りも見ずに騒ぎ出すから」


 事実を伝えただけなのに、リリアンはさらに目を吊り上げた。拳を握りぶるぶると体を震わせる。

 人生が変わってしまったのはリリアンだけではない、そう言ってもよかったが余計な怒りを買いそうで、流石に言葉にはしなかった。

 

 ブリジットは小さく息を吐くと、キースに声をかけた。


「行きましょう。約束の時間に遅れるわ」

「ちょっと待ちなさい!」


 リリアンがブリジットの肩を掴もうとしたが、キースがその間に入り込み防ぐ。


「ご令嬢、それ以上は近づかないでください」

「な、何よ」


 リリアンは初めてブリジットが一人でないことに気が付いた。そして、キースの顔をまともに見て、頬を染める。そのあからさまな変化に、ブリジットは唇をきゅっと結んだ。


「あの、あなたは?」


 すり寄るような態度に、キースが冷ややかな目で見る。


「ブリジット嬢の護衛です。これ以上、彼女に付きまとうようなら、教会に引き渡します」

「そんな女、どうでもいいでしょう?」


 リリアンはキースだけを見つめ、手を伸ばした。キースはその手を払わなかったが、すぐに一歩後ろに下がって掴まれるのを避ける。リリアンに不満げな色が見えたが、すぐに艶やかな色を乗せた笑みを浮かべる。


「わたくしも仕事でここにいるの。きっと仲良くなれるわ」


 再び近寄ると、リリアンの背後からふわりと黒い影が立ち込めた。

 ほんの一瞬だったが、淀んだ空気が気持ちが悪い。黒い影が広がったことはキースにもわかったようで、リリアンとさらに距離を取りながら、ブリジットの腕に手を添えた。


「あなたとは二度と会うことはないし、仲良くするつもりもない。失礼する」

「お待ちになって!」


 リリアンの返事など待つことなく、キースはブリジットを連れて、奥へと足を向ける。だが、そのまま見送るはずもなく。リリアンは二人の前に回り込んだ。そしてもう一度キースを見つめると、何かに気が付いたように目を見張る。


「あなたですわ! わたくしの待っていた方は!」


 はしゃいだような大声に、ブリジットは恐ろしいものを見るように彼女を見つめた。キースも普通ではないと思ったのか、表情が厳しいものになる。


「わたくしと惹かれ合う方が教会に来ると信じていました」


 そういうと、彼女の手が自分の胸を押さえる。そこからモヤモヤと黒いものが溢れ始める。同時にキースが胸を押さえ、苦し気に顔を歪めた。


「キース!?」


 突然の変化に、ブリジットは慌てて彼の顔を覗き込む。随分と顔色が悪く、唇が青くなり始めていた。精霊の森で暮らしていた頃の痛みを我慢しているだけではない。ここは教会と言えども、ブリジットにとって知らない場所。どうしていいのか、頭が真っ白になる。


「ふふ。ほら、わたくしと同じものがあなたの胸にあるわ。ああ、これが運命なのね。なんて素晴らしいの」


 リリアンは嬉しそうに笑った。

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