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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第四章 辺境にある聖騎士団

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◆34 封印壊れる

 告白のようなものをした後も、日常は変わらない。

 それでもいつもよりもやや距離は近いし、キースの笑みはとても甘い。


 自分の気持ちを伝えてしまえば、澄ましていた表情も取り繕えなくなり、ドキドキしっぱなしだ。


「僕を意識して恥ずかしがっているのがかわいい」

「そう簡単に可愛いって言わないで」


 恥ずかしくてそっぽを向けば、ベルから強烈なパンチを肩に食らった。


「いい加減に慣れなさいよ。見ている方が暑苦しい」

「ベル、酷いじゃない」


 パンチされた肩を大げさに摩る。ベルはさらにふしゃーっと威嚇した。


「痛いわけないじゃない。わたしの肉球は最上級の触り心地なの!」

「ベル」


 ブリジットに詰め寄るベルをひょいっとキースが抱き上げる。ブリジットから遠ざけられて、ベルは不機嫌にキースを見やる。


「な、何よ」

「ブリジットに流されるようになったら、悲しくなるから余計なことは言わない」

「……キースってそういう性格だったの」


 おかしな理由にベルはげんなりする。

 そんないつもと変わらない会話をしていると、キースがベルを抱えていない方の手で胸を摩った。いつもにない仕草に、ブリジットがキースに声をかける。


「どうしたの?」

「いや、今ここに痛みが」


 気のせいだろうか、と変な顔をして首を傾げる。ブリジットは心配そうに彼の側に寄った。


「どんな痛み?」

「一瞬だけ、息が詰まるような」

 

 説明している途中で、キースが胸を押さえ突然床に膝をついた。


「くっ……」

「キース!」


 突然の変化に、ブリジットは彼の傍らにしゃがみこむ。苦しげな呼吸を繰り返すキースの背中をさすった。

 

「ど、ど、どどどうしよう!」

「しばらくすれば、おさ、まる」


 体全身で息を吸い、痛みを逃している。痛みが強いのか、ぎりぎりと歯を食いしばり、額には汗がにじんでいる。


 これほどの苦しみは、キースがこの家に来て以来である。ブリジットは気持ちばかりが膨れ上がって、どうしていいかわからなくなってしまった。そんなブリジットに喝を入れるように、ベルが前足でぺしんと頬を叩く。


「ベル」

「ブリジット、落ち着いて。封印が弱まってしまっているだけよ」

「封印? じゃあ、歌えばいいのかしら?」


 叩かれたことで、ようやく状況が落ち着いて見えるようになってきた。ブリジットは胸元を強く掴んでいるキースの手の上に自分の手を重ねる。


 キースの苦しみが少しでも和らぐように、という気持ちで思いつく歌を歌う。いつものようにキースの封印が現れ、輝きながらくるくると動き出す。

 だが、いつもなら多少は浄化していそうだったのに、今日はその様子が見られない。封印を壊そうとして穢れが蠢き始める。思っていなかった状態に、ブリジットは焦った。


 もっと歌わないと。

 キースの痛みをなくしたいという気持ちと焦りが混ざり合う。

 

 必死に何曲か続けたところで、強い力でブリジットは弾かれた。突然、突き飛ばされてそのまま床を転がった。

 何が起こったかわからぬまま、茫然とキースを見る。


「ぐっっ」


 キースは先ほどよりもさらに苦しそうで、何かをこらえている。そして、封印の魔法陣がひときわ輝いた後。

 内側から黒い穢れが蔓のように飛び出し、ガラスが弾けるように封印が砕けた。


「ブリジット!」


 様子を見ていたプラムが飛び出してきて、ブリジットを守るように結界を張る。茫然とキースの体から溢れ出る穢れを見ていた。


「ど……どうなっているの? キースは大丈夫なの?」

「穢れが暴走しているように見えるけど……うーん?」

「何!?」


 最後の変な疑問形に、ブリジットは声を上げた。ベルはキースの側で穢れを抑え込もうと必死だ。


「前の時と同じじゃないの!?」

「少し違う? かな? 何だろう、急に穢れの量が増えている」


 プラムはしきりに首を傾げながら、キースを観察した。いつもとは違い、何かを見極めるような眼差し。


「早く、どうにかしないと。キースが!」

「そうだね。ブリジットから力を貰うけど大丈夫?」

「いくらでも使ってちょうだい」


 キースの苦しさがなくなるのなら、とプラムに頷いた。



 プラムとベルによって、どうにかキースの中にある穢れを封じた。ごっそりと魔力を持っていかれたブリジットは立ち上がることができず、床に座り込んだまま。同じように上を向いて転がっているキースはまだ苦しそうに呼吸している。


 それでも先ほど暴れていた穢れはなくなっている。

 

「キース、大丈夫?」

「ああ、何とか生きている」


 弱弱しい声だったが、ちゃんと返事が返ってきた。はだけた胸元には以前よりもはるかに大きい。前は胸の中心に拳大ほどだったのに、今は右の肩口まで毒々しい穢れが広がっている。しかもインクが染みていくように、ゆっくりと広がりを見せている。そのことに気が付いて、ブリジットは情けない顔になった。


「抑えきれていないみたい。これ、このままにしておけないよね?」

「……一度、中央教会に戻ろうと思う。エルバ司教に判断を仰ぐつもりだ」


 流石のキースもこのままでは大丈夫だとは考えなかったようだ。

 精霊の森からキースがいなくなる。


 ブリジットは唇を噛んだ。

 ずっとこのまま暮らしていけたら、と思ってすぐにこの状態。このまま離れたら、二度と会えなくなるような気がした。


「ねえ、わたしも一緒に行っていい?」

「ブリジットが?」

「キースは陛下に狙われているんでしょう? そのままいくのは危険だと思うの。また同じようになったら心配だし」

「しかし」

「リュエット伯爵家の屋敷が王都にあるの。わたしの従者として変装したら誤魔化せると思う」


 王都の屋敷には、テイラーとその妻であるヴァネッサが暮らしている。定期的に送られてくる手紙には王都での暮らしが書かれていた。少しでも戻りたいと思わせるように、目新しいこと、珍しいことがしばしば書いてある。ブリジットが王都の屋敷に滞在したいと言えば、快く迎えてくれるだろう。


「王都か。あんまりお勧めできないなぁ」


 プラムが難しい顔をして腕を組んだ。


「何か知っているの?」

「空気が悪いらしいんだよね。目に見えて何が悪いわけじゃないみたいだけど」

「つまり、どういう状態?」


 穢れていれば、穢れが見える。そして魔物が出る。

 その程度の認識しかない。だが、プラムはブリジットに返事をせずに、ベルに問う。


「ベルの方は教会から何か聞いていない?」

「重苦しくなっているとは言っていたけど。討伐しなくてはいけない状況でもないとも言っていたわよ?」


 精霊たちの情報網を不思議に思いつつ、プラムとベルを交互に見やった。プラムはしばらく考え込んでいたが、息を一つ吐く。


「王都はお勧めできないけど、辺境伯領の聖騎士団のところに行っても、どうにもならなそう」

「そうだろうな」

 

 キースはぐったりと脱力して床に転がったまま、同意した。辺境伯領には教会も聖騎士団もあるが、やはりすべてが揃っているのは中央教会なのだ。それに封印専門の聖職者も中央教会には在籍している。


「ブリジット、リュエット伯爵家にお願いしてもいいだろうか」

「うん、任せて! リュエット伯爵家に連絡してみる」


 ブリジットは満面の笑みを浮かべた。

誤字脱字報告、ありがとうございます(≧▽≦)

書き溜めのため、少しお休みします。

次は6/26から投稿します

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