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転生令嬢は、辺境の地で菓子を焼く~精霊の愛し子なのに、全然チートじゃなかった  作者: あさづき ゆう
第四章 辺境にある聖騎士団

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◆32 穏やかな日常

 しばらく留守にしたため、薬草畑はそこそこ荒れていた。

 荒れているといっても、枯れているわけではない。こんもりとあり得ないサイズにまで成長している。植えてあった薬草だけでなく、果物も。

 果物は木が大きくなっているのではなく、果物自体がいつもよりも三倍ぐらい大きい。薬草に至っては、葉は二倍以上、高さは三倍ぐらいになっている。密林と表現してもいいぐらいの状態だ。

 

 そのビックなサイズ感に、ブリジットは目を丸くした。


 出かけるにあたって、プラムには水やりだけを頼んでいた。もしかしたら水やりをしなかったら、出かけた時のままだったかもしれないと、今さらながらに思う。便利に使えているし、今まで一度も不都合がなかったから、魔道具の性能など気にしたことがなかった。でも、ちゃんと確認した方がいいのかもしれない。


「放置しておくとこんな風になるのね。果物、大味になっていなければいいんだけど」


 試しに果物を一つ、もいでみようとプラムもどきの実を掴んだ。


「よいしょ」


 実を回そうとしたが、回らない。今まで簡単に収穫していたがこれは道具がないと無理だ。果物を収穫するのをやめて、薬草の方を見る。


「薬草もこんなにも大きくなって、使えるのかしら?」


 予想以上の大きさに成長した薬草たち。葉に触れてみれば、小さい葉の時よりもややしっかりしている。ただ、繊維ばかりの硬さではなかった。

 

 薬草から作る薬は下拵えした後に乾燥して焙煎、抽出といった手順で行われる。つまり、薬草の大きさはあまり気にしなくていいはず。効果が同じであれば。

 ブリジットは薬草学を学んだことはなく、さらに言えば薬師でも鑑定師でもない。この大きくなった薬草たちが同じ効果であるかすら判断付かない状態。


「うーん、困ったわ」


 すべて引っこ抜いてしまうにも、この薬草たちを有効活用するにも、ブリジットには判断することができない。

 どうしたものかと眺めた。


「これは……」


 唖然とした声に、ブリジットは首をひねる。そこには、キースが目を見開き固まっていた。


「キースは薬草に詳しい?」

「薬師の資格は持っていないんだ」

「鑑定は?」

「残念ながら」


 キースは申し訳なさそうに首を左右に振る。


「これ、どうしたらいいと思う?」

「果物は食べてみるのがいいと思う。薬草はローラの所に持ち込んでみてもらうしかないだろうな」


 そうしよう、とまずは先ほどチャレンジしてもげなかった果物をキースに取ってもらった。

 


 精霊の森での生活は、時間がゆったりだ。

 すっかり聖騎士団での慌ただしい生活から元の生活に戻り、ブリジットはのんびり過ごした。毎日の畑の手入れに、薬草の納品、それからアーサーへの焼き菓子の納入。

 いつもと変わらないルーチンをこなした後、ブリジットはコーヒーを淹れた。


 唯一の贅沢品であるコーヒーをドリップし、マグカップを二つ、そしておやつのクッキーをテーブルに置いた。キースは顔を上げてお礼を言う。


「ありがとう。片付けるよ」


 テーブルの上には魔道具と設計図が広げられている。キースの趣味ともいえるリバースエンジニアリング。ここの家にある魔道具はほとんど解析されたのではないだろうか。


 キースが几帳面に片付けるのを眺めつつ、たっぷりの砂糖とミルクを投入する。キースは何も入れずにブラックのまま、マグカップを手に取った。


「この魔道具、何?」

「水蒸気を出すものらしい。どうやって使うのかは謎だ」

「水蒸気? 加湿器もしくは美顔器かな?」


 ただここは乾燥が気になるほど乾燥しない。となると、後は美顔器のスチーマーだ。その説明をすれば、キースは何とも言えない顔をした。


「美顔器……」

「そう。スチームを肌に浴びることで、保湿されるのよ」


 変な顔をするキースが面白くて、笑ってしまった。


「ところで、畑で使っている魔道具、聖騎士団の畑にどれを設置できるかしら?」

「本当にいいのか?」


 キースは驚いたように顔を上げた。小さく頷く。

 

 この森は守られている。

 心から実感できるほど。


 元の生活に戻ってきたが、ふとした瞬間に聖騎士団の屋上から見えた人の棲めない土地を思い出すことがある。ブリジットは引きこもって平和な生活をしているが、境界を守ってくれる人たちがいるから平和なのだと実感していた。


 とはいえ、魔法は使えない、精霊魔法も中途半端な歌でしか発動しないブリジットは討伐の方で役に立つことはほとんどない。歌ってすぐに浄化の作用があればよかったが、そこに至るまで誰かに守ってもらわないといけないのだ。

 

 聖騎士たちは皆それでも楽になったと褒めてくれたけれども、それは手間をかけているだけのような気がしていた。聖騎士見習いならば助かるかもしれないが、聖騎士たちは本当に強いのだ。最悪な事態を乗り切れるように研鑽を積み、たとえブリジットの歌によって討伐が楽になったとしても、今と変わらない基準を維持するという。


「ええ。プラムも好きにしたらいい、と言っていたから」


 プラムはあまり魔道具に興味はない。

 すべてはここで管理人をしていた愛し子たちの趣味。代を重ねるごとに、エスカレートしただけだという。

 現在の管理人であるブリジットが持ち出してもいいと思えば、いいらしい。


「ただね、一カ月水やりだけをしていたら、巨大化したでしょう? あれって精霊の森だからなのか、それとも魔道具が原因なのかがわからないのよね」

「大きくても問題ないと思うが」

「そう? 収穫、大変じゃない?」


 大きくなり過ぎた薬草も果物も、とにかく収穫が大変だった。

 薬草は手軽さが失われただけだが、果物はとにかく重い。味と食感は確かに変わらないし、いいことづくめなのだが、重すぎる。正直、ブリジットでは収穫ができない。


「一度に倍以上の量が収穫できるなら、大きい方がいい。それに果物もブリジットでは収穫できなくても、騎士団は男だらけだから問題ない」

「確かに。薬草も大きい方が効率がいいのかぁ」

「鑑定結果には問題ないんだろう?」

「そうなんだけどね。薬草に関してはちょっとだけ苦味が増えたみたい」


 薬草に関しては、ローラに鑑定を依頼していた。成分が変わってしまったり、薬にした時に効果が変わってしまったら困るからだ。ローラはすぐに手配してくれて、鑑定結果を知らせてくれたのだけど。


 大きい薬草を使うと、飲み難いそうだ。

 ただ、量が作れるから単価が下がるというメリットもある。


「飲み難いのはどの程度かにもよる。魔道具を設置しても、初めは小規模から始めるだろうから、ブリジットは気にしなくても大丈夫だ。問題があれば、使うのをやめればいいだけだから」


 設置する前からぐるぐる悩んでいるブリジットに、キースは心配ないと告げる。


「……あー、うん」


 どうやら悪い癖が出てしまったようだ。

 前世を思い出してから、仕事に対して前の感覚が抜けない。クレームにならないように、十分以上なものになるように考えてしまう。

 キースの考え方がこの世界で一般的だというのなら、いい魔道具があったとしても、何か不都合があればすぐに排除されてしまう。改良とか、改善とか、作った側が考えて行かない限り、廃れてしまうのも仕方がない。


 魔道具がなくても、魔法と人力で何とかなる。

 魔道具が発展しない原因は、そういう考え方もあるのだ。

 文明の利器でより快適に過ごそうと、改善ばかりしている前世の世界とは違うのだとしみじみと思う。

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